Godknows
高校生はたとえ前日に非日常なことが起ころうとも、それが平日ならば翌日もしっかりと学校は待ち受けているのである。オレは昨日の疲れを痛感しながらこの必然にして不自然な現実を改めてしみじみと感じ入るのだった。しかも机向かいっぱなしで六時間授業とはもはや一種の拷問だと思う。まあ、とはいえ体育は体育で疲れるんだがな。…なんて文句を吐きつつもやはり高校生活というものはオレを癒すには充分すぎる存在だよ。
そうやってオレが当たり前の日常に対して感謝し続けていると、
「今日もお疲れさんだね、我が親友、柚木崎佑樹。にしても1日いろいろとあったけども、朝の全校集会での新校長お披露目にゃあ度肝抜かされたね」
我が親友の宗像彼方が近付いてきた。
「まあ、実はオレは昨日から知っていたんだがな。…知りたくはなかったが」
「昨日って、そういや確か校長室に呼び出されていたもんなお前。なにかあったんか?」
「…あー、いやー……」
しくじったなぁ。注意力散漫というべきか?特に何も言われなかったけれども廃プレイヤ殺しのことはやっぱり言わない方がいいよな。
少し悩んでからオレは続けた。
「いやー、昨朝の話なんだが川で溺れかけている美少女がいたから助けてあげたら、校長室に呼ばれた時にあの校長と一緒にその女の子がいてな、実は彼女は学園長の娘で学園長もオレを気に入ったらしくてオレの許嫁になっちゃったなんてことがあったわけよー」
誤魔化すにしてももっと言い方あるんじゃないか?と思うくらいの下手くそなものであった。これを信じるなんてそうとうなアフォな奴だろう。そう思いつつもオレはある種の期待感を持ちながらそっと彼方の方を見る。
「………? 本当に大丈夫か?お前。病院に行った方がいーんじゃないか?」
宗像彼方は心底心配そうにこちらの顔を窺ってくる。だから今出たこの台詞もオレをバカにするために出た言葉というよりは、友達としての心からの言葉だと言えた。だが、故にこそオレは心が抉れた、優しさが辛いってこういうことなのだろう。オレは堂々と無謀な嘘をついたことをひどく恥じて情けなく思い、この友人に対して申し訳なくなった。
「いや、その、あー、今の嘘、嘘だよ嘘嘘。ウケ狙いなんだよーはははは」
「………なーんだびっくりしたぁ!驚かすなよ。明日、地球が降るかと思ったぜ。ふぅー安心した」
彼方はホッとして胸を撫で下ろしていた。だが、オレは不覚にも下ろせない。
「いやいや!地球が降る!?何処に!?地球に!?何言ってんのお前!!」
「気にすんなって、地球は救われたんだよ、お前のお蔭でな。ありがとよ」
「もう、お前の方が病院行けば!?」
っていうか、なんでオレの周りにはこういったぶっ飛んだ奴らばかり集まるんだ?
【Answer】からかいやすいから。という理由でないことを願うばかりだぜ。
「ところで本当はなんなんだよ。地球が降るは大袈裟にしても校長室に呼ばれるなんて相当だぞ?」
彼方の言うことは最もだ。許嫁はふざけ過ぎにしても学校制度開闢よりその原点にして頂点たる校長先生のまします校長室に名指しで呼ばれるなんて稀有でしかない。思い付く理由を考えても問題を起こしただとかマイナスなことばかりである。黙りも悪くないけど変に思われるのも嫌だし、先程のすまなさも手伝ってオレは本当の事を打ち明けることにした。
「あー…こいつは内緒なんだけどな?あのピンクの校長は実は《脱蛹化蝶計画》の廃プレイヤ殺し部門の支部長で、オレは彼女にスカウトされたってわけなんだよ」
「なっ…お前、マジか?」
見ろよこの彼方の動揺っぷりを。ブルーベリーみたいに顔を青ざめてやがるぜ。そして大袈裟なくらいに身体全体を震わせてやがる。まあ、廃プレイヤ殺しは名誉なことだからな。不本意なことだったが、こんな反応されるとちょっとオレも照れくさいぜ。
「嘘だろ?明日、地球が降るのか?」
「ってぇ、オレは病気じゃねえ!! だからガチな話だって言ってんだろうがぁっ!」
どうやら我が親友の宗像彼方は一切オレの話を信じてくれなかった。
確かに一般人に一般人たるオレが廃プレイヤ殺しなんて信じがたいけどさ。
でも、普通に親友っていうのは黙って何でも信じてくれる奴じゃなかったっけ?
取り敢えずオレの申し訳無さを返せや!
