Strangeman
燦々と耀く太陽に見つめられ続けてオレはあまりの眩しさに闇に在るのが耐えられなくなる。目を覚ますと前にはハンドルがあった。座席はいつの間にか倒されていて上方を向く形になっている。
「んっ…ん」
オレはぼんやりとオープンカーのように開かれた屋根を眺めながら徐々に覚醒状態に至っていく。
確かこの世界は『Ἀρκαδία』ってゲームの…、オレ達はパラディニアに行くために自動車を借りて………っ!?
ガバッと起き上がる。そして首を各所に動かして奴らの姿を探す。
「おっ!?お目覚めかーい?眠り王子」
――――いた。
黄緑色の短髪で顔に悪戯な表情を浮かべた大木戸常磐。
彼女は他の二人の女子と共に後部座席に座っていた。
「そりゃ、どこの性転換童話だっつーの。なにがなんでも『王子』ってつけたがるなんて平成か?お前は」
「いやいや確かに性転換を疑うくらいに可愛い弱点だな。ぷぷっ、まさか速い乗り物が怖いとか」
「うっせーな、笑うなよ!笑うことねーじゃん」
「ぷふふっ、ふっ…ははっ、ははははははは」
第一に浮かんだ感想はチクショー、スゲェ恥ずかしい。小学生の時に初めて親父に乗せられたジェットコースターであまりの怖さに失禁しちまってからトラウマが染み付いちまってんだよ…なんて、こいつらには絶対に話せない。
てゆーか、三人とも笑いすぎじゃないか?腋でも擽られているように下品に笑い声をあげている。まるで笑いのタネは気絶だけが原因じゃないような。
「まっ…まさかお前ら……」
オレは僅かに感じる体の一部への違和感と香る独特の匂いから直感的にとあるアプリを起動させる。別に自動車に備えついているものでも良かったのだが“見易さ”はあるにこしたことはない。
「やっ…やっぱり…!おい!お前らこれ油性じゃねえの!?バカじゃねえの!?小学生かよお前ら!!」
オレは起動させた鏡のアプリで自分の顔を確認する。古典的な泥棒のような円周状の黒髭にパンダを想わすくらい黒く塗り潰された目の回り。鼻にはアマゾンもびっくりするくらい鼻毛が生い茂ってる。それはもう、真拳使いになれるレベルに。他にもチョコチョコと書かれていて、なぜか髪は収穫前の稲のように随所が輪ゴムにゆって縛られていた。
「ふむ、つまらぬものを書いてしまった」
常磐が油性マジックぺんのキャップをつけながら神妙な顔で言う。
「散々笑っといて何言ってんのお前!?」
「まあまあ、やられた奴が悪いんだよ」
「くっ…痛っ…!お前、髪を輪ゴムで止めると取る時痛いんだぞ!?」
常磐は未だにケラケラと笑い、一切悪びれる様子はない。オレは痛みに涙目を浮かべながら一本一本丁寧に輪ゴムを取り外していく。その手つきの繊細さは時限爆弾解除する時のそれに等しいと言っても過言ではないだろう。
「でもー、ユーキだって昨日私にしたじゃーん!だ・か・ら、お返しだよー」
「昨日…?………あぁっ」
そう言うは真島詩鞠。オレは昨日の机上会議で居眠りしていたマリのおでこに『肉』と書いたのを思い出した。
「お陰で今朝学校で笑われちゃったんだよー!」
「そうか、そいつはゴメ…ってぇ、半日も気づかなかったのか!?どんだけ天然なんだよ」
家で飯食ってるときに家族とか、自分でも風呂や髪直す時に鏡くらい見るだろう。
「マリはユーキに体を汚されたの…ぐすん」
態とらしく泣き真似するマリ。
「体を…汚された?佑樹さん…、まさか……」
碧倉庫楽がアワアワしながら後退り、穢いものを見る目で軽蔑しながら意味深長な発言をしてくる。
「おいっ!マリ!誤解を招くような言い方するんじゃねぇっ!!庫楽もっ!今の流れからしていかがわしい行為じゃなくてマジックペンの話だってことくれー理解出来るだろ!?」
「でも…、額に『肉』ですよ。それはもはや…あぅ…私には言えません」
「何?何なの?寧ろ『肉』だけでそこまで妄想出来るお前の方が引くわっ!」
碧倉庫楽はオレの話も聞かないで一人何事かを呟きながら耳まで真っ赤になってオレとマリを交互に見ていた。オレは彼女の新たな一面を垣間見たようだ。庫楽…侮れん。
「ってゆーか」
オレはとある予感を持って改めてマリに向き直る。“嫌な”とは言わない。なぜならもはやオレが感じる予感はマイナスオーラぷんぷんなものだけでしかなく、今更付け足すように言うのは馬鹿馬鹿しいからだ。
「なーに?」
マリが上目遣いでこちらに向いてくる。うわぁ…やっぱ、こいつ可愛い。オレはその洗練された透き通るようなリップにあわや取り込まれそうになるのをなんとか立ち止まる。
