第6話 巫女 vs シスター
「邪神 ベルゼファール、あなたを断罪します。」
「…二人とも下がるんだ。私が、彼女の相手をする。」
(一人で、あのシスターと戦う気か!?)
立ち上がって加勢しようとするが、手で制止させられる。
「気を失っている私の仲間を頼む。」
そう言うと、ホノカはパンッと柏手を鳴らし、片手で人差し指と中指を立てた刀印という手の型を作る。
すると、彼女の前に緋色の美しい鞘に納まった刀が出現した。
「あれは…」
仮面のシスターが現れた刀を見て息を呑む。
「…名刀、『炎切り』。」
『炎切り』…─大昔に強大な炎の力を持った魔物を斬り倒し、その炎を刃に取り込んだと云われている刀。
伝説上の武器だと思っていたが、実在していたのか。
(だが、相手は重量と長い攻撃範囲がある斧槍を使う。あれに刀で挑む気か?)
ホノカは一方の手で鞘を掴んで刀を腰の横に据えると、もう一方の手でその柄を掴んで、半身で構えた。
「教会のシスター、出来ればあなたとは戦いたくはない。どうか、ここは退いてくれないか?」
「愚問ですね。私は、邪神を殺しに来たのです。戦いたくなければ、貴女がそこを退いて下さい。」
「すまないが、そうはいかない。…あの人は、殺させない。」
「あれは人ではありません。邪神です。」
シスターが斧槍をブンッと振って、矛先をホノカに向けて構える。
「そこの邪神を庇うと言うなら、あなたも断罪します。」
「…どうあっても、退いてくれそうにはないか。」
緋色の刀を持つ狐のお面を被った巫女と、鉛色の鋼鉄の斧槍を持った仮面のシスターが相対する 。
「……………」
「……………」
ジリ…ジリ…と二人が足を浮かせず、半歩躙り進む。
少し間、見合った後に二人が動いた。
(─…ッ!)
二人が瞬時に重心を落とし、本殿の床を蹴り砕いて前進する。
前進した勢いのまま、シスターが斧槍の槍を素早く突き出す。
ホノカは鞘を握ったまま親指で鍔を押し上げ、刀を抜いた。
ボオォッと、鞘から抜かれた刃に炎が灯り、抜刀した勢いのまま燃え盛る刃を横一文字に振るって、迫り来る槍を横から当てて弾いた。
「むっ…!?」
(刀が炎燃えている!?)
柄を握ったままの斧槍を横に弾かれたシスターが、僅かにバランスを崩す。
その機を逃さず、ホノカが燃える刀の刃を翻して、峰で袈裟斬りに振るう。
だが、すぐに体勢を立て直したシスターが鉄製の長柄で、ホノカの袈裟斬りを受ける。
「…ッ!」
「…やるな。さすが、神ノ社数人の団員を倒して、ここまで来ただけはある。」
ギチギチッ…と、刀と斧槍が鍔攻めり合う。
(ホノカのあの刀…、刃に火炎魔法を付与しているのか。)
――武器への魔法の付与。
武器その物の強化、もしくは魔法の効力を持続的に使用しつつ戦闘を行うために使われる技法であり、武芸に秀でた近接戦闘を得意とする者が使う技法だ。
押し合う様に鍔攻めり合う両者だったが、間近に当たる炎の熱に耐えられなかったのか、シスターが離れて後退する。
それを追って、ホノカが前に跳んで間合いを詰める。
「はあっ!!」
「んっ!!」
一気に間合いを近づけたホノカが紅蓮色の炎を纏った刀を素早く連続で振るう。
それに対して、斧槍を構え直したシスターが応戦する。
ホノカが火柱の如き炎を纏った刃を振るう度に、高温高熱の熱風が吹き、その熱気が本殿に広がる。
熱気により、少し離れた場所で戦いを見守っている俺と、俺の腕の中で気を失っている巫女さんが汗をかく。
身を守るための補助魔法を使っているのか、間近でその熱を浴びているはずのホノカは、炎の熱を意に介さず、達人並みの剣技で絶えず刀を振るい続けてシスターを攻める。
シスターは斧槍の長柄を器用に扱い、ホノカの連撃を防ぎつつ、槍による突きと斧による斬撃を振るって反撃していた。
ガァンッと鉄と鉄が衝突する音と刃が空を裂く風音が聞こえ、炎の熱風が吹きすさび、二人の息もつかせぬ攻防が繰り広げられる。
