↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

夕陽と過去を乗せて

作者: 藤野正人
掲載日:2026/10/09

人生で後悔していること。あの人に、もう聞けなくなってしまったこと。

もし、その人に再び会えたら――。


今回はそんな思いをテーマに、大好きな特急「にちりん」号に絡めて書いてみました。


最後までお楽しみください。

夕陽と過去を乗せて




 私は古田沙都子《よしだ さとこ》、四十八歳。NRK(日本レールウェイ九州)鉄道文化事業部で、九州各地に保存されている車両の展示管理を担当している。


 福岡県豊凪市《ふくおかけんとよなぎし》の公園に保存された四八五系で、夕方になると人が消えるという噂が届いた。車内へ入った人が夕陽の沈んだ頃、近くのベンチに現れる。笑っている者もいれば、泣いている者もいるという。


 上司から現地調査を命じられ、私は博多駅から特急ソニックに乗った。


 豊凪市は福岡県の東端、大分県中津市《おおいたけんなかつし》の北側に位置する県境の街だ。周防灘に近く、市内を日豊本線が通っている。


 公園には、かつて特急にちりんとして走った先頭車両が一両、静態保存されていた。クリーム色の車体に赤い帯を巻いた、国鉄特急色の四八五系だ。


 午前九時に扉を開け、午後五時に閉める。日中は誰でも自由に車内を見学できる。


 行橋駅でソニックを降り、各駅停車へ乗り換えた。


 本当は、このままソニックに乗って大分まで行きたかった。祖父母の家へ向かうとき、子どもの私は四八五系のにちりんに乗った。行きは祖父母に会えるのがうれしく、帰りは別れが悲しくて泣いた。


 そして、もう一つ、心残りがある。


 幼稚園の頃好きだった、椎田則弘《しいだ のりひろ》君。


 小学校高学年で千葉へ転校することになったとき、何度も二人きりで別れを告げようとした。けれど、顔を見ると恥ずかしくなり、結局何も言えないまま離れた。


 福岡へ戻れば、いつかまた会えるかもしれない。


 そう思いながら、私は何十年も何もしなかった。


 各駅停車に揺られ、豊凪駅へ到着した。


 改札口で社員証を兼ねた職務乗車証を駅員に示す。


「お疲れさまです」


 駅員が有人改札のゲートを開けた。


「お疲れさまです」


 私も短く返し、駅前へ出た。


 公園は駅から歩いて十五分ほどの場所にあった。


 管理事務所で身分と訪問の目的を告げると、職員が応接用の椅子へ案内してくれた。


「変わった噂があると伺ったのですが」


 私が切り出すと、職員は少し困ったような顔をした。


「噂というか……最近、妙な人を見かけるようになったんです」


「妙な人?」


「夕方の五時から六時頃です。にちりん号のそばにベンチがあるでしょう。あそこに、一人で座っている人が時々いるんですよ」


「休憩しているだけではないんですか?」


 職員は首を横に振った。


「それが、少し様子がおかしいんです。幸せを噛み締めるように笑っている人もいれば、声を上げて泣いている人もいる。何が起きたのか分からないような顔で、呆然としている人もいました」


 そのうち、笑っていた一人は管理事務所までやって来たという。


「お礼を言われました」


「お礼?」


「『長年抱えていた思いが、ようやく届いたのかもしれません。ありがとうございました』と。理由を聞いても、笑って頭を下げるだけで、そのまま帰っていきました」


 公園を管理しているだけの職員に、長年の思いをかなえてやれるはずがない。


「その人たちが、車両から出てくるところは見ましたか?」


「いいえ。ただ、どの人も、あの車両から出てきたように見えたんです」


 窓の外に、四八五系が見えた。


 日豊本線《にっぽうほんせん》のすぐ横で、走ることをやめた車両が眠っている。現役の列車が通過するたび、低い走行音とわずかな振動だけが届いた。


 一日で結論を出すのは無理だと判断した。


 上司へ報告し、豊凪市に滞在して腰を据えて調べたいと申し出た。鉄道文化事業部《てつどうぶんかじぎょうぶ》は企画展示やイベントの少ない閑散期に入っており、許可はあっさり下りた。


