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【短編】 『味わうべきは人の想い』 シリーズ

味わうこそは人の想い2

作者: Tomokazu

前作『味わうこそは人の想い』の続編です。前作から半年以上空いての投稿です。前作では1話限りにするつもりだったため、短編として掲載しましたが、思いがけず続編を作ってしまったため、『2』という形で投稿します。

 気ままな旅を続ける男。


 ある夏の暑い日、何気なく訪れた地方の街を散策している間に遅くなってしまい、宿を探そうかと歩いていると、風情のある街並みの一角に、バーを見つけた。


「『バーツバメ返し』。妙な店名だな」


 男はそう呟きながらも、中に入ってみることにした。暑い中方々歩いてきたため、兎にも角にもどこか涼しいところで少し休みたかった。それに、気に入ったのなら、ここで一夜を過ごしてもいい。


 木製の扉を開くと、中にはカウンター席が並んでいるのが見えた。そして、カウンターの中には、長身で長髪を後頭部で束ねた男がグラスを磨いている。歳もまだ若いようだ。


 男はちらりとこちらを見て、「いらっしゃいませ」の一言もないまま視線を戻した。だが、雰囲気から察するに、入店拒否をされているわけではないのだろう。おそらく、「飲みたいなら飲ませてやるからさっさと座れ」というようなスタンスに違いない。


 下手に出て、客をもてなすような店も気分はいいが、こんな高飛車なマスターのいる店もたまには悪くない。男は歩を進め、カウンターに腰を下ろした。


「何にする?」


 マスターは男の方を見ることもなく、磨いたグラスを明かりにさらしながら訊いてきた。グラスが綺麗に磨けていたのだろう。彼はこころなしか、満足そうな表情を浮かべていた。


「そうだな……。ジントニックを」


 男が云うと、マスターはグラスを直し、おしぼりを取り出して男に差し出した。身体中から汗が噴き出していた男にとって、それは手だけでなく、顔や首筋を拭くのにも最適だった。


 それからマスターはカクテルの制作にとりかかった。


 まず、タンブラーをカウンターに置き、そこにカットしたライムを絞った。ジンをメジャーカップのジガーの方で測りとって入れ、そして氷を入れる。それからトニックウォーターの瓶を開け、少しずつ静かに注いでグラスを満たした。バースプーンで軽くステアした後、最後に輪切りにしたライムを端の方に飾る。


 男の前に『巌流島』と書かれたコースターを置いて、黙ってジントニックを差し出した。


 男はグラスを眺めた。グラスにはうっすらと霜がつき、中にはソーダの気泡が水面に立ち昇ってははじけて、涼しげな感じを演出していた。男はグラスを手に取り、くっとひとくち口にした。ジンの辛口な風味、ライムの酸味、そしてトニックのわずかに苦みを含んだ甘みが炭酸の刺激と相まって、絶妙な爽快感を生み出していた。やはり暑い夏には最適な飲み物だと男は思う。


(態度は少し無愛想だが、カクテルの味はなかなかだな)


 男は思う。技量がないくせに妙に客に媚びるような店よりも、多少横柄でもそれなりのものを出す店の方が、男の個人的には好きであった。そういう意味では、好印象と云っていい。


「お客さん、この辺の人じゃないね」

 ふいに、マスターが話しかけてきた。


「ああ、分かるかい」


「私もこの店を持つまでは、ずっと各地を渡り歩いてきたからね」


 マスターは相変わらず男の方を見ることなく、何やら作業をしながら云った。おそらく、ジントニックを作るのに使ったライムやトニックウォーターをしまっているのだろう。


「へぇ……。各地を渡り歩いて、何をやっていたんだい?」


 男が訊くと、マスターは珍しく男の方へと向き直った。


「この店の名前は『ツバメ返し』だ。どこかで聞いたことがあるだろう」


「ツバメ返し……」


 男はしばし考えて、はたと思い至った。


「剣の技にそんなのがあった。たしか、佐々木小次郎とかいう剣豪が使っていた技だとか」


 マスターは少し笑って、

「それが答えだ」

 と云った。


「じゃあ、あんたが佐々木小次郎なのか」


「そういうことだ。剣の道を究めるべく旅を続けてきたが、ある日剣を捨てた。それから、剣の他に好きだった酒の道を歩み始めたというわけだ」


「ほぅ。なぜ剣の道を諦めたんだい?――」


 男はそう訊いて、それから少し彼に失礼かも知れないと思いながらも言葉を続けた。


「――勝負に負けたから、とか?」


 小次郎はフン、と鼻で笑った。


「世間ではそう噂する輩もいるけどな。そういうことじゃない。剣では食えないと悟ったからだ。知り合いの宮本武蔵という男は、剣を己の心と置き換え、未だにその道を追求していると聞くが、私から云わせればそんなのは愚の骨頂だ。今の世では、剣で己を活かすことはできない。かえって殺すだけだ」


