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Billiards

オレの名前は柚木崎ゆうぎさき佑樹ゆうき

私立霊桜れいおう学院大学付属高校に通う一介の高校生だ。

趣味はビリヤードにダーツにゴルフ、庶民の癖に生意気な男である。


ここは橙色の蛍光灯がアダルトの雰囲気を醸し出す一室。数人の男女が散らばるなかでいくつかののビリヤード台が置いてある。玉と玉がぶつかり合う骨擦音のような甲高い音が、静かに流れるジャズのBGMと混ざり合ってそれがオレをいい心地にさせた。そんな中でオレは鼻唄ついでにキューを可憐にさばいて玉を穴に次々と沈めていく。


「なあぁぁあっ!! てめぇナインボールでワンターンキル決めてんじゃねえよ!」


そう言ってキューを両手で掴みながら鮮やかな緑を呈するラシャの上に顔をうずめるマナー違反な男はオレの友人の宗像むなかた彼方かなた。失敗したような金髪を肩にまで伸ばし数珠のような腕輪を執拗に巻き付けている彼にオレは優しく声をかける。




「早くジュース買ってこい、敗北者」



やれやれ、なぜか友人に泣きながら「てめぇ、鬼か?」と言われたが不思議でならない。だけど、ありありて涙目ながらも賭けを持ちかけたのは彼の方なのだからと、カナタは渋々ながらも買ってきていた。


「ったく、てめぇ強すぎ。つか大人げねえよ、手ぇ抜けよ」


彼は買ってきたスポーツドリンクの缶のプルトップを外しながら文句をたれる。


「おいおい本気を出してこその友人だろ?カナタ。」


オレは100%オレンジジュースを一口含んでから、いけしゃあしゃあと述べる。


「バカヤロ、友人にジュース奢らせてんじゃねえ」

「ハハハ、まあオレに落とせない玉はねえからな」

「うっせ、女の子は一人も落とせないくせに何言ってやがる」

「なっ!はっ?今その事は関係ないだろ」

「昨日も撃沈したって聞いたぞ?」

「はぁっ?はあっ?ナニイッテンノオマエ?頭どうにかシチャッタワケ?ナンノコトヤラ」


オレはジュースを噴き出すくらい焦った。否、噴き出した。ったく、このカナタの野郎は一体いつオレが美弥ちゃんに一秒で振られたのを知ったんだろうか?あぁ、もしかしたらオレの醜態が彼女によって暴露されたのか?あり得る。女子のネットワークは古来より現行のインターネットを超すと言われるからな。ガックシ、酷いよ美弥ちゃん。君はピュアネスだから言わないでくれると思っていたのに…。



「いやあ、ジョークで言ったのにガチ当たりかよ。逆にひくわ」


ジョークかよっ!?美弥ちゃん疑ってごめんなさい!そしてカナタはいっぺん死ね。

オレは殺意を込めて己のキューを握り直そうとする。


「しかも相手は美弥ちゃんとかお前、自分が釣り合うとか思ってんの?」

「読心術!?」

オレは愕然としてキューを落とす。あまりにも人間離れした友人だったことに今日まで気付かなかったことを恥じるくらいだ。そんなオレの友人のカナタは口をあんぐりさせてきれ混じりに一言。