「柚木崎くんっ!なぁーにがガチな話なのかな?」
オレが宗像彼方に失望しながら、損害賠償請求ばりの剣幕で怒鳴っていると後ろから声をかけられた。
振り替えるとそこにはショートの茶髪の無邪気な笑顔を浮かべた少女と、その後ろからタメ息がちについてくるポニーテールの少女がいた。話し掛けてきたのは前者である。名前は風野白瀬、オレの通う霊桜学院高校の新聞部の副部長をやっている。〝風の知らせ〟のようにどこからともなくネタを引っ張ってきて記事にしてしまう敏腕から高校一年の間に副部長に抜擢されたらしい。
「ぐっ…なっ、なんでもねーよ。風野…」
「何でもないところに事件アリだよ柚木崎くんっ!」
「お前の場合、なにもないところにも火をつけて事件を起こすじゃねえか」
「にはは」
白瀬は左手で頭を抑えて大仰に笑う。
通称『穢土転生』の風野。
彼女の敏腕さは一早く特ダネを掴んでくるとか、分かりやすい記事だとかに起因するものではなく、嘘記事を本当のことのように見せる文章力の高さ、心理掌握しているかのような相手を惹き付ける魔性の構成力と言えるだろう。だから人は、特に男子は後でどんな噂になるか分からないから彼女に余計なことを言うことを極端に嫌がる。何が最悪かって彼女自身に悪意が全くないってことだろう。たぶん将来、政治家さんには凄いリーサルウエポンになるんじゃなかろうか。自分の悪い記事を右腕一本でなかったことにして、相手の事実無根の悪い噂をウィルスのように広げてしまうのだから。
とはいえ、彼女がそんな言われを受ける所以は彼女が「とびっきり面白い記事しか追わない」という信念にある。そして、学内やその近辺に「とびっきり面白い記事」がゴロゴロしているわけがないわけで…。まあ、後は言うまでもないだろう。
個人的には小説家の方が向いているんじゃないか?と思って聞いたことがあるのだが、
「何言ってんの?柚木崎くんっ。あんなのただの嘘じゃん!」
――――――お前がそれを言うか…………
回想終わり。
「ん?どったの柚木崎くんっ?」
白瀬が不思議そうに見詰めてくる。
やけに顔が近い。気になることには何でも近付いてしまう職業病め。
「いんや、なんでもね」
「ところでところで一体全体何の話だったのかなん?余すことなく全部吐くが良い。楽になれるぜい」
「なんで取り調べになってる!そしてお前に打ち明けて楽になれる奴がいるか!世界一人生相談したくない相手だね。それならまだ似非占い師とやらにマインドコントロールされる方がマシだな」
「ほうほう、その言われようから察するに本当に何か私に隠していることがあるらしいですねい」
コノヤロ…カマ掛けやがった。
やべぇ、このまま誘導尋問続けられたら大変なことになる…。
自白剤を皮膚呼吸で接種させられたような。
「こらっ、ハクちゃん。弱いものいじめはダメだよぅ」
すると、その進撃を止める者が現る。
おっとり声で白瀬の暴走を止めに入ったのは後ろに控えていた鷺森御守という良家のお嬢様のような立ち振舞いの少女だった。“ような”とはイマイチ分かっていないからである。ちなみに白瀬のことは“白”からハクというあだ名で呼んでいる。
「でもでもミッモリーン! 胡麻油は搾れるだけ搾らないと勿体ないよ、エコじゃないよ」
「オレは江戸時代の憐れな百姓かなんかですかヨシムネさん」
正確には神尾春央だったか…?
「ダメですよ、ハクちゃん」
「でっ…でもー」
「…ハクちゃん?」
音量と語尾が上がる。相変わらずの笑顔なのだが、トウシロウにすら何か禍々しいものが込められていると感じる一言だった。端的に言うと 怖い 。
「ごっ…ごめんねミモリン。私が悪かったよ。反省してるスゴく反省しているから『ガードレール』はやめてぇ!」
これを受けてさっきまで好戦的だった白瀬が翻して逃げ惑う小動物のようになる。体全身を恐怖に震えさせて瞳には涙を浮かべて、シェルターさながらオレの背中に隠れて訴えていた。
「分かればいいんですよハクちゃん。今日は『ポケットティッシュ』で許してあげますわ」
「いやー!! ミモリンの鬼ぃー!!せっ…せめて『カラーコーン』でご勘弁を~!」
「………………………」
白瀬は御守に何か弱みでも握られているのか甚だ疑問だ。御守は茶道部だし、こいつら性格が真逆なのにやけに仲がいいのが不思議だ。お前は自分を取材した方がよっぽど面白いんじゃないか?灯台もと暗し的な。
つか、にしても『ガードレール』とか『ポケットティッシュ』とか『カラーコーン』って何なんだ?道路系にしてはポケットティッシュとか浮き過ぎだし、まさか新手の表音コードか?