 調査期間は一か月。


 豊凪駅の駅事務所の一角を借り、現地の調査拠点とした。使われていない机と書棚だけの小さな場所だったが、ノートパソコンを置くには十分だった。


 季節は晩秋だった。


 翌日から、午前九時の開錠に立ち会い、午後五時の施錠まで保存車両を観察した。


 車両の外には、屋根の付いた展示パネルが設けられていた。


 飾られている写真は三枚。


 大分駅で、乗客がにちりん号を乗り降りしている写真。


 座席が七割ほど埋まった、現役当時の車内写真。


 別府湾を背に、国鉄特急色の四八五系が走っている写真。


 どれも見慣れた広報写真で、印刷時期も設置時期も記録に残っていた。車体と車内を調べても、不自然な改造や隠し場所はない。


 何も起こらない日が続いた。


 噂を信じて見物に来る者はいたが、写真を撮って帰るだけだった。


 その瞬間は、前触れもなく訪れた。


 調査を始めて九日目の午後四時前だった。


 四十代後半ほどの男性が、妻と小学生くらいの子どもを連れて公園へ来た。子どもは遊具へ走り、妻がそのあとを追った。男性だけが、四八五系へ向かった。


 珍しい光景ではない。


 私は駅事務所へ戻り、撮影した車体の写真を整理していた。


 午後四時を少し回った頃、公園職員から電話が入った。


 先ほどの妻が、夫の姿が見えないと訴えているという。


 私は急いで公園へ戻った。


 防犯映像には、男性が一人で保存車両へ入る姿が残っていた。しかし、出てくる姿はない。


 管理人と一緒に、座席の下から運転席まで調べた。窓は固定され、反対側の扉には鍵がかかっている。


 車内に男性はいなかった。


 警察へ連絡するべきか相談しているうちに、午後五時になった。


 その日の夕焼けは、息をのむほど美しかった。


 西日がクリーム色の車体を照らし、赤い帯が燃えているように見えた。


 管理人が車両の扉を施錠したあと、私はもう一度周囲を見回した。


 例のベンチに、男性が座っていた。


 両手で顔を覆い、肩を震わせている。


「ありがとう……ありがとう……」


 何度も、同じ言葉を繰り返していた。


 妻が夫の名前を呼び、駆け寄った。


 男性は足立由紀夫《あだち ゆきお》、四十七歳。


 けがはなかった。本人には、保存車両へ入ってからどのくらい時間が経ったのか分からないという。


 落ち着くのを待って、私は話を聞いた。


 足立が展示車両へ近づいたとき、突然、周囲から人の気配が消えたという。


 遊具で遊ぶ子どもの声も、車の音も、隣の日豊本線を走る列車の音も聞こえない。振り返ると、妻も子どもも、ほかの来園者もいなかった。


 少し怖くなった。


 それでも、目の前の四八五系が懐かしく、足立は外の展示写真へ近づいた。


 七割ほど席が埋まった車内写真。その片隅に、自分の姿を見つけた。


 見知らぬ若い女性と、その腕に抱かれた赤ん坊の隣に、現在の足立が座っていた。


 そんな写真を撮られた記憶はない。


 確かめるように車内へ入り、写真に写っていた座席の背もたれへ手を添えた。


 その瞬間、足元から伝わる感触が変わった。


 保存車両の硬い床が消え、列車特有の細かな振動が靴底を揺さぶった。足立はとっさに座席へ手をついた。


 顔を上げる。


 無人だったはずの車内は、大勢の乗客で埋まっていた。車輪が線路の継ぎ目を刻み、窓の外には景色が流れている。


 列車は走っていた。


 目の前の座席に、若い女性が座っていた。その腕の中では、赤ん坊が穏やかな寝息を立てている。


 女性の顔を見た瞬間、足立の胸が大きく鳴った。


 若い頃の母に似ていた。


「あの……隣、よろしいですか?」


