【事件編】
分かりやすさを優先して、一部アラビア数字を採用しております。
縦読みの場合、少し読みづらくなるかもしれませんが、あらかじめご了承ください。
「お仕事中、お呼びしてすみません。一昨日の夕方なんですが、この女性、あちらの席に座ってませんでしたか?」
おそらく、こんな服装だったと思うのですが。
そう付け加えて、顔写真と共に被害者の洋服一式の写真も見せると、男性店員から「ええ、まあ、いらっしゃったような気も」と曖昧な答えが返ってきた。
……ん? マスターに比べて、ずいぶんと微妙な反応だな。
そんな風に思うが、まあ、これでこの喫茶店での――そして、この商店街での目撃証言は十分だろう。当日勤務だったというこの店員がいてくれたおかげで、再度ここに来ることにならずに済みそうだ。
するとちょうどそのタイミングで、カランカランとドアの鈴を鳴らし、尾岡さんが店に入ってきた。
「そっちはどうだ?」
「ここに立ち寄ったことは間違いなさそうですね」
「そうか――って、人観さん!? 人観さんじゃないですか!」
足早に駆け寄り、今まさに俺が話を伺っていた店員に握手を求める尾岡さん。いつも冷静な人が一体どうしたんだろうか。
「ああ、刑事さん。たしか、ええっと……」
「尾岡です。いやぁ、お久しぶりです。今はこちらで働いてらしたんですね。この間の豪華客船の事件では大変お世話になりました」
少々困惑気味の店員と、尾岡さんが実に嬉しそうに握手を交わす。
俺には、目の前の光景を全く理解できなかった。一部では『冷徹』とさえ称されている尾岡さんをこんな風にさせるとは、この店員は何者なんだろうか。
そんな俺の疑問に答えるように、尾岡さんはその笑顔をこちらに向けてきた。
「喜べ、新畑! この事件、もうすぐ解決するぞ!」
◆ ◆ ◆
捜査中、とある人物に出会えたなら、その事件は解決目前である。
そんなジンクスが、警察内で密かに噂されていることは知っていた。
しかし生憎と俺は、ジンクスやらゲン担ぎやら、そういったものにはあまり興味がない。信じていないと言ってもいいかもしれない。
だが――
「お疲れのところすみません、人観さん」
「いえいえ、警察に協力するのは市民の義務ですから。それに、明日からまたしばらく無職な暇人ですので」
「また転職されるんですか?」
「ええ。こちらでの仕事も楽しかったんですが、どうにも『天職』って感じがしなくて」
「なかなか見つかりませんね、天職」
「でもまあ、色々と経験できるのはありがたいことです」
そう控えめに笑う男性店員――人観さん。
見た目から言えば、特筆すべき事項はない。どこにでもいるような普通の青年だ。現に俺の中ではさっきまで、ただの目撃者の一人に過ぎなかった。
正直、この青年が例のジンクスの人物だとは思えない。
だが、尾岡さんに訊いても「彼と話せば分かる」としか答えてくれないし、そのために聞き込みを一時中断し、わざわざこの喫茶店で――被害者が座っていたという席で、呑気にコーヒーをすすりながら(その際、尾岡さんは豪華客船の事件について教えてくれた。尾岡さんは奥さんとの旅行中に、人観さんは船員の一人として、その事件に遭遇したそうだ)、20分も彼の仕事が終わるのを待つこととなったわけである。
「新畑、人観さんに事件概要を説明しろ」
「い、いいんですか? 一般人に」
「いいんだよ、人観さんに限っては。人観さんなら上も文句はないし、もし何か問題があっても全ての責任は俺が負う」
「まあ、尾岡さんがそこまで言うなら……」
未だ慣れない尾岡さんのテンションに戸惑いを隠せないが、それでも俺はタブレット端末を取り出す。そして、事件資料をまとめたアプリを開いた。
「被害者は、先ほど写真を見ていただきました、小緒村沙希、26歳。この近くのマンション在住で、『パピヨン』というクラブに勤務――まあ、いわゆるキャバクラ嬢です。そして一昨日の夜、その店舗内の倉庫にて刺殺体となって発見されました」
そこまで言って、俺は手と口を止めた。
タブレットの画面には、その現場写真。深々と腹部に包丁が突き刺さり、血塗れで横たわっている被害者がそこには写っていた。
……まあ、さすがにこれを見せるわけにはいかないな。人観さんのためにも。
そう思ったが、その配慮はどうやら不要だったようだ。
「あ、大丈夫ですよ。不謹慎なことですが見慣れてますんで、ぜひ写真も」
「そ、そうですか。では……」
人観さんの言葉に従い、画面をそちらに向ける。
すると宣言通り、特に驚くような素振りもなく、彼はしげしげと写真を眺めた。
「かなりの出血ですね。これだけの量ということは、殺害はこの場所で?」
その質問には、尾岡さんが答えた。