「いや、だから…ガチ当たりはひくってマジで」






オレはお前のいちいち心臓飛び出させるジョークにひくよ。



「にしても本当にビリヤード上手いよなお前」

カナタはスポーツドリンクの最後の一滴まで飲み干してから改まって言う。


「あっ?なんだよ気持ち悪い。変なフォローは逆に気を落とすっつーの」

「んだよ、まだ気にしてんのかよさっきのこと。卑屈な男だなぁ。次があるじゃねえか次が」

「オレの先にはいくつ“次”があるんだろうな、カナタ」

オレは遠い目をする、その瞳に涙を浮かべながら。上を向いて歩いたとしても抑えきれない悲哀が今にもつつみを失って溢れそうである。

「ばーか、何言ってんだよ」

カナタが暖かな顔でオレを見つめてくる。

「カナタぁ」

「佑樹」

今にもカナタにすがりたかった。なぜなら彼はオレの一番と言えるくらいの友人であり、そんな友人が聖人のように微笑んでいるのだ。彼は言う、




「さあ?一兆くらいあるんじゃね?多分」

と。

「現在の女性人口を優に越えとるっ!!!!!?」

その聖人は悪魔払いなのかオレの心臓を強くえぐった。一回のそれだけで全身をくまなく芝刈機が移動したような感を得るのだ、あの血肉のほとばしる「痛い」だけでは表現し足りない感を。



「ところで話がれたが、本当の本当に俺こと宗像彼方17歳(♂)は先程の惨敗の腹いせにけなしたわけではないぞ?本当の本当にそう思ったんだぞ?」

「本当の本当にか?」

半信半疑で尋ねるオレ。こいつは信用ならん。案の定、オレがジト目をしたら視線を反らしてあご辺りを右手人差し指でポリポリと掻いている。結局は間に耐えられなかったのか「半分くらいは?」と疑問口調に吐露した。あぁ、そこは期待を裏切れよ我が友よ。つか半分くらいは?ってなんだよ、オレに聞くなよ。

余りに頭にくる奴だと思ったのでオレは鼻で笑いながら自分の実力をひけらかそうとする。


「ふ、そりゃさしものオレだって自分の実力には惚れ惚れしているわ。最強のハスラーと呼んでくれても構わないくらいだ。目指すは名人位と球聖ダブル保持」

「お前、それ自分で言っていて恥ずかしくないか?」

カナタが本気で心配してくる。恥ずかしいに決まってんだろが強がりだっつーの!!察しろや!だからその哀れむ顔をやめろって。

オレは一番の友達発言を撤回すべきだという結論にここにきて至った。


「なんだよ、オレだってUSオープンの全盛期に生きてさえいればニック・バーナーやアール・ストリックランドと張り合えたかも知れないってのによ、なぁ?カナタ」

「あっ…あぁ、時代か……」

カナタはどことなく暗い顔をする。調子に乗りすぎてあまり介入してはならないテーマに触れてしまったようだ。オレも馬鹿ではない、その理由くらいならば簡単に察せられる。そう、今は時代が悪いんだ。ビリヤードだけではない、サッカーや野球などの球技…いや全ての一般アウトドアスポーツはマイナースポーツに部類されるのだから。じゃあインドアスポーツが今は熱いのかというとそんな訳ではない。いて言うならばイニンドアスポーツと呼ばれるものが大流行しているのだろうか。

“部屋の中”でさらにPC内の“仮想空間の中”に入って行うスポーツだからInindoorイニンドア sportスポーツ

要するにテレビゲームなのだが、感覚神経をPCと直結するのでそれをプレイしている間は実際に運動している感覚となんら変わらない。より現実的なスポーツにしたいならば息切れや水分不足や筋疲労を“設定する”ことなんてのも出来る。このイニンドアスポーツが人気な理由は主に二つある。


一つは現実世界で出来ないようなスポーツを現実世界でやっているかのような感覚で味わえることである。たとえばかなりの人気を博しているイニンドアスポーツの一つに無重力サッカーというものが存在する。通常のコートに高さというベクトルが設けられてその中を自由自在に動いてサッカーするのである。仮想空間だからこそ地球上の物理法則を完全無視したユニークなことが出来るのだ。


もう一つは近代の人間が獲得した民主主義の最終形態をこのスポーツが体現しているといえるからだ。スポーツが面白いと感じる理由は勝つということを堪能出来るからだ。勝つ最も簡単な方法は相手よりも優れていること。つまり運動神経が良い者だけが楽しめるのがスポーツなのである。無論、この極論に対して言いたいことがあるのは分かる。下手くそでも楽しめる、と。だがそれは理屈であり同時に運動神経の良い者からの目線なのだ。運動音痴にしてみれば上手い人がこちらに合わせてくれるのには申し訳なさと侮辱感が混ざったものにさいなまれて、本気でやってくる場合には積もる敗北感にモチベーションを持っていかれるのである。

