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タイムスリップ

  「君、島田君、起きたまえ、せっかくの講義がもったいないじゃないか、」

  「あ・・なんだよ淳、谷口の講義はお経みたいで眠たくなるんだ、ノートしっかり取っておいてくれよな、終わったら起こしてくれ、」

  「・・・・」

  「私は前の席に行くからね、もったいないじゃないか、谷口先生の講義だよ、」

  よれよれのカッターを着て、やたら鼻水をすすって滑舌の悪い講義をしているこの助教授は20年後に政界にデビューし、外務大臣の要職につくことになる。

  (化粧品の国内需要はもう飽和状態だ、これからは海外需要をされに広げていく必要がある・・)

  男は食い入るようにして講義に集中した、

  (たしか私も学生時代は島田君と同じように後ろの席で寝ていたな・・なんともったいないことをしていたものか・・)

  一時間半の講義があっと言う間に終了した、

  「それでは本日の講義はここまでとします、」

  助教授の言葉とともに男は立ち上がり、

  「ありがとうございました、」

 と深々とおじぎをしている、

  「君は熱心ですね、」

  助教授は人懐っこい顔で話しかけてきた、

  「いえ、先生の講義は本当に面白かったです、」

  「本当ですか、講義中寝ている学生が多い中で、君のように熱心に聴講してくれる学生がいると本当に嬉しく思いますよ、寝られるとね・・講義している方としては傷つくんですよね・・」

  「すみません、私も昔は・・いえ、次回の先生の講義を楽しみにしています、」

  「そうかね、ありがとう、」

  助教授はよれよれの袖で手をふると、重そうに専門書を抱えて出口に消えて行った。

  「淳、ノートあとでコピーさせてくれな、」

  「コピーより、写したらどうだね、お金もかからないし、少しは勉強になるんじゃないかね、」

  「いやだよ、めんどくさい。それより次は生物学だな、俺たちだけだよないまだに一般教養の講義を受けてるなんてさ、」

  「しかたないじゃないか、講義をさぼってバイトにうつつをぬかせばそうなるんだよ、」

  「淳に言われたくないよな、あっ、そう言えばお前今日の夕方はセアーズのバイトだろう、賞味期限切れがあったら貰ってこいよな、」

  「えっ、セアーズ・・確か10年前に倒産したはずじゃないかね・・」

  「はーっ、何言ってんだよ、セアーズは全国展開の大型スーパーだぜ、つぶれる訳ないさ、」

  「あっ、いやそうだね・・ところで何時からバイトかね?」

  「はぁー?、お前大丈夫か・・五時からだろう・・」

  「ああ、そうかね忘れていたよ、」

  「ところで島田君、若いころというのは痩せているもんだね、最近腹がでてきて気になっていたんだが、今はペッタンコだよ、それに体がやけに軽いね、いいね若いというものは、」

  「淳お前さ、コンパ以来変だぜ、おやじみたいな話しかたはするし、敬語だし、それに島田君じゃなくて敏だろうが、」

  「そうかね、敏君か・・それじゃそう呼ぶとしよう、なんだね敏君若いと腹が減るもんだね、さっき朝食を採ったばかりと言うのにね、」

  「ああそうだな、俺も腹が減ったよ、おばちゃんの豚汁三杯もくったのにな、」

  「うむ、あの豚汁はうまかったね、私は仕事柄接待で高級店に行くことが多いのだが、あんなに旨い食事は久々に口にしたよ、」

  「・・・・」

  「さっ、急ごうぜ、4号館は離れているからな、一年坊主と一緒に楽しい生物学を受けにいこうぜ、」

  「うむ、」


「今日から、私とゆりはマンションに移るわ、」

  「ああ・・これ判子押しておいたよ・・」

「ありがとう、これで正式にお別れね、貴方も若くないんだから体にだけは注意しないとね、」

「うん、病気になったら君の病院に行くから診てくれよ、」

「いいわよ、患者さんの一人として診てあげるわ、」

「この家だけどね、全て君の名義に変更しておいたから、売るなと好きにしてくれ、」

「ありがとう・・貴方のお葬式くらいは私がしてあげるわ、」

「ああ・・・」

「これ私が区役所に出しておくから・・ゆりに会いたいでしょう・・」

  「いや・・いいさ嫌われているのは判っているからね、宜しく伝えてくれ・・」

「ええ・・じゃね、」

妻は上質の白いコートを羽織るとお気に入りのバックを手に静かに手を振っている、細い知的な背中が去っていった。

「なにが違ったんだろうか・・、私は妻とゆりの為に懸命に生きてきたつもりだったが・・・」

広い家は男の寂しさをただ深めていた、



 


 

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