─ガァンッ ガァンッ
「…神ノ社の方。貴女から殺気が感じられませんが、私に勝つつもりはあるのですか?」
「…教会のシスターよ、私はあなたを殺すつもりは無い。この場であなたを戦闘不能にすればそれでいい。…まずは、その斧槍を焼き斬る!」
さらに燃え上がって火勢を増した炎切りを、ホノカは真っ向から大きく振り落とす。
だが、それをまたしてもシスターは斧槍の長柄で受け止める。
「く、硬いな。」
「なるほど。私の命ではなく、私の武器の破壊が狙いでしたか。しかし、いくらその高温高熱の刃を振るおうが、この神聖な斧槍…『悪魔殺し』は破壊できませんよ。」
「そのようだ…ならば」
シスターから離れて距離を取ったホノカが、自分の懐から十数枚の人形の紙を取り出す。
それらをバラ撒くと、人形の紙が十数人…お面を付けたホノカの姿へと変わった。
(ホノカが増えた!?まさかあの魔法は…)
「これは…!?」
「神ノ社秘伝、『分身魔法』だ。」
突然現れた十数人のホノカに驚いて動きを止めたシスターの周りを、武器を持ったホノカの分身達が取り囲む。
—ジャラ…
分身達が手に持った武器…鎖鎌の鎖を伸ばして振り回すと、一斉にそれをシスター目掛けて放った。
(鎖でシスターを捕らえて、動きを止める気か)
先に分銅が付いた鎖達が四方八方から投げ放たれ、蛇の如くシスターの体に巻き付こうとする。
「ふぅ…」
息を吐いて肩の力を抜くシスター。避けられないと観念したのかと思ったが、次の瞬間には、分身達が投げ放った鎖がバラバラに弾け飛んだ。
「なに…っ!?」
「今、何が起きたんだ!?」
一瞬の出来事で何が起きたのかわからず、俺とホノカが目を見開く。
シスターが両手で斧槍をゆっくり回す。
「私を相手に殺さずして戦闘不能にしようなどと、あまいですよ。…もうこれ以上貴女に構ってられません。早く邪神を殺さないといけないので…。」
斧槍の回転が速くなる。華奢な腕で、バトンを回す様に軽々と重い斧槍を回転させるシスター。
「ここからは本気で行きます。神ノ社の方、そこを退かないのでしたら手足の一つ…二つとも斬られる覚悟はして下さい。」
「静かだが、すごい気迫だ。…これは、私も本気でいかないといけないのかもしれないな。」
「まだ戦うのでしたら、是非そうして下さい。そうすれば、命くらいは助かるかもしれません。」
ホノカが炎切りを正眼に構える。
分身達も各々が魔法で刀を出現させると、抜刀してその刃に紅蓮の炎を灯火させる。
先程激しい攻防を繰り広げた時よりもさらに本気になった二人が対峙し、呼吸を忘れて息苦しくなる程の緊張感が漂う。
十数本の炎の刃に囲まれた中で、鋼鉄の斧槍が回転している危険地帯と化した本殿。両者が一つ息をついた後、その危険地帯が一気に動き出した。
分身達が駆け出し、十数本の炎の刃がシスターへと襲いかかる。
『はあーっ!!』
一切逃げ場が無い中、シスターは斧槍を回しながら、足で床に大きく弧を描いて体を半転させ、自身を中心軸に公転する様な軌道で斧槍の刃を振るう。
「…ふんっ!!」
『ぐっ、ああああ!!』
遠心力を乗せた重い一撃が、近づくホノカの分身達を斬り倒す。
(一瞬で複数の分身を斬った…!さっきはあの動きで鎖を斬ったのか。)
斬られた分身達が、元の人形の紙に戻る。それに構わず、残った分身達が追撃を仕掛ける。
シスターは再び足で床に大きく弧を描く。軽やかなステップで一人 円舞曲を踊るかの様な動きで移動し、自身を中心軸にして斧槍を勢い良く回転させる。
斧槍は、長柄がシスターの手や腕、体を支点にしてあらゆる角度で回転し続け、風を起こしながらその刃を振るう。
「ぐぁ…っ!」
「あぁっ!」
「く…っ!」
斬撃の暴風と化したシスターに次々と分身達が斬られ、巻き上がる埃とともに破れた人形の紙が空中を舞う。
(なんて動きだ…。大勢いたホノカの分身が、紙切れにされいく!)
