虚無
辺り一面どこを見渡しても真っ白な世界
上も下も、右も左も己の存在すらもわからない世界に潤は独り立ち尽くしていた
「ここは...?」
独り言のように呟いた言葉だけが虚しくその"空間"に響いた
「オレは…死んだのか?」
途方もない絶望感と恐怖を押し殺すのでただただ精一杯だった
真っ白なこの世界には自分以外の個体は一つとして存在しなかった
否、青年は己の身体に目をやり、自分の形すら存在しない事を思い知った
不安に飲み込まれ、果てしない空白の世界を駆け出した
自分では走っているはずなのにちっとも景色は変化を見せない
それどころか走っているという感覚がなく、疲れすら生じない
「おいっ、誰か!!」
力いっぱいの声で叫んでみたところで希望は儚くも消え去った
孤独
それが青年を支配しようとしたその時、世界に変化がもたらされた
「じゅん...じゅん......」
遠く彼方から消え入りそうな少女の声が響いた
青年の耳に確かに届いたのか、辺りを懸命に見渡す
だがこの空白の世界には何も存在しない
「潤?…
馴染みのある声に青年は安堵を浮かべた
そしてまたもう一度、果てなく広い世界を見渡した
「のぞみっ!どこだっ!!!」
「潤……潤…」
「どこにいるんだ!!のぞみっ!!!」
青年の背後に少女の姿が見えた
その少女は美しく整った顔立ちで、長く艶のある髪は魅惑的だった
「潤…」
青年は突然の背後からの声に驚き振り返ると、少女の姿を確認した
「のぞみ…」
「潤…」
二人の視線は交わったかのように見えた
「のぞみ…ここはどこなん?やっぱオレも死んでもーたんかな??」
青年は自嘲的な笑みを少女に向けた
「潤…」
青年が不可思議な物を見る眼差しで少女を見つめると、少女の口が無機質に動いた
「潤…、どうして私を殺したの?」
青年は苦難の表情を向け俯いた
「あれは…」
「ねえ、どうして?」
「あれは…、」
事故だった
とでも言いたそうに苦悶の表情で青年が少女に近付こうとしたとき、少女の姿が消え去った
「のぞみっ!!!」
青年は消えた少女の名を叫んだ
そしてただ立ち尽くした
少女の声が頭の中で反芻される
「どうして?」
不意に背後に気配を感じた青年が振り向くとそこには先程の少女がいた
腹に何かの先端を感じる
少女の手には真っ赤に染まった刃物が握られていた
「のぞみ…」
「どうして…ねえ、どうして私を殺したの?」
美しかった少女の顔からは血の気が失せていて、その大きく魅惑的な瞳からは赤い涙が筋を描いていた
艶やかな髪は所々血がこべりついたかのように赤黒く、胸には撃ち抜かれような丸い穴があいていてそこから大量に血が溢れ出していた
青年は覚悟を決めたように瞼を閉じた
「のぞみ…本当に、本当に…ごめんなさい」
閉じられた瞼からは涙がこぼれていた
それから沈黙のまま幾秒かが経過した
青年は全てを受け入れたような面持ちで静止し、少女も同じく静止したままであった
「殺して…」
少女が言葉を発した
青年は目を開き、少女を見つめた
「殺して、xxxxxxxxを殺して…」
「えっ、誰を?」
青年には名前の部分だけが聞こえなかった
「殺して、xxxxxxxxを殺して」
「殺して」
「誰なんや、誰を殺したらええんや!?」
「殺して…」
声だけが響く中、少女の姿はぼんやりと消えていった
それをきっかけに青年を中心として周りから黒が世界を浸食しだした
真っ白な世界が闇に浸食されていく…
「オレは…どうしたらええんや……」
青年は膝からその場に崩れ落ち、両の拳を下に叩きつけた
黒が空白の世界を包んでゆく
全てを無に帰すように
そしてそれは青年をも飲み込み、世界は闇で覆われた