はあ…、21世紀後半現代のJKマジよく分からん。
「そんなことよりもハクちゃんは追っているネタがあるんじゃなくって?」
「あっ!そだった、そだった!」
「追っているネタ?」
御守が言ったセリフに、白瀬ではないが反応してしまう。
ニュースが気になるのは人間の性なんだろうな。
すると、こいつも心を読んだのか前のめり気味に白瀬がまたオレに顔を近付ける。
「そう!そうなんだよ柚木崎くんっ!そしてこれこそが、ロマンシン…」
「ハクちゃん?その続きを口にしたら『つり革』ですよ?」
「……………す、スイマセン」
また新しいのが出てきた…。にしても御守はオレ達にとって便利なトランキライザーだぜ、全く。一部では彼女のことを裏で「姐さん」と讃えている人もいるらしいが分からなくもないな。
「ネタって…、どうせまた下んない事だろう?」
オレは飽きれ混じりに言う。
「くだんなくないもん!チョーすっごいもん!」
白瀬が口を膨らませながらオレの頭をポカポカ叩いてくる。ええぃ、うっとおしい!
「マジで!? 地球が降るくらいスゲーの!?」
「えっ?何言ってるの宗像くんっ、ゴメンそれに勝てるネタ私知らないわ。地球が降る?」
彼方が興味津々に白瀬の話を聞く。まだ変なこと言っているみたいだが…。
「はぁ…、で、その自称すっごいネタっつーのはなんなんだよ?」
「神隠しよ!」
「はいっ?」
白瀬が突然放った珍妙な語彙に思わず聞き返すオレ。
「なんだよ佑樹しょうがねーなー。いいか?神隠しってのはな…」
「オレは神隠しの意味なんか聞いてねえよ。あまりにオカルトな言葉に呆気にとられちまっただけだ。なあ、風野…要は行方不明ってことなのか?」
「いやいや柚木崎くんっ、そいつはちょっと違うんですよ」
「違う?」アホみたいに山びこするオレ。
「そう、中高生の間で何十件か起きていて、しかもセイムケースなんだよ」
「で、いなくなった奴らってのは?」
行方不明のままじゃ親御さんも心配するだろう。
第一そんな大掛かりならもっと大事件になっても不思議ではないはずなのに。
ところが白瀬は妙なことを言った。
「全員、半日くらいで見つかったけどね」
「はあ?」
ならば万事解決じゃないか。どころか事件性はおろか本当に行方不明だったのかも疑問だし、そんなんじゃ気付いていない親もいるんじゃないか?
「そう、だから事件にならないんだよ」
「どういうことよ?それを神隠しだと言い張る根拠は?」
彼方も訳が分からなくなっているようだ。
「きっかけは私の友達で遊ぶ約束していた子が一人来なくて、翌日に「ごめんね。なんか眠くなって気付いたら時間が経っていたんだ」って謝った子がいたんだけど、私は怒っていなかったんだけどヤケに記憶に残ってね、その日の内にTwitterにそのことを書き込んだのよ」
白瀬は説明しながら自身のパソコンの画面を目の前に展開して、カーソル移動させて件のツイートを見せる。
「…すげぇな!リプライ1000件って…」
「つか、それ以上にフォロワーが万単位ってお前ナニモンだよ…」
彼方とオレが驚嘆と呆然に抱かれつつ感想を述べているとあることに気付いた。
「ん?これ…」
「そう!返ってきたリプライの中に同じ経験をしたって人が何人もいるの!」
「たまたまじゃねえか?」彼方が訝しむ。
これは最もだ。別段、突拍子もない言い訳であるとも言えないしな。
「そうだとしても多すぎなのよ。」
「場所とか絞れんのか?」
「いや、一応は簡易プロファイリングアプリ使ってみたけど範囲が広すぎるのよねー」
白瀬が別ディスプレイに開いたのはプロファイリングアプリで表示されたマップだ。ほぼ国の全域にまたがっている。それにTwitterの情報の真偽なんて簡単に確かめられるものではない。
恐らく彼方も同じ様なことを感じながら、考えを述べる。
「もし仮に全てが本当だったとしたら黒幕は広域巨大組織?」
「バカな…何の意味が?この時世に」
「そう、私も人間的には無意味だと思ったから神の所業だと思ったわけ」
「それこそこの時世に神とか…」
「もーっ、つまらないねー柚木崎君。信じる者は救われるんだよ!」
「信じるか信じないかはオレ次第だろうが」
とは言いつつも、いつの時代でも現状でなんとか出来なくなることはある訳で。
そうなるとTOEFLのCBTで300点満点とるとかよりも就職戦争で上位に行けそうな全知全能とかいう甚だしい資格を持つ神様ってのは、誰もが欲しい人材なのは明白だろう。いや、神材か。
遥か昔の人にとっては神にすがるってのはオレ的にはある種の逃げなんじゃないかと思ってる。自分で考えるのを諦める所が引きこもりと似ている気もするしな。とはいえ、“出家”と“家に引きこもる”が似ているとはこの矛盾感がある意味アイロニーを醸しているけどな。
そりゃオレだって出来ることなら信じたいし、力を借りて今オレの抱える問題の全てを解決してほしいとは思ってるさ。
みんなもきっと同じことを考えてるんじゃないかね?
まあ、それだけ人類は常に大きな重荷を抱えているんだろうな。
はぁ……、…なあ、オレの負担分が少し多すぎると思うのは気のせいかね?
ガードレールとかポケットテッシュとかの意味が分かった人はそれこそ神。




