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俺はイス・ブリッジャー

作者: 柚木あずさ

 仰向けになり手のひらと足の裏を床にぴったりと付ける。人知を超えたレベルにまで膨らみ上がった腕と足の筋肉をうねらせ、グッと胸から腰が平になるよう持ち上げた完璧なブリッジ。そして褌一丁。ひらひらと長い前垂れで股間から首までを覆っている。これが俺の基本スタイルだ。


 俺はブリッジャー。名前はとっくの昔に捨てた。


 微動だにしない俺の傍らには少女の姿。ごくごく当たり前のように腹の上にそっと腰をかけてくる。腹筋と背筋を使って柔らかく尻を受け止めると、少女は容赦なく全体重をかけて来た。


「ふぅ……20年も立つとさすがに固くなってしまうのぅ。大切に使ってやったというにもう替え時か?」


 のんびりとした声をあげころころと笑うのは鬼――否、女神。

 雪のように白い額からは人差し指ほどのサイズの角が二本生え、猫のような可愛らしくも鋭い瞳をらんらんと輝かせている。

 細く長い指先で弄んでいる彼女愛用の鉄扇には、何度打ち据えられたか数え切れない。今この瞬間にも理不尽にペチペチと叩き出した。結構手加減なく容赦なくバシバシと。


「アンタのせいで無駄に鍛えられてるんですからね? おかげでムキムキだ。無駄にムキムキだ。主に手足が!」

「確かに象のように太く無粋な手足だ。美しく華奢な脚の椅子はどこかにおらぬかの」

「お前が年中ブリッジさせてるせいだろ!」


 女神はピシッと剥き出しの横腹に鉄扇を打ち付けてくる。普通の人間なら悶絶するような攻撃も、今の俺には蚊がさした程度のもの。ちょっとかゆい。


「椅子が文句を言うでないわ。窮地を救ってやった恩、忘れてはおらぬだろう?」

「はい。女神さまにはブリッジオナニーが妹に見られそうになるところを助けていただきました」


 事務的に淡々と答える。身体が揺れてしまわぬよう腹筋を締めながら、かつハッキリとした声で。

 かつては恥じ入り消えてしまいたいとさえ思ったあの行為。好奇心で始めたあの行為。かなりしんどくてあまり気持ちよくなかったあの行為。穴があれば入れたい行為。若気の至り。

 今となってはただの文字列だ。この20年で何度も言わされたからな。


「うむ。忘れておったら打ち据えてやるところだったぞ。椅子よ」

「助けられた気がしないわ、正直」

「連れてきたばかりの頃は愛らしかったのにのぅ。デレデレと締りのない顔をして、ちょっとの仕事でひんひん泣いて。喜ばせるのも痛めつけるのも楽しかったのに」

「慣れましたんでね色々と」

「ところで物は相談じゃが。お主、召喚に興味はないか?」

「召喚って悪魔とかのあれですよね?」

「誰が悪魔か!」


 再びピシッと横腹に鉄扇が入る。そろそろジンジンしてきた。かゆい。


「まぁ、話を聞け。我を呼び出そうとした馬鹿者がおったのじゃ。神を従えようとは傲慢甚だしい、と思っておったが、我が眷属としてお主を派遣してみるのも一興かと思っての」

「ってことは元の世界に戻れってことですか?」

「いんや。お主がおった世界とは別の世界じゃな」


 女神はすっくと立ち上がると、俺の顔に広げた鉄扇を押し付ける。


「我が眷属よ、汝が主・妬刃姫つばきが命ずる。かの者の下僕となりて我が力の片鱗を示して来い」


 ふわっと暖かい光が俺の体を包む。褌の前垂れがパタパタとはためき、胸筋が、腹筋が、背筋が、僧帽二頭筋が、大臀筋がめきめきと膨らみ上がる。体中の筋肉に力がみなぎってくる!

 返事はハイかイエスってことですね!

 ああ、何をするかわからんが、この椅子生活から解放されるならどこへでも行こう、我が主よ!





 ――と思ったのが正直、間違いだった。

 


 今俺は召喚陣の上にいる。上下反転しているせいでもなんでもなく、見たことのない字らしきものが細かくびっしりと書かれている。その文字でできた文様の内側に俺、外側には黒いローブを着て悲鳴をあげる少女。

 ぐねんと大きく背をそらして確認した瞬間。

 ひゅん、と火のついたロウソクが飛んで……ってあぶねぇっ! 咄嗟に手足を曲げて姿勢を戻すと、向かいの壁にベチョッとロウソクが飛び散る。SMグッズのように真っ赤なロウソクは壁面に飛び散り血痕のように禍々しく壁面を染め上げた。


「何で、どうして!? 神鬼族を呼んだはずなのに!」


 そりゃまぁ。裸に褌一丁の男が出てきたらびっくりするわな。しかも股間を見せつけるようなブリッジで。

 慣れ親しんだ姿勢というのは正し難い。俺はカサカサとその場で回転し、おそらく新たな主人であろう少女に向き直る。ローブはいかにも魔法使いといった体のシンプルなもの。ただ丈は女子高生のスカートのように短く、中身の白い布地のようなものがちらりと見える。


「白か……じゃなくて、娘よ。俺は怪しいものでは――」

「いやぁッこっち見ないでッ!」


 語りかけようとした瞬間、顔面に分厚い本が飛んでくる。

 腕と足とをしならせ飛び上がり宙返りを披露して着地。少女は青い眼に涙を潤ませて、一層不快感をあらわにした悲鳴をあげる。キャーキャー喚く前にかろやかな妙技を褒めろよ、少しは!