「ええ、まず間違いないでしょう。遺体を移動させてきた形跡もありません。ただ、従業員が複数出入りする場所なので、下足痕からの犯人特定は難しいかと」
「なるほど。ちなみに、この包丁は?」
「店で使われていたものです。ですが、指紋は一切。犯人が拭き取ったのでしょう」
「第一発見者はお一人ですか?」
「いえ、開店準備で早く出勤してきた従業員が三人同時に。彼らはこの日、朝まで飲んでいて、その後も一緒だったと確認が取れてますので、容疑者から除外していいでしょう」
「倉庫とお店には誰でも自由に出入りが?」
「ええ。倉庫は施錠されていませんでしたし、店舗のほうも業者の出入りが頻繁にあるということで、裏口のセキュリティはあって無いような状態でした」
「なるほど、なるほど」
人観さんの質問に、さも当たり前のように答える尾岡さん。なんだか、この二人のほうがコンビを組んで捜査しているような感覚に陥ってしまう。
しかし、そんな俺を「写真、ありがとうございました。では、続けてもらえますか?」と人観さんが現実に引き戻した。
「ああ、はい。それで、おそらく被害者はほぼ即死。死亡推定時刻ならびに殺害推定時刻は、一昨日の17時50分から18時46分の間と考えられています」
「ずいぶんと細かく分かっているんですね」
「ええ。俺たちがこの商店街で集めた目撃情報を総合すると、被害者は17時20分頃までこの辺りにいたようです。で、ここから店まではどんなに急いでも30分。なので17時50分から、遺体発見の18時46分までに殺害されたと思われます」
「なるほど。およそ1時間ですか」
「はい。それで、容疑者なんですが……」
一度言葉を止め、ちらりと尾岡さんを見る。一応、警察という組織のメンツの問題もある。
すると一つ首肯が返ってきたので、俺は続けた。
「正直なところ、まだ有力な候補は誰も。被害者、かなり自己中心的で攻撃的な人物だったようで、現実でもネットでも恨みを多く買っていたようです」
「ネット?」
「はい。彼女、SNSでもなかなか攻撃的な発言が多くて、一部の人物や飲食店なども理不尽な被害に遭っていたようなんです。しかもその上、顔の写ってる写真や勤務地まで公開していたので、そちらの方面も考えると、容疑者の絞り込みにはまだまだ時間が掛かるかと。どうやらストーカーまでいたようですし」
「ストーカーですか?」
「ええ。同僚の女性から、そういう証言も。彼女、被害者からそういった存在がいると相談されていたそうです。まあ、まだ具体的な何かがあったわけではないようなので、被害届は出されていませんでしたが」
「なるほど。ちなみに被害者の方は、SNSでストーカーのことについて何か発言していたりは?」
「えっと、ちょっと待ってください……」
言いながら俺は、急いでタブレットを操作する。SNSのほうは別の担当なので、資料を読み返さなければならないし、それなりに量もある。
だが、ざっと目を通した限り、そういった報告は上がっていなかった。
「特にはありませんね。まあ、被害らしい被害もなかったようですし」
「そうですか。なるほど……」
そう言ったきり、人観さんは黙ってしまう。もしかしたら、次の情報を待っているのかもしれない。
だから俺は少し慌てて、彼に話しかけた。
「あ、あの、現状分かっていることは以上です」
「あ、そうでしたか。では最後に一つだけ、確認したいことがあるのですが」
「何でしょうか?」
「被害者の方の全身が写っている写真はありませんか? できれば、一昨日の服装のものを」
「はい、えーっと……」
タブレットを操作し、画像を探す。
しかし残念ながら望みのものはなく、代わりに『本日のコーデ』と銘打って、SNSに投稿されたものの中から、一週間前の自撮り写真を人観さんに見せた。
「すみません、一昨日のは見つかりませんでしたが、近いものなら。たしかバッグとサングラスは同じもののはずです」
つばの広い帽子・細身のワンピース・太めのベルト・高いピンヒールと、色や柄は違うが、派手さや形状は一昨日のものと近い。どうやら被害者は、こういったタイプの服を好んでいたようだ。
「なるほど、よく分かりました。ありがとうございます」
「――では?」
しばらく黙って見ていた尾岡さんが、ぐっと前に乗り出すように人観さんに訊く。
それに彼は「ええ、おそらくは」と朗らかな笑みを浮かべた。
「まず率直に申し上げますと、一昨日この席に座っていたのは、この女性ではありません」
以上、事件編でした。
なお、ご興味のある方は以下の2つを推理して、お楽しみくださいませ。私個人としては、十分な情報が揃っていると思います(無理難題だったらゴメンナサイ)。
では、解決編は数日後に。
①最後の人観の台詞から導き出される事実は?
②犯人は誰か?




