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婚約者だけでなく名前まで妹に譲れと言われたので、家系図から私を消しました ~私を忘れた王宮は、私が結んだ祝福まで失う~  作者: 小竹X


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第046話 リリアとユリウス

 リリアとユリウス殿下の関係は、すぐに恋へ戻らなかった。


 それでよかった。


 物語なら、謝罪して抱き合えば美しく終わるのかもしれない。けれど、現実の傷はそんなに都合よく閉じない。リリアはまだ、殿下の隣に立つと肩に力が入る。ユリウス殿下も、彼女が何を望んでいるかをすぐに分かったつもりになってしまうことがある。


 だから二人は、名簿院の助言で「面会記録」を作ることにした。


 恋人同士の記録ではない。


 自分の意思を確認するための記録。


 会う日時、目的、話したこと、嫌だったこと、嬉しかったこと、次回確認すること。書くのは面倒だが、二人には必要だった。


 リリアは最初、顔を赤くした。


「恋愛を記録するのですか」


 マルタが真顔で答えた。


「感情は記録すると逃げ道ができます。記録しないと、雰囲気で押し切られます」


「経験談ですか」


「受付談です」


 ユリウス殿下は、面会記録を真面目に書いた。


 最初の記録にはこうあった。


「リリアに花を贈ろうとしたが、彼女が救貧院では花瓶よりインクが必要だと言ったため、インクを贈った。喜ばれた。花を贈る前に相手の状況を確認すること」


 リリアの記録にはこうあった。


「殿下が花ではなくインクを持ってきた。少し嬉しかった。ただし、高級すぎるインクで子どもが緊張したため、次回は普通のものを希望」


 わたしはそれを読んで、少し笑ってしまった。


 完璧な王子と可憐な令嬢の恋ではない。


 でも、自分の名前で向き合う二人の記録だった。


 ある日、リリアが相談室へ来た。


「リネア。わたし、殿下をまだ好きなのだと思います」


「そうですか」


「でも、前の好きとは違います。前は、殿下に選ばれる自分が好きだったのかもしれません」


 彼女は膝の上で手を組んだ。


「今は、殿下が間違えたときに、違うと言える自分でいたいです。それでも隣にいたいと思えるか、確かめています」


「良いと思います」


「リネアは、ノア様とどうなのですか」


 急に話題が変わった。


 わたしは咳き込んだ。


「なぜ今その話に」


「わたしばかり相談するのは不公平です」


「相談ではありません」


「では、姉妹の会話です」


 姉妹。


 その言葉を、リリアは少し緊張して言った。


 わたしは胸の奥が柔らかく痛むのを感じた。


「ノア様は、大切な方です」


「はい」


「一緒にいると、息がしやすいです」


「それはかなり重要です」


「でも、まだ結婚や婚約の話は」


「ノア様は待ってくださるでしょう」


「そうですね。リネアが署名欄を全部読むまで」


 リリアが笑った。


 わたしも笑った。


 妹とこんな会話をする日が来るとは思わなかった。


 その夕方、ユリウス殿下が教室へ来た。


 手には普通のインク壺がいくつもある。高級すぎない、子どもたちが遠慮なく使えるものだ。


 トマが受け取って言う。


「ユリウスさん、だいぶ分かってきたな」


「先生に褒められたと記録しよう」


「俺、先生か?」


「名を書く先輩だ」


 トマは得意げに胸を張った。


 リリアが笑っていた。


 その笑顔を見て、わたしは思った。


 彼女とユリウス殿下が将来どうなるかは、まだ分からない。婚約し直すかもしれない。別々の道を歩むかもしれない。


 でも、今度はリリアの名前で決められる。


 それなら、どちらでもいい。


 誰かに選ばれるためではなく、自分で選ぶために。


 夜、リリアは面会記録の最後にこう書いた。


「次回確認すること。わたしは殿下の隣に立ちたいのか。それとも、わたしの道を歩く途中で殿下に会いたいのか」


 答えはまだない。


 でも、問いが本人のものなら、それでいいと思った。

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