表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約者だけでなく名前まで妹に譲れと言われたので、家系図から私を消しました ~私を忘れた王宮は、私が結んだ祝福まで失う~  作者: 小竹X


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
51/52

第051話 白の名簿改革委員会の日常

 改革は、奇跡よりも書類が多い。


 これは、白の名簿改革委員会が半年続いたころ、わたしがしみじみ理解した事実である。


 会議は月に二回。緊急案件があれば追加。議題は尽きない。


 移民の名前をどの文字で記録するか。発音と表記が違う場合、本人使用名を優先するか。婚姻後の家名併記はどの順番にするか。修道院名と出生名の関係。劇団員の芸名。商人の屋号。騎士の叙任名。孤児の仮名と成人後の再選択。


 名前は、生活のあらゆる場所にある。


 それを一つずつ整えるのは、果てしない作業だった。


 ある会議で、商人組合の代表が言った。


「屋号も本人名と同じ保護を受けられますか」


 教会代表が反論する。


「屋号は商売上の表示であり、魂の名とは違う」


 セレスティア王女が資料を見る。


「しかし、屋号で配給契約や債務が結ばれている例もあります。保護対象を完全に外すと、生活に影響します」


 わたしは整理案を出した。


「屋号は個人名とは別の使用名として記録し、本人または組合の同意なく他者へ譲渡できない。ただし、個人名の代替として強制してはならない」


 議論は一時間続いた。


 華やかではない。


 でも、こういう細部が大事だ。


 会議の後、ユリウス殿下が疲れた顔で言った。


「名とは、なぜこんなに種類があるのだ」


「人の生活が複雑だからです」


「以前の私は、それを器の一言で片づけていたのだな」


「はい」


「容赦ないな」


「記録上、事実です」


 彼は苦笑した。


 リリアは救貧院の自署名教室を王都外へ広げる準備をしていた。彼女は今、教室用の手引きを作っている。タイトルは「はじめて自分の名前を書く人へ」。優しい文章で、子どもにも大人にも読める。


 その手引きの序文に、彼女はこう書いた。


「名前を書くことは、上手な字を書くことではありません。自分がここにいると、紙に伝えることです」


 わたしはそれを読んで、少し泣いた。


 リリアは照れた。


「大げさです」


「いい文章です」


「リネアに言われると、嬉しいです」


 父カールは、監査下で領地運営を続けている。


 劇的に善人になったわけではない。時々、家長権限停止に不満を漏らす。けれど、使用人給金名簿を自分で確認し、個人名を呼ぶ練習をしているとセドリックから聞いた。


 セドリックの手紙にはこうあった。


「旦那様は先日、庭師オズの子の名前を初めて正しく呼ばれました。オズは驚いて鋏を落としました」


 小さな変化だ。


 でも、記録する価値はある。


 フェルゼンは拘禁施設で、自分の名を毎日書かされている。これは罰ではなく、責任確認の一環だ。彼は反省していない。ただ、判決文の写しを読むたびに苛立つらしい。


 彼の名で、彼の罪が残っている。


 それでいい。


 ノア様との婚約生活は、驚くほど穏やかだった。


 婚約といっても、わたしたちはそれぞれ名簿院で働いている。昼は書類、会議、相談、修復。夕方に一緒に茶を飲む。時々、公爵家へ行き、エレナ夫人に食事を出されすぎる。セラの席へ花を置く。


 甘い言葉は多くない。


 でも、ノア様はわたしの名前をいつも丁寧に呼ぶ。


 それだけで十分な日が多かった。


 ある夜、残業中に、わたしは机に突っ伏してしまった。


「リネア」


「はい」


「寝ている」


「起きています」


「返事が寝ている」


 ノア様は書類を取り上げた。


「今日はここまでだ」


「でも、移民名簿の表記規則が」


「明日も名前はある」


 その言葉に、少し笑った。


 明日も名前はある。


 そう思えることが、どれほど安心か。


 あの朝、わたしは自分の名前が明日もあるか分からなかった。今は、明日も名前を守る仕事がある。


 疲れる。


 手間がかかる。


 でも、幸せな手間だった。


 わたしは机の引き出しから、自分の名札を取り出した。


 表にリネア。


 裏にエレノア。


 その横に、婚約契約書の写しがある。


 名前は、奪われるものではなく、選び続けるもの。


 日常の書類の中で、その実感はますます強くなっていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