 足立が恐る恐る尋ねると、女性は空いている席へ目をやった。


「ええ、どうぞ。小さな子どもがいますけど、大丈夫ですか?」


 足立は黙って頷き、隣へ腰を下ろした。


 話を聞くと、女性はこれから宇佐の実家へ帰るところだという。


 足立は腕の中で眠る赤ん坊を見つめた。


「お子さんのお名前は?」


「由紀夫です」


 その一言で、疑いは確信に変わった。


 目の前にいるのは、若き日の母。


 そして母の腕の中で眠っている赤ん坊は、自分だった。


 現世の母は厳しい人だった。


 足立が何かを成し遂げても、滅多に褒めなかった。


「そのくらいで満足したら駄目」


「もっとできるでしょう」


 いつもそう言って、息子を奮い立たせた。


 足立は母を見返したい一心で努力してきた。しかし母が亡くなったあと、自分は本当に愛されていたのだろうか、と思うことがあった。


 目の前の若い母は、赤ん坊の眠りを妨げないよう声を落とし、何度も毛布を掛け直している。


「この子には、強い人になってほしいんです」


 母親は、眠る由紀夫を見つめながら言った。


「転んでも、人のせいにせず、自分で立てる人に。優しくしてやりたいけど、それだけじゃ、この子のためにならない気がして」


「厳しくするんですか?」


「いつか私を見返してやるって思うくらいで、ちょうどいいのかもしれません」


 足立は窓の外へ顔を向けた。


 そうしなければ、涙を見られてしまう。


 母は、息子を嫌って認めなかったのではない。やり方が正しかったかは分からない。傷ついた記憶も消えない。それでも、その根に愛情があったことだけは分かった。


 やがて、車内放送が宇佐への到着を告げた。


 母親は赤ん坊を抱き直し、降りる支度を始めた。


 足立には、まだ伝えたいことがいくらでもあった。


 それでも、言葉にできたのは一つだけだった。


「あの……由紀夫君が大きくなって、もしおじいさんの大切な盆栽を割ることがあっても、あまり怒らないであげてください」


 母親は目を丸くしたあと、声を立てて笑った。


「この子が、父の盆栽を?」


「ええ。かなり、わんぱくに育ちますから」


「それは困りましたね」


 現実の足立は、その盆栽を割ったあと、母から激しく叱られ、三日間も許してもらえなかった。


「分かりました。なるべく怒らないようにします」


「お願いします」


 足立も笑った。


 母と笑い合ったのが、いつ以来だったのか思い出せなかった。


 列車が停車し、母は赤ん坊を抱いてホームへ降りた。


 足立は追わなかった。


 今度は、愛されていたと知って見送ることができた。


 遠ざかるホームの景色が、窓の向こうでゆっくりとほどけていく。


 次の瞬間、足立の足元から列車の振動が消えた。


 気づくと、足立は公園のベンチに座っていたという。


「母に、ありがとうと言えませんでした」


 話し終えた足立は、涙を拭いながら笑った。


「でも、伝わった気がします。私も、母から答えをもらいました」


 足立の妻は事情を理解できないまま、それでも夫の背中を静かにさすっていた。


 翌朝、展示パネルを確認した。


 車内写真から、足立の姿は消えていた。


 それから二週間、何も起こらなかった。


 二人目が現れたのは、調査期限が残り一週間となった日の夕方だった。


 名前は佐野真一《さの しんいち》。五十歳。


 足立と同じように、美しい夕焼けの日、周囲から人の気配が消えた。写真の中に自分を見つけ、保存車両へ入った。座席へ手を触れた瞬間、周囲の空気が一変した。車内を満たしていた静けさが遠のき、列車の走行音が足元から立ち上がった。