それに対しこのイニンドアスポーツは身体能力値は自由に設定出来るために現実世界で運動神経抜群の人も運動音痴の人も皆が平等に楽しめ、人種間の優位性も存在しなくなるので純粋に各々の技術力を競い合うことが出来るのだ。




「なんか、悪いな、嫌なこと思い出させちまって」

「なんでお前が謝るんだよ佑樹。筋違いだぜ?」


オレはなんとなく居心地が悪くなって謝罪してしまう。カナタの言う通り、この現実を生きているオレ達がどうこう言ってもしょうがない。父親が通っていた時の半分くらいしかいなくなってしまった学校では生徒もどことなく暗かった。人口減少という社会問題には好んで触れようとしない、皆が腫れ物でも触るように目を背けるのが当たり前となってしまっている。外出しているのに引きこもっている人間よりも問題から逃げ出し、他人よりも人間らしい生活をしているのに少数派。

「くそっ」

「くっそっ」

オレとカナタは誘い合わせた訳でもないのにほとんど同時に憤慨した。

人里離れた森林に眠るかんばしい香りの花は嗅ぐ人間がいないからといってその香りを発さないなんてことはない。人間だって同じだ。いくら実力を伴っていてもそれが世に認められなければ意味がないのだ。結局、現実離れした至極民主主義的なスポーツというのは悪平等であり才能を持った人間を淘汰してしまうのだ。

オレだって本当は分かっている。だが所詮マイノリティはマイノリティでしかなく何をやっても暖簾のれんに腕押しで、あまりにも非力なのだ。それを仕方ないと無理矢理納得させて次第に何もやらなくなるという負のスパイラル。脱け出したい思っていないわけではない。けど機会がないし実力もない。それらにかこつけて何もしないということに甘んじている自分がいるのも分かっている。皆がやらないから自分もやらないと思ってしまっている自分がいるのも分かっている。マジョリティーに対するいいも知れぬ恐怖にビビってしまっている自分がいるのも分かっている。






それでも現状を変えたいとは思っていた。






神はいるのだろうか?

いるとしたらオレは読心術を心得ているようだった彼らを崇め奉り今日まで無神教だった自分を悔い改めたい。




「2-A 柚木崎佑樹くん 2-A 柚木崎佑樹くん 至急、校長室まで来てください」



霊桜学院高校の校舎全体に、もちろんここ“ビリヤード部の部室”にも電子音の校内放送が鳴り響いた。



「おい?ププッ、呼ばれてんぞ?」

「あぁ、ぶふっ…そっそうみてえだな」


重い雰囲気の中に剽軽ひょうきんに流れたために、なかなかのシュール感からオレはカナタと顔を見合わせて思わず噴き出してしまう。それを契機に気分も上昇してなんの意味もなく二人でハイタッチをした。その後オレは部長に断りを入れて颯爽さっそうと校長室に向かった。





なぜか校内放送で呼ばれた時ってのは悪いことをしたんじゃないかと決めつけて「何のことだろう?」とあれこれ考えてしまう。今回も同じケース。そしてそういう時に限って全然違ったりする。けれどもこの時は自分の願いをものの数秒で叶えてくれる神様がこの世に存在するなんてのは全く思ってもみなかった。まあ仕方ないだろう。なんせ、みんなみんなみんな叶えてくれる不思議なポッケが生まれるまではまだ50年くらいはあるというのだから…………。




けどな、神様。

どうせ叶えてくれるならオレは“あそこ”に行きたくなかった。

行くなら勉強机の引き出しでも開けてUSオープンの全盛期に行ってみたかったよ。

純粋にビリヤード“だけを”楽しむために。


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