「まさかとは思うがお前…さっきのセリフ、学校でも言ってないよな?」
「えへへ…まさかぁ」
「あっ!だよなあ。ふぅ、さすがにそれは」
オレは胸を撫で下ろす…
「言ったに決まってんじゃん!!」
「言ったのかよ!?」
…ことが出来なかった。胸…というより今は胃が痛い。いよいよ詰んできたなマイ フェイバリット ハイ スクール ライフが…。
「はぁ…まあ、もういいや。面倒臭い。取り敢えず除光液かなんか寄越せ」
オレはそれから駐車場の側の御手洗いで水道を借りてなんとか10分くらいで顔の汚れを落とすとようやく街に入ることにした。マリが待ちくたびれて欠伸しながら「遅いよー」とムッとした顔をしたがなんとか殴る衝動を抑えられたようだオレは。
聖教支部パラディニアは、とあるプレイヤーが条件を果たしてレア職の『白鳳騎士』になった時に、イーデン教に忠誠を誓うことを条件にパラディン伯という貴族に認められその時に彼が賜ったものと言われている。当時は都市国家プレスビュテルに感銘を受けて良政を施したことから「第二のプレスビュテル」と言われるくらい好評価だったそうだ。
この町はイーデン教聖教都市と言えば聞こえは華々しいが「第二のプレスビュテル」と呼ぶには景観が追い付いていなかった。実際はプレスビュテルのように景観を崩すものの排除や隅遷は徹底されていなく通常の俗な市街地となんら変わらなかった。ただ特徴的なのは他には珍しく幾つもの高層マンションが立っていたことか。景観は異なっても良政は変わらずなので、いや寧ろだからこそ人々はこの街に集まって来るのである。つまりあの聳え立つ建物は人口過密の象徴なのだ。
とはいえ電脳世界なのだから実際はあのような建物がなくても住民をキープ出来るくらいのキャパシティーの多重空間住居を備えるのは容易だが、それは前述のようにこのパラディニアが良政を行い多くの人民が賛同しているという証明に他ならないのだ。
「なんつーか、パラディニアなんて荘厳な名前のくせに街並みはどこか昭和を感じさせるな」
常磐が自身の想像との差に素直に驚き、そして少しがっかりしているようだった。
「平成すら一秒も生きてないお前が昭和語るとか滑稽にしか映らんぞ?」
とはいえ確かに常磐の言う通り、教科書やテレビで見るような前時代的な日本の様子をそのまま具現化したかのような風景だった。
「なんか肉じゃが食べたくなってくるんだよー!」
マリがはしゃぎながら乙なことを言う。だが別段空気を読んだわけではなく飲食街から仄かに本能的な古めかしさを持った香りが漂って来るのである。しかしその実体は最新科学が作り上げた99.999999%の酷似率の芳香情報の脳刺激であるのは皮肉にしか思えない。この下町に違和感を振り撒く高層マンションはそういう意味では「これが偽物でしかない」ということを警鐘している役割も持っているのかもしれない。
「ところでこんな混沌な習俗地帯のどこに『白鳳騎士』さんは住んでいるのですか?」
プレスビュテルのようないかにもな教会集合都市なら、その中でもより顕著に装飾された厳かな建物に国のトップが住んでいることは誰しもが予想出来るが、確かにこんな街中では想像もつかないだろう。
だが、オレは知っていた。“具体的な場所は言えないが”『白鳳騎士』について知っていたのだ。
オレは自慢をひけらかすように胸を張り啓蒙しようとする。気分は「こんなこと知っているオレってカッコイイ」だろうか。
「実はな、こいつは確かな筋から得た情報なんだが『白鳳騎士』はこの二年間失踪しちまっているらしい」
「失踪?」
庫楽が興味津々に聞いてくる。なんて気持ちが良いのだろうか。
「あぁ、なんでも重大な事件に巻き込まれたみたいで…」
「んで、なんやらかんやらあって、今はこの街に戻って来ているのか?その『白鳳騎士』って人は」
常磐がオレの話に割って入ってくる。しかも不思議なことを宣いながら。
「おいおい、今は重要な場面なんだから茶化すのとかやめろよな。失踪っつってんだろ?」
しかし常磐は一ミリもふざけた様子はなくオレの反論に対してもキョトンとしていた。そしてオレの後方を指差す。
「いや、だってどう見てもアレだろ?『白鳳騎士』ってのはあの重鎮に囲まれたような一種のパレードの中心にいる白い人物」
「あー、なんか人がいっぱい集まってるよー!」
常磐が指差す方向を見てマリが子供心にはしゃいでいた。
