Introduction
「えっ?はいっ?ここどこ?」
そこはどこまでも無機質な白が支配する廊下だった。
廊下には等間隔で扉があり指紋認証型の“古いタイプ”の鍵がついていた。
「だから、いまーじぇんすぷろじぇくとの とうきょうしぶのひとつだよ」
オレのやや後ろにチョコンと控えた小鳥逃さんが淡々と述べる。
だが正直言ってオレはそんなことはどうでもいい。
「あのー、これ外してもらいたいんですけど?」
これとはオレの腰辺りにあった、両腕を後ろに回されそこで手首を硬質のカーボンナノチューブで編まれた紐で縛られているものだった。さらにそこから一筋の紐が出て先端を犬のリードのように小鳥逃さんが掴んでいた。
「いや」露骨な否定。
「別にもう逃げませんから」
「そうじゃなくて ただ、おもしろいから」
「うおおっ!離せえぇっ!!せめて「逃げるかもしれない」という理由に変更してくれぇっ!!」
オレは暴れる。と言っても力がある方ではないので――――たとえ力があっても無理だが――――これは空回りに終わる。そんな不様な姿を小鳥逃さんは「はっはっは」と棒読み口調で笑っていた。
「ここは?」
結局は観念するしかなかったオレは小鳥逃さんに扉の一つに連れて行かれた。彼女は聞かれると「ちいむのひとつー」と軽く言いながら鍵を解錠する姿勢に入る。手が届かないからか頑張って背伸びをしているところを思わず可愛いと感じてしまい……って、おいおいっ!何言ってんだオレと自分の頬を張ると、その時、小鳥逃さんの「あ」の声と共に自動で扉が開く。
「あっ………」
そこには見渡す限りのお花畑が広がっていた。それは錆びたオレの心をどこまでも癒してくれる美しきものではあったが、見れば見るほど冷や汗をかいて未來への恐怖心が芽生えた。
なにせ扉の向こうには着替え中の四人の美少女が顔を赤らめて叫び声をあげんとするために口を開きかけていたからだ。オレは人生でこれまでにないくらい頭を回転させて弁解を考える。でもまあ、目の前に気の強そうな短い髪の少女が拳を構えて現れたのはきつい一発を覚悟したけどね。
数秒後、オレは顔面に激痛と耳に女子の叫び声の協奏を聞くという未体験を経験することになる。
「だから、オレは不可抗力なんだって」
着替え終わるまで外で待たされてから中に入って美少女四人に睨まれながら理由を説明しようとするがオレは雰囲気的に正座してしまう。見た感じ全員はオレと同い年くらいに思えた。オレは事情を知っている小鳥逃さんに助けを求めようとする。
「小鳥逃さんからもなんか言ってくださいよ」
「ゆうきのえっちぃー」
「ひでえっ!?」
「お縄にかかるべきだー」
「主にあなたによって、既にかかってますが!?」
オレは後ろ手に回されたものを見せつける。
「ところで小鳥逃さん、この犯罪者が何でここにいるんですか?まさか…」
オレを殴りつけた短髪がパックのリンゴジュースをストローでチューチュー吸っている桃髪ロリ成人に尋ねる。オレは犯罪者発言に文句を言おうとしたがキッと睨んでこられたのでアマガエルが如くなにも言えなくなってしまう。
「そう。かれもここでいっしょに はたらくから」
小鳥逃さんの言葉に女性陣全員からブーイングが出る。オレ個人としても嫌だった。理由の一つは前回も言ったがもう一つはこんな最悪な出会いをした人達と上手くやっていけるとは思えないと思ったからだ。ただ、そんな考えは次の言葉で吹っ飛んでしまった。
「みんなできょうりょくできないなんて はおとちゃん かなしいよぉ」
ぐっ…は。
羽音ちゃんを悲しませることなんて誰が出来るだろうか?もはやこの場は彼女に支配されてしまったようで、女性陣の方も母性本能をくすぐられたのか「ごめんね」とか謝りながら結局全員が承諾してしまっていた。
「じゃあ、じこしょうかいといこうか」
全員が全員「なんでこうなったんだろう?」と首を捻りながらも羽音ちゃん……小鳥逃さんに言われるままに会議用U型机に向かって椅子に座らされていた。にしても、自己紹介かあ。こういうのっていきなり振られると言葉に窮するよなぁなんて思いながら女性陣の方を見ると意外と普通にしていて動揺しているようには一切思えなかった。そういえば廃プレイヤ殺しってのは天才集団だったな、特技とか言うのにイチイチ困らないんだろうか?