 体勢を立て直して顔を上げると、通路を挟んだ向かいの席に、若い頃の恋人が座っていた。


 遠距離恋愛の末、突然連絡が取れなくなった女性だった。


 佐野は、理由を聞けないまま三十年近く過ごしていた。


 迷った末、声をかけた。


「あの、隣に座ってもいいですか?」


 彼女は窓から顔を戻し、空席を見た。


「ええ、どうぞ」


 佐野は隣へ腰を下ろした。


 彼女は、目の前の中年男性が、かつて付き合っていた若者の未来の姿だとは気づいていない。


 なぜ、突然連絡をくれなくなったのか。


 自分の何がいけなかったのか。


 あの頃、ほかに好きな人がいたのか。


 佐野は何度も口を開きかけた。


 しかし彼女にとって自分は、列車で偶然隣り合わせた見知らぬ中年男性にすぎない。


 結局、当たり障りのない会話を交わしただけで、列車は彼女の降りる駅へ着いた。


「それでは」


 彼女は軽く頭を下げ、ホームへ降りた。


 その途端、彼女の顔が明るくなった。


 ホームには、佐野の知らない若い男性が立っていた。


 彼女は迷うことなく駆け寄り、男性も笑顔で迎えた。自然に荷物を受け取り、二人は肩を並べて歩き出す。


 彼女がかつて佐野へ向けていた笑顔を、今は別の男へ向けている。


 その姿を窓越しに見ながら、佐野はようやく理解した。


 あの頃にはもう、終わっていたのだ。


 彼女が突然いなくなったのではない。自分が気づかなかっただけなのかもしれない。


 なぜ、もっと大切にしなかった。


 なぜ、会えるうちに会いに行かなかった。


 なぜ、彼女からの連絡を待つだけだった。


 答えを知りたいと願って過去へ来た。


 しかし、知らないままのほうが幸せだった答えもある。


 列車の走行音が次第に遠のき、佐野の視界から過去の車内が消えた。


 夕陽が沈みきった頃、ベンチへ戻った佐野は、泣きも笑いもせず、ただ呆然としていた。


「戻らなければよかった」


 一通り話し終えた佐野が、最後に漏らしたのは、その一言だった。


 足立由紀夫は、母の愛を知って救われた。


 佐野真一は、恋人の心がすでに自分から離れていた事実を見せられ、さらに傷ついた。


 四八五系は、願いをかなえる列車ではない。


 後悔を残した時間を、もう一度差し出すだけだ。


 そこで何を見るのか。何を伝えるのか。何もせずに帰るのか。


 すべては、選ばれた本人に委ねられている。


 調査期限の最終日。


 朝から雲一つない空だった。


 午後四時を過ぎると、西の空がゆっくりと橙色へ変わり始めた。


 これまでで最も美しい夕焼けだった。


 私は保存車両の状態を最後に確認し、駅事務所へ戻る準備をしていた。


 そのとき、音が消えた。


 遊具で遊ぶ子どもの声も、道路を走る車の音も聞こえない。


 日豊本線を走る列車の音まで途絶えている。


 顔を上げる。


 公園から、人の姿が消えていた。


「まさか……」


 私は展示パネルへ目を向けた。


 七割ほど席が埋まった車内写真。その窓側席に、一人の女性が座っていた。


 私だった。


 四十八歳の私だった。


 手には、見覚えのない白いハンカチを握っていた。


 逃げようと思えば、逃げられたのかもしれない。


 足立のように救われる保証はない。佐野のように、知らなければよかった事実を見せられるかもしれない。


 それでも私は、車両の扉へ手をかけた。


 車内へ入り、写真に写っていた座席を探した。


 座席の背もたれに手を添える。


 子どもの頃、祖父母のもとへ向かうたびに触れた感触だった。


 指先に、布張りの座席とは異なる温もりが伝わった。


 次の瞬間、保存車両の静けさが破れた。


 車内には大勢の乗客がいる。話し声、子どもの笑い声、車輪が線路の継ぎ目を刻む音。窓の外には、現役時代の景色が流れていた。


 私は通路をゆっくりと進んだ。


 前方の窓側席に、見覚えのある横顔を見つけた。


 生前の祖母だった。


 胸の奥に押し込めていたものが、一気に込み上げた。


 若い頃、鉄道会社の昇進試験を受ける直前、祖母が病気で倒れた。


 試験は鉄道会社の訓練施設で、一泊二日の日程だった。


 家族からは、心配しなくていい、試験を受けてこいと言われた。


 私は試験を選んだ。


 その二日間に、祖母は亡くなった。


 昇進はできた。


 家族も、誰も私を責めなかった。


 それでも私は、あの日、大分へ帰るべきだったのではないかと、何度も自分に問い続けた。


 祖母の名前を呼びそうになり、唇を噛んだ。


「あの……隣、よろしいでしょうか?」


 祖母は顔を上げ、私を見て目を細めた。


「まあ、素敵なお嬢さんね。さあ、どうぞ」


 私は震えそうになる声を抑え、隣へ腰を下ろした。


 しばらく世間話を交わしたあと、祖母は鞄から一枚の写真を取り出した。