「何言ってんだ?お前。『白鳳騎士』見たこともないくせに分かったようなことを。こっちは確かな筋の情報なんだっ…ぜ?」
常磐の言葉を半信半疑で聞きながら、オレは呆れるようにゆっくりと後ろを振り返りながら彼女の言う方向を見る。
「………………え…何で?」
そこには確かにアミューズメントパークのパレードで見掛けそうな特殊な華やかな乗り物があり、それに乗る数人の中心にはピュアホワイトに白金色という装飾で聖職服と鎧を合わせたようなものを纏い顔には上半分が隠れるような鳳凰を模したヘルムを被っている者がいた。
紛うことなきその格好は常磐の言う通り『白鳳騎士』のものだった。
なによりも決定的なのは周囲にいる民が口々に「『白鳳騎士』様」と崇め讃えていたことである。
「確かに…『白鳳騎士』……でも何で?」
オレは動揺を隠せない。
「ほーら、言ったじゃん。お前の確かな筋ってのも当てにならないな」
常磐が小バカにするような口振りをしながらオレの肩をポンポンと叩いてきた。
オレはその手を強引に引っ張り彼女と向かい合いながら胸ぐらを掴む。
「うるせー!!あれがいるわけがないんだ!いるわけが!何で?何でだ!?そういうシステムなのか?バカな!!」
「なっ…何だはこっちの台詞だ?急にどうした?ゆうき。そんなにバカにされたのが悔しかったのか?」
「ユーキ!!やめて!どうしたの?おかしいよ?」
「佑樹さん!」
オレはヒステリックになってしまっていたようだ。我を失って彼女達に叫ばれて気付いたらこうなっていた。オレは慌てて手を離す。
「はっ!わっ…悪い……つい、カッとなっちまって。本当にスマン!」
「はあ…はあ…、まあ、私も悪かったからいいけど、でもそれだけじゃなさそうだぞ?なんかあったのか?」
「…………」
――――さすがに気付くかこいつらも。……だが、
「すまん…、今は聞かないでくれ」
オレは黙ったまま俯く。だから彼女達の表情は見れなかったが何も発さない状況から鑑みるに心配してくれているのだろう。だが、今はそれが逆に重かった。
そんな気まずい中、一つの声がかかる。
「もし、貴殿方。このあと少し話せますか?」
「?」
それはこの天候にも関わらず暑苦しくローブを着こんでフードを深々と被った者だった。その異様さはまるでフードを取ったら顔が無いのではないかと思わせるくらいだった。声色から察するに男だろうか。
「いや、一応この後はメインイベントこなさなきゃいけない用事があるが」
「ああ、確か…パラディニア4丁目商店街の武器屋にレイピアを注文しに行くやつでしたっけ?なら、明日とかは?」
「構わんが…あんた何者だ?」
オレはいぶかしむ。服装からして只者じゃないだろう。いや、確かに顔を隠すのはクレセント教の一派の風習として聞いたことがあるが、ローブはイーデン教のものである。新教徒だろうか?
「私は決して怪しいものでは……いえ、“決して怪しいものです”」
「あん?」
男は含むように言う。その自嘲はより謎を孕んでいた。
「(おい、ゆうき。どうすんだ?こいつ絶対怪しいぞ?)」
常磐が小言で話し掛けてくる。
「(まあ確かに、自分でそう言っているしな)」
「(もしかして│廃プレイヤ殺し(スレイヤー)ってバレて私達を倒そうとか)」
「(それはどうかな?それなら今ここでやるほうが向こうにとって有利なんじゃないか?多勢に無勢だしな)」
オレは辺りの住民や『白鳳騎士』とその取り巻きを見回す。
「私の話はもしかしたら、ユウキさんでしっけ?あなたの疑問に答えられるかもしれません」
ローブの男が言う。
「なんだと?」
「ええ、多分」
「名前はなんだ?」
「今は言えません。明日に指定の場所に着ていただいたら」
「……………………」
「……………………」
オレ達は膠着状態に陥る。しかしこの状況を打破してくれたのは全く意外でなくこの人だった。
「いいじゃんいいじゃんユーキ!行こうよ!このおじさんのところ!」
マリである。楽しげな笑みを浮かべている。こういう意味では後先考えない所が津神御鑑に似ている気がした。
「お前なあ」
「だってだってユーキのモヤモヤ晴れるかもよ!それ凄く嬉しいじゃん!ユーキが嬉しいと私も嬉しい!」
「はぁ…」
オレはローブの男に向き直る。
「そういうわけだ。分かったよ、明日、お前の話を聞こう。詳しい場所と時間について教えてくれ」
これはオレのチーム賛同の個人的解釈だが、│廃プレイヤ殺し(スレイヤー)の第一理念は「何事も楽しむこと」なのである。