「じゃあ ゆうきから」
「えっ!? オレからっすか?」
小鳥逃さんの近くに控えていたからなのか、単純にテキトーに目に入ったからなのかは分からな…いや、大方は後者だと思われるが、そんなことよりいつのまにかこの人は下の名前で呼びはじめていたんだ?
「えっと、じゃあ柚木崎佑樹、霊桜学院高校二年生です。趣味はビリヤードにダーツにゴルフです」
いつまでも黙っているわけにもいかないのでオレは当たり障りのない自己紹介をする。だからこんなものさっさと流してしまえばいいのにさっきの短髪が興味津々な顔をする。
「ビリヤード?プロ何段なんだ?」
「いや…プロとかじゃ…」
「アマ?インハイ優勝とか?」
「出場したことすら…」
かなり惨めになるのでもう喋りたくなくなった。聞いてきた少女の方も「ふーん」と一気に興味がなくなったのをあからさまに表していた。
「んじゃ、次はあたしな」
その少女が立ち上がり言う。
「あたしの名前は大木戸常磐、特技はボクシングと柔道で去年は両方ともインハイで優勝した。もちろん今年だって狙うさ」
それはなんとなく分かった。別にオレは格闘技に秀でているわけではないがあの男勝りな性格が自然とそのことを想起させたのだ。だが、だとしてもこの晴れ晴れしい成績はなんなんだ?マジで最初で良かったわ。小鳥逃さんグッジョブ。
「次は…私だな」
常磐の左隣に座っていた黒髪ロングの少女がゆっくりと口を開く。彼女からは見た目不相応な貫禄を感じさせられた。まるでいくつもの修羅場を潜ってきたかのような。
「私の名は津神御鑑。趣味は賭博、中でも好きなのは麻雀」
「とばく?」
なんつーワイルドな女の子なんだ。どうりで二次大戦後まもなくの玄人や20世紀末期のヤクザの代打ちみたいな風格をしているわけだ。そういや、着替えを覗いてしまった時もこいつだけは平然としていたな。
「御鑑は父親が臨床心理師で母親が数学者なんだよ。んで、こいつもその才能を受け継いでいて麻雀じゃ最年少プロなのよ」
と、なぜか他人紹介を常磐が始める。まあ当の本人の御鑑が腕を組んで誇るような笑顔を見せるだけで無言を貫いているのが悪いのだが。
「そして、おじいさまは裏麻雀界の帝王だった」
ああ、やっぱり血継いでんだなとなんとなく納得した。
そんなドヤ顔の前にピョコっと金髪ロングをツインテールしている少女が顔を出した。
「マリの名前は真島詩鞠だよっ!犯罪者さんっ!」
純粋無垢なのだろうか、天真爛漫に鞠という子は話す。だがその前に言わねばならないことがある。
「だからオレは犯罪者じゃねーって!! 不可抗力なんだよあれは!」
「えーっ!マリちょっと間違えちゃった?」
「いや、間違ってないよ鞠。こいつ犯罪者」
「えへへ。あってたの?」
「おいっ!何を吹き込んでいやがるんだそこの男女!!」
…なーんてことを言ってしまったがために常磐にスリーパーホールドをかけられてしまう。なにより傷ついたのは小鳥逃さんが完全に自分の非を忘れて「はんざいしゃー ゆうきは はんざいしゃー♪」と変な歌を歌っていたことだ。御鑑は「ふんっ」と何かに薄笑いをしていたり散々で結局あの金髪ノー天気少女の詩鞠が何を特技にしているかは分からなかった。
「えっ…えっと、そのあのあっ…あおっ……碧倉…庫楽ですぅ…」
赤いフチ眼鏡をかけている少女からは引っ込み思案な印象をいの一番に受けた。加えて会話が鈍い。この後「特技が縫い物で趣味が読書」だということを言うのに10分も必要とした。解説魔神常磐によると彼女の作る作品は芸術家にも非常に評価が高いそうだ。
まあ、いろんな人がいたがどの自己紹介が一番良かったかを問われれば満場一致で、
「たかあり はおと にじゅういっさいです。よろしくおねがいします」
羽音ちゃんだということは言うまでもないだろう。