 小次郎はそう云うが、内心は逆のことを思っているのではないかと、男には思えた。


「しかし、あんたも実はその男のことを羨ましいと感じているんじゃないか?」


「ばか、そんなはずないだろう。憐れな男だよ、あれは」


 小次郎は吐き捨てるように云った。しかし、その目には少しの憂いを含んでいるのを、男は見逃さなかった。


――


 剣の話から、話題は酒の話へと移った。


 この地の酒はどうだ、どこそこの店はどうだ、という話をしているうち、男はふと以前とあるバーで経験した話を始めた。


「そういえば、前にとあるバーで経験したんだが――。その店に入った時、ちょうど期間限定サービスを行っていてな、竹鶴の21年を安くで売ってたんだよ」


 竹鶴ピュアモルト21年。


 ニッカの創業者、竹鶴 政孝氏の名を冠したウイスキーであり、世界にもその名を轟かせるジャパニーズウイスキーの代表格のひとつだ。


「で、俺はその店に入って、それを注文した。すると、店員が飲み方を聞いてきたので、『オススメの飲み方はありますか?』と訊いた。すると店員はこう云ったんだ。『贅沢にハイボールでは?』と」


 男がここまで話すと、小次郎は「なっ!?」と驚きの声をあげた。


「竹鶴21年をハイボール!? とんだたわけだなそいつは」


 小次郎の口ぶりは、激高しているといってもいいくらいの勢いだった。


「いや、その店はハイボールにかなりのこだわりがある店だったみたいなんだよ」


 男はフォローのつもりで云ったが、小次郎の怒りを止めることはできなかった。


「だとしても、あんな高級なウイスキーをソーダで割るなど言語道断だ。それなりの歳になり酒の経験も深い者が、戯れに飲むのなら百歩譲って認めるが、そうでない者に『贅沢にハイボールで』などとのたまうのは、酒に対する冒涜だ。おのれ、そのバーテン許せぬ。成敗してくれる!」


 小次郎は一気にまくしたてたものの、それから少し冷静さを取り戻したらしい。


「とはいえ、私は酒に関わる者の殺生はせぬ。剣の道でなら、また別だがな」


 とぽつりと云って、それから男にこう尋ねた。


「それで、おぬしはその時どうしたのだ。そのバーテンの云うように、ハイボールにしたのか」


 男は笑って答えた。

「いや、さすがにハイボールにするのは怖かったからね。ロックにしたよ」


「だろう、それが正解だ」


 小次郎は満足げに笑ってみせた。


「けれど、すぐにロックも失敗だったと思い直したね。あれはストレートが一番だ。ロックだとひと口目は適度な冷たさでとても美味いが、氷が解け温度が下がってくると、味や風味が飛んでしまう」


「だろ? ハイボールなど、もっての外だ」


 どうやら男と小次郎は酒に対するこだわりが似ているらしい。同じ価値観で話せるので、酒の話なら抵抗や違和感が少なくすんなりと会話ができる。


 まるで、上質なモルトウイスキーを飲んでいるかのように――。


「そういえば、この店には竹鶴の21年はあるのかい?」

 男が尋ねる。


「あるにはあるが、ちょっと値は張るぞ」


「折角だ。今日はちょっとフンパツするよ」


「分かった。飲み方はどうする?」


 小次郎の問いに、男はいたずらっぽい笑みを浮かべた。


「そりゃもちろんハイボール――、というのは嘘だ。ストレートをダブルでくれ」


「当たり前だ。ハイボールなんて本気で頼んだら、成敗するぞ」


 小次郎も笑いながら云って、酒の並ぶ後ろの棚から、竹鶴21年のボトルを取り出してきた。そしてテイスティンググラスにそれをデカントで注ぎ入れる。グラスの中が、吸い込まれそうなくらい澄んだ深い琥珀色の液体で満たされてゆく。


 ああ、今日は大人な楽しみ方ができそうだな――、と男は思った。


 本気で宿を探すなら早い目に店を出た方がいいが、ここでゆったりとした時間を過ごし、いい酒に酔ってから行き当たりばったりでいってみるのも悪くない。それに、やはりこの店で、朝まで飲み明かしてみるというのも決して悪くない選択だと、男には思えていた。





(本作に出てくる酒のウンチクは個人的な見解です。酒に対してはさまざまな価値観の人がいて、高級なウイスキーで作るハイボールも美味いという人もいますし、ハイボール自体が邪道だと考える人もいるようです。ですが、やはり酒は個人の趣向で楽しむのが一番だと思います。まぁ、今回の男と小次郎の語らいが、みなさんが酒の楽しみ方を見つける上でのひとつの参考になればいいかな、と思います)

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