決戦 -side T-
私は小さくなってゆく男の姿をただ見送っていた
固い意志の宿ったその背中は普段より数倍も大きく見えた
地平線の彼方に小さくも大きなその背中が消える
まるで彼がもう戻らないかのように
心が何かを叫んだ
それは言葉にかわる事なく夜の闇に消えた
髪に残る彼の手のひらの温もりが夜の風に消えてゆく
まるで彼が消えていくのを暗示するかのよう
消えさせない
私が…死なせない
決意をしたところで自分も行動に移るべくこの場を後にした
先ほどの喫茶店の場所から少し歩いて大通りに出た
彼の知り合いの力という子の住む所はここからは少し離れた隣街
歩いて行くには時間がかかりすぎるのでタクシーを拾う事にした
交通量は明らかに多いが帰宅時のこの時間に空きのタクシーを拾うのはなかなか至難の業だ
それに増して駅から離れたこの場所では尚更だった
時間が無いという焦りと苛立ちから携帯画面の時計にばかり目がいってしまう
…一秒でも時間が惜しい
そんな時一台のタクシーが目の前を通り過ぎた所で停まった
車内から一日の仕事を終えた初老の男が降りてくるや否や後部座席に座り勢い良く扉を閉めた
「隣街の工科高校までお願い」
運転手に行き先を聞かれるよりも先に告げた
そして教えられた番号に電話をかけた
陽気なレゲエの呼び出し音が少し流れてすぐに男の声が聞こえた
「誰だ?」
「私は高島 麗。あなたの先輩の神倉くんのお友達ってところかしら」
「潤さんの…。で、その潤さんの友達が何の用ッスか?」
「簡潔にまとめさせてもらうと、このままじゃ彼…死ぬかも知れない。」
「なっ…!!それはどうゆう事なんだよ!!!?」
「いま彼はとてつもない強い相手と独り戦っているの。彼の事を…」
その時、遠くの方で二つの強大な力がぶつかり合うのを感じた
ついに始まったのね…
胸にこみ上げる焦りをかみ殺し、一呼吸置いてから続けた
「…彼の事を本当に思っているのなら私を信じてッ!時間が無いの」
「………俺はどうすりゃ?」
「今から10分後、あなたの近所の工科高校の正門。そこで落ち合いましょう」
「わかった」
喋り終えるや否やすぐに電話を切られた
話が伝わったのだろう
それよりも戦いが始まったのが気になって仕方がない
そんな中、呑気にゆっくりとタクシーを走らせる運転手に苛立ちを覚えた
「もっと急いで貰えるかしら?」
ルームミラーに映る運転手の顔を覗き込み皮肉いっぱいに言った
するとさも怠そうに運転手は冷やかすかのように言い返してきた
「そんな急いで彼氏とでも待ち合わせかい?あ、そういやさっき誰か死ぬかも知れないとか言ってたっけ??」
「あら?お客様にそんな口をきいて良いと思ってるわけ?名誉毀損で訴えても良いのよ?あなたの名前と会社、覚えたから。わかったら飛ばして」
運転手は明らかに面倒くさそうな顔をしてバックミラーから視線を逸らした
そんな時、遠方でぶつかり合う強大な二力に向かってもの凄い速度で接近する力を感じた
それは二人に急接近するとその場で留まった
まさか…敵の増援?
この能力を持ってしても敵かどうかの見分けなどさすがにつくはずもない
今の私達に協力する人間など検討もつかない
安田将吾が探しに行った協力者が駆けつけたにしては早すぎる
嫌な胸騒ぎに駆り立てられ不安になる
「もっと急いでもらえないかしら」
「………お客さん、いくらなんでも無理がありますよ。こっちだって法定速度とかあるんだし」
運転手が鼻で笑って告げた
普段の私ならきっと何か反論しただろうが今はそんな余裕などなかった
今はただ彼の事が心配でたまらなかった
私は今までこんなに他人の事を思った事があっただろうか?
いや、他人に興味を持った事自体今まで一度もなかった
自分以外の者などどうでもよかった
周りの人間が生きようが死のうが自分には関係のない事だと思っていた
これが恋心というものなのかしら?
ふとそんな事を思った自分に嫌悪感を抱いた
そうこうしているうちにタクシーは目的の場所に辿り着いたようだ
「ありがとう。お釣りは取っておいて」
財布から五千円札を取り出して運転手に渡してタクシーを飛び出した
工科高校正門の前に黒のビッグスクータに座って煙草をくわえている男がいた
突然の突拍子もない話を信じて約束通りにその場所に来ていたのだった
男は私の姿を認めるといきなり大声で怒鳴り散らした
「おっせぇ!!!」
「どんだけ待たせんだよ。俺ぁ女に待たされんの大ッキレーなんだよー、ッたく…」
その男、郷田力は自分のビッグスクータのハンドルを空いてる方の手でコツコツ叩きながら苛ついた調子で愚痴をこぼした
髪は坊主頭に金髪で、筋肉質でごつめの体格、低い声
まさに粗野で下等な人種だなと思った
「ごめんなさい、拾ったタクシーがハズレだったの」
「お、おう。いや~、実はそんなに待ってねぇんだけどよ」
郷田力は愚痴った事に対して少し分が悪そうにこめかみを掻いた
それなら言わなければ良かったのではないか、とは言うにも及ばなかった
「で、用ってのはなんだよ?潤さんが危ないって話だったな」
それほど強力な能力の持ち主では無さそうだが幸い能力者だったので現状を概ね話した
「…よし、行くぞ」
彼はバイクのエンジンをかけてヘルメットを寄越した
「あなた覚悟はできているのね?それに相手はかなりの強者よ。あなたが行った所で力になれるか…」
そこまで言った所で彼は左の拳で正門横の塀を殴った
彼が殴った跡のコンクリートの塀は粉々に粉砕されて砂煙が舞った
「覚悟なんて知らねぇよ。力になれるかも俺にはわからねぇ。でもよぉ…行くしかねぇだろ」
「…わかったわ」
「振り落とされんじゃねえぞ」
ヘルメットを装着して後ろに座った
どうか、私達が辿り着くまで死なないで…
ただ私は小さくなってゆく力の反応に祈るばかりだった