「あなた、うちの孫にそっくりね」


 写真には、大学生の頃の私が写っていた。


「今、大学生なんだけどね。大人になったら、あなたのような女性になってくれるといいわ」


 私は写真と祖母の顔を交互に見た。


「きっと……なれますよ」


 そう答えるのが精いっぱいだった。


 私は膝の上で両手を握り締めた。


 遠回しに聞けば、きっと後悔する。


「もし……沙都子ちゃんが大事な試験を受ける日に、あなたが病気で倒れたとしたら」


 祖母が私を見る。


「沙都子ちゃんには、試験をやめて会いに来てほしいですか?」


 できる限り、真っすぐに尋ねた。


 祖母は少し考えたあと、穏やかに笑った。


「そりゃあ、会いに来てくれたらうれしいわ」


 胸が締めつけられる。


「でも、それで自分の可能性を捨ててほしくはないわね。沙都子には、沙都子の人生があるんだから」


「でも、もし、それが最後になったら……」


「私が病気で倒れるのは、私の人生よ。沙都子が試験に挑むのは、沙都子の人生。気が気じゃないでしょうけどね」


 祖母は冗談めかして笑った。


「まあ、そんなことにならないよう、私も頑張らないとね」


 やがて、その笑顔が消えた。


 祖母は身体を私のほうへ向け、真剣な目で見つめた。


「あなたにも、あなたの人生があるの。あなたが幸せになるほうを選びなさい」


 その瞬間、涙がこぼれた。


 祖母は鞄から白いハンカチを取り出し、そっと差し出した。


「まあ……本当に他人とは思えないわね」


 私は何も答えられなかった。


 ハンカチを受け取り、何度も涙を拭いた。


 やがて列車が駅へ到着した。


 祖母は席を立ち、降りる直前に振り返った。


「もし沙都子に会うことがあったら、今の言葉を伝えてもらえる?」


「……はい」


「お願いね」


 祖母はホームへ降りていった。


 追いかけなかった。


 幼い頃、祖父母の家から帰るたび、私はにちりんの車内で泣いた。


 今度も涙は止まらなかった。


 けれど、あの頃とは違った。


 祖母に置いていかれたのではない。


 私は、自分の人生へ帰るのだ。


 窓の外で、祖母の姿がホームの人波に紛れていく。


 やがて車内の声も、走行音も、遠い記憶の底へ沈んだ。


 気づくと、公園のベンチに座っていた。


 夕焼けは消えかけ、空の端にわずかな赤みだけが残っている。


 隣の日豊本線を、特急ソニックが走り抜けた。


 音も、振動も、今度は確かに感じた。


 時計を見る必要はなかった。


 西の空から、夕陽は完全に消えていた。


 私に与えられた時間は、終わったのだ。


 私の手には、白いハンカチが握られていた。


 調査報告書には、保存車両の構造上の異常は認められないと記した。


 防犯カメラの増設と、夕方の巡回強化も提案した。


 過去へ戻る列車については、書かなかった。


 書いたところで、信じてもらえるとは思えなかった。


 それから、外の三枚の写真を新しいものへ交換する案も出した。


 しかし、実行には移さなかった。


 足立のように救われる人がいる。


 佐野のように、戻らなければよかったと思う人もいる。


 それでも、夕陽が沈むまでに何を伝え、何を受け取るのかを決めるのは、四八五系ではない。


 差し出された時間をどう使うのかは、その人自身が決めることだ。


 一か月ぶりに福岡市内の自宅へ戻った夜、私は机の引き出しから古い写真を取り出した。


 小学生の頃の集合写真。


 端のほうに、椎田則弘君が写っている。


 福岡へ戻れば、いつか会えるかもしれない。


 そう思いながら、私は何十年も何もしなかった。


 祖母の言葉が蘇った。


 あなたにも、あなたの人生がある。


 あなたが幸せになるほうを選びなさい。


 私はスマートフォンを手に取った。


 検索欄へ、ゆっくりと名前を入力する。


 椎田則弘。


 検索ボタンへ指を伸ばす。


 人生に遅すぎることなんかない。


 今度は、そう信じてみようと思った。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


私が小さい頃、特急「にちりん」といえば、大好きな祖父母に会いに行ける電車でした。


当時の最寄り駅で、母と幼い私が普通電車を待っていた時のこと。やってきた「にちりん」に、「おばあちゃんに会いに行く」と言って乗ろうとしたこともあるそうです。母が必死で止めたようです。


今作では、そんな私の気持ちを沙都子に託しました。


みなさんにも、思い出深い鉄道旅はありますか?

ぜひ、作品の感想とともに教えていただけると幸いです。


では、次回の『みどり〜支配された会社〜』の更新時にお会いしましょう。


藤野正人

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。