救出劇
「こんにちは。私です。」
「…ちわ」
時は避難用シェルター内。護送の許可を得る為に責任者を探していた時だった。漆黒の衣を纏った男が声をかけてきたのだ。
首からぶら下がった職紋で商人だという事が分かる。しかもそのランクは最上級の星5つ。
職紋とは様々な国が発行する紋章の事で、それを一目見せるだけでその人物がなんの職業、どれ程の階級であるかを正式に表せるようになる、そう言った事が趣旨で作られた物だ。
明らかに見て怪しい商人は続けた。
「何をお求めですか?」
「…別に……」
と言いかけて気付く。
数々の連戦で自分とフロストの魔力は大量に消費された。特にフロストの方はほとんどの魔力を使う事が出来ない程に消耗しきっている。
丁度よく目の前に怪しいが商人がいるのだ。利用させて貰おう。
「魔力を回復するモノはあるか?」
「はい。薬品なら『マコンのチカラ』と『魔強草』、食品なら『携帯魔肉』と『乾燥ブタウシドリ』の小パックがありますよ。」
「食料まであるのか……じゃあ『魔強草』四つ『携帯魔肉』二つ。そしてブタウシドリ一つ……値段はいくらだ」
「単価は『魔強草』が150、『携帯魔肉』が235、『ブタウシドリ(小)』が300です。合計は……」
「高すぎないか…?そして『ブタウシドリ』だけが異常に安いな……」
「私の商売はこうでして。合計は千百七十ミルです。どうしますか?」
「……買った」
「有難う御座います。こちらです。」
「……どうも」
商人が黒いマントの下から大量の商品を取り出す。一体どこにしまっているんだろうか……?
「お~い。お前さ~ん」
「おう。どうだった?」
「いや~それがね……」
言葉を濁すフロスト。問題アリ……らしいな。
「この大人数を移動させるのは危険過ぎる…んだそうだよ」
「……人数と日数は?」
「少なくとも八百人。……三日前の事だそうだよ」
「そうか。俺が行く……お前はコレでも食ってろ」
「お~う。悪いね~」
シェルター内は人々の群れでざわめいていた。住民の表情はそろって暗く、赤ん坊や幼い子供の泣き喚く声でひしめき、居心地の悪い、そんな場所だった。
おそらく食料や他の原因から、精神的な限界に来ているのだろう。なにせ外に一歩出れば地獄なのだ。その恐怖に晒されているのならば無理も無い。
とにかく一刻も早く、人々をここから解放しなければならないのだ。
ホール奥部にある一室が本部だった。そこにラスネイドは足を踏み入れる。
「どうかなさいましたか?」
部屋には長テーブルとイスが数台、それとお世辞にも洒落ているとはいえないタンスが一つという、質素な場所だった。
声の主はその中の一つの椅子に座り、何か書き物をしていた。七三分けをした髪、セールス本命と言っていそうな礎人の男性だった。
年齢は三十台初めだろうか、壮言なイメージは無く、活発と言う言葉が当てはまる。
「…ここの責任者は誰だ」
「私しでございますが……どちら様で?」
「四十三代次期魔王、ラスネイド・メルフだ」
「……!! ほんまでっか!?」
「…?」
「…はっ!? これは失礼…つい方言が…」
やはり礎人にも方言あるのか……。男性は続ける。
「そ、それで……魔王のご子息様がどうしてこんな所に…?」
「何でもいいだろ。俺がここの住民を近くの町まで護送する」
その言葉に男性は我に返ったらしい。服を整え、メガネをかけ直し、話始める。先程までやはり驚きが抜け切れてなかったのだろう。本調子になったとたん部屋の空気がビシリと張った。
「…それはできません。ここから最も近い町は約八キロ。道中は危険な魔物……あまつさえ龍種までいる始末。そしてその心配が無くとも食料を運ぶ手段さえ無いのです。ですから今は……国の救助があるまで…」
そこで男性は目を伏せた。どうやら彼も彼なりに思案していたらしい。だが……方法はある。
「魔物の事は問題ない。食料は全て各自に配給し、残りは持たせればいい事だろうが」
「しかしそれでは女性や子供が……」
「肉体的にムリな奴の分は他の男なりが運べばいい。違うか?」
「た、確かに……民衆は納得して下さるでしょうか…?」
「こんな状況だ…多分大丈夫だろうな」
そこで男は思い出した様に顔を上げた。
「所でそちらの戦闘要員はどのくらいいらっしゃるのです…? 魔界で有名な『四露死苦』ギルドの方々なんでしょうか…?」
どうやら自分をギルドの人間と勘違いしているらしい。確かにこの状況化を無傷で切り抜けるには最低でも屈強な護衛が三十人程度必要だろう。
だが納得させるしかない。
「いや。俺と…もう一人が護衛に当たる。一応モンスタースレイヤーの職紋は持っているが……もう一人はただの科学者だ。ギルドには所属していない」
予想通りこれを聞いた男性の顔が驚愕で真っ青になる。
「いや、えと、そんな……そんなこと!」
とりあえず相手の主張を待ってみる。ここで強引に抑えつけ、反論等されたら更に自分の首を絞める事になるだろう。ここは落ち着いて対応する。
「その…人には出来る事と出来ない事があるでしょう!」
「ああ。その通りだ」
「だったら……!」
「それを理解した上での今回の任務だ。失敗は無いと考えている」
「……ちょっと、ちょっと待って下さいよぉ……」
そんな情けない声と共に男性は膝から折れて後ろにあった椅子に座りこんでしまう。
なかなか適応力は無い奴らしい。
だがこれがチャンスだ。ここで一気に攻める。
「俺達は町の外から来たからな……ここを探し当てるまでずっと龍種の駆除を行ってきた。それに外の状況もわかる。それを踏まえた上での申し出だ。……どうだ?」
男性は腐抜けた顔ながらも思案している。しかしやがて口を開いた。
「そ、そうですよね……あなたの自信、私が買いましょう」
「ああ…よろしく」
「で、では日程は何時ほどに…?」
「明日だ。それまでに配給と出発の準備を」
「承知いたしました…報酬は『青藍』の都市の……」
「ああ…金はいい。気が向いたら取りに行く」
「は、はぁ……」
もはや男の顔からは生気が抜けていた。思考と感情がキレイに消え去っているのがこちらでも覗える。そんな男を背にラスネイドは部屋を出た―――。
「お前さんも……もぐもぐ、お人よしだねぇ…んぐ。この人数を護送するのに…あむ、請求しないだなんて…」
「………」
『携帯魔肉』の残りを美味しそうに頬張りながら喋るフロストを横目に見ながら、住民達の前に立つ。
ようやく苦難の生活から解放される事となった人々は、昨日より一層ざわめいていた。そこにはほんの僅かながら、笑顔があった。
「…魔力の方はどうだ?」
「眠ったからね~。全快だよ」
「そうか……フロストは後方を頼む」
「あいよ~」
そしてラスネイドは責任者の男性から借りた魔導器具『スピーカー』を掲げた。
魔力を使い声の音量を増幅させる機能を持つらしい。ちなみに価格は千九百八十ミルだそうだ。
それに魔力を流し込み、起動させる。
「あ~……………………………出発するぞ」
「…お前さん…今大分はしょったね…」
「…ほっとけ」
筆頭にラスネイドが立ち、住民たちは進み始めた。