「俺はお前が呼び出そうとした神の眷属だ! 人の話を聞け!」

「うるさい変態!」


 水晶珠が手元に飛んでくる。スイッと手をのけてやると無残にも砕け散った。ささっとカケラをはきのけて手をつく。


「変態じゃない、ブリッジャーだ!」

「意味わかんない!」


 そりゃそうだろうな。俺でもちょっとだけ思う。20年の月日もちょっと虚しい。

 少女は息を荒げ、儀式用のものだろうか、魔法陣の前に並べていたナイフを手に取る。

 ……って、ちょっと! そいつはまずいってお嬢さん!


「清められし剣よ、この変態を……悪しき霊を闇へ返せ!」


 ひゅんひゅんひゅんと三連続。空を斬る音が響いた。

 ハッ! こちとら20年間あの女神の尻に敷かれて無駄に鍛えられたんだ、ちょっと切れ味の良い鉄扇が飛んでくると思えばわけもない! 怖いけど!

 少女の狙いが甘いのか、もしくは使い慣れていないだけなのかナイフは俺の腹の上や横や、背のしたを通っていきそうだ。これなら避けるまでもなく、頭を持ち上げてじっとしているだけで全弾避けることができる。

 クッと頭を持ち上げると、ナイフは計算通りに俺を避けるようにして飛んでいった。

 そう、俺を避けるようにして。


 ブツッ。


 結論から言えば、ナイフは当たっていた。

 その時の俺はそのことに気づかなかったんだ。鍛えられすぎた筋肉質の肉体はいわば鋼の鎧。防御力を誇る一方で、刺激に対する鈍感ささえ培ってしまう。とんだ盲点である。


「お願いだから帰ってよぉ……」

「だから俺は眷属なんだって。お前が呼び出そうとした神様の代理なんだって」


 先ほど散乱した水晶珠のかけらを避けて迂回する。平気といえば平気だけど、いくらなんでも自分から踏むような趣味は無い。普段は腹の上に乗っていた褌の前垂れはずりずりと床を引きずられていく。

 最近は椅子家業が板についてきて、動くことも少なかったからなぁ。長い前垂れをうっかり踏んでしまい、つるりと姿勢を崩しそうになった。よろめきながらも地に背をつけることなく彼女の前へと進み出る。


「俺はブリッジャーだ。お前の名前は?」

「う……魔法使いの、テルミナ……」

「そうか。お前を新しい主と認めよう」

「本当に、襲ってこない?」


 なんか初々しくて可愛いな。あの女神とは大違いだ。

 青い瞳をうるうるうるませ、小動物のようにびくびくと震える様とかこう、嗜虐心が煽られる。下から覗き込んでいる姿勢のせいか、怯える表情が鮮やかに見える。女神の言い分がわからないでもない。

 俺はすっと一手踏み出す。

 褌はするっと股間から流れ落ちていた。


「よろしくな、テルミナ」

「……そうね、ブリッジャー。よろしく。あと、ゴメンなさ」


 潤んだままの瞳で述べられた謝罪は尻切れで終わってしまった。少女の視線はなぜか俺ではなく、別の何かに吸い込まれるように上へとずれていく。正確には、俺の腹の上にある何かを見ているように思える。

 開かれつつあったテルミナの唇と心がそっとつぐまれるのがわかった。

 そして股間がスースーする。あと俺の息子がブリッジの姿勢を卒業したっぽい。やばい。俺も首をもたげて股間に視線をやる。


 ――しまった。


 そう確信を得るよりも早く少女の悲鳴が室内に響いた。


「やっぱ変態は嫌ぁぁぁぁぁぁぁ!」





 俺はブリッジャー。

 神のもとでブリッジ姿勢を20年間続け、鍛え上げた肉体といつの間にか得ていた神通力を持つ召喚獣の一種だ。

 魔法使いの少女に呼び出され異世界を冒険することになるのは、また別のお話だ。

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― 新着の感想 ―
[一言] ノリと勢いで書きなぐったかのように見える作品でした。楽しかったけれど、最後の文(別のお話)にあるように、連載用のプロット(というかプロローグ?)ですかね? ではでは応援と期待?を忍ばせつつ…
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