「ええいっ!」
ホノカは残りの分身達と一緒にシスターに斬りかかるが、回転する斧槍の刃によってその攻撃が弾かれてしまう。
「く…っ」
たたらを踏むホノカ。
追撃を仕掛けるシスターは、足を大きく前へと踏み出して、斧槍を横薙ぎに振るう。
「ふっっん!」
全力で振り抜いた斧槍が残った分身達を全て斬り倒しながら、ホノカへと向かう。
ホノカは刀を立てて斬撃を防ぐが、その重量と衝撃で体を後方へと飛ばされて、本殿中央の大柱に背中をぶつけた。
「かは…っ」
(ホノカっ! まずい、あのシスターを何とかしなければ! )
自分の手を見て、グッと握りしめる。邪神の神気をその手に感じ取り、願う。
(あのシスターを止めてくれ!)
握りしめた手を開くと、暁の福音と対峙した時と同様に掌から丸い塊が出現した。
それが二つに分裂する。それぞれが骨となり、血がその周りを流れ、臓器と肉が付き、身体の各部位が整う。
『グオォ…』
出来上がった三メートルの巨躯を持つ、二体の魔物が唸る。
筋肉で覆われた屈強な肉体に、顔の半分を占める大きな一つ目が開いた人型の魔物…『キュクロプス』が、俺の力によって作り出された。
「キュクロプス!?魔物の召喚…?いいえ、この神気は…魔物を作り出した? 」
シスターが、ホノカから俺の方へと警戒を切り替える。
「邪神の力…っ、だめだ、トウヤ君」
ホノカが、ふらつきながら立ち上がる。
(これ以上、ホノカを戦わせるわけにはいかない。俺があの危険なシスターを止める!)
「行けえ!」
『オオォォー!!』
刃を通さない程の高密度の筋肉を持つと言われるキュクロプス。その屈強な体を持つ二体のキュクロプスが同時にシスターに掴みかかる。
しかし、再び高速回転させた斧槍によって、二体のキュクロプスの両腕は切断されて宙を舞う。
『オアッ…』
「ガァッ…』
その後、素早く切り返した斧の刃で二体の胴が別れ、キュクロプス達は灰となって消えた。
「くそっ、あの屈強な魔物を二体同時に斬るなんて…!」
…強すぎる。
おそらくあのシスターは、身体能力を向上させる『身体強化魔法』を使ってあの重い斧槍を振り回しているのだろう。
だが、刃も通さないと言われるほどの頑丈な筋肉を持つキュクロプスを斬ったのは単純なパワーだけではない。
彼女の持つ技と斧槍を扱う常人離れした技量によるものだ。
(なんて、太刀筋だよ。)
改めてその技量に驚愕し、戦慄する。
そして、父オウルが教会の総本山がある王都から俺を遠ざけたかった理由を改めて理解した。
(教会には…、聖騎士の他にもこんな怪物がいるのか。)
「邪神、…あなたを断罪します。」
「くっ、もう一度魔物をっ!」
(今度こそ、あいつを止める!)
しかし、あのシスターを止めるにはいったいどんな魔物を作り出せば…
【ベルゼファール様…】
頭の中から不気味な声が聞こえる。
(この声…、邪神の力が覚醒した時に聞こえた声だ。)
【もっと強く願うのです…。強く願えば、その願いに応える強い魔物が生まれる…。】
(強く、願う…)
床を蹴って、シスターが真っすぐこちらへと駆けだす。
すぐさまホノカが俺を庇う様に前へと躍り出る。
「私の後ろに!」
「神ノ社の巫女。そこを退かなければ今度こそ邪神共々、あなたを斬り倒しますよ!」
シスターが斧槍を回転させる。
高速で回転する斧槍の周りで雷が発生し、白く閃く。
ホノカが、自分の顔の前に人差し指と中指をだけを立てた刀印の手型を作る。
「悪鬼穢れを焼き祓い給え。我らを守り給え。急急如律令!」
そう唱えると、俺達を囲む様に紅蓮の炎が出現し、ドーム状に俺達を覆う灼熱の結界に変わる。
(炎の防御魔法…!)
白雷を帯びた斧槍を持ってこちらへと走るシスターが、さらにその足を加速させる。
「罪有りし者に神の怒りを。鉄槌となりて振るい落とし給え…—」
床を強く踏みしめて高く跳躍し、斧槍を思いっ切り振り上げる。
――… 遥か昔。神に近づこうと天上まで届く高い塔を築いた人間達に怒った神は、雷を落として人間達が築いた塔を破壊したという………――。
「―…そうあれかし。『ミョルニル』!!」
神の怒りの鉄槌を模りし、白き雷光を纏った斧槍が振り落とされる。
「…ッ!!」
(ぐっ…!!)
劈く様な音を轟かせ、全てを破壊せし落雷が紅蓮の炎の結界を斬り壊した。




