第1話 実は…
―― 遥か遠い昔。
何もない無の空間に突如四柱の神々が現れ、その御業によって世界は創造された。
一柱は大地と海を創り、
一柱は植物と食物を創り、
一柱は人間と動物を創り、
一柱は、魔物を創り…、
そして、自らが創り出したものを世界に置いたという。
その後長い時が経ち、人間達の文化や技術…――特に魔法が発達し、人間が中心となって世界は繁栄した。
すると、それを良しとしなかった四柱の中の一柱…『魔物を創った神』が世界を破滅させようと他の神々と対立した。
他の三柱の神々は人間達と力を合わせて、【邪神】となった『魔物を作った神』を倒し、地獄の底へと堕とした。
――預言者 ハルバート・レイ記。――
「…ふう」
壁と一体化した本棚が螺旋状に広い部屋を囲む図書館。その自習スペースの一画。
遥か昔の予言者達が神々の歴史について記した分厚い聖典を閉じて、俺は一息つきながら天井を仰いだ。
シミ一つない天井から視線を下ろすと、勉強のために図書館中から集めて積み上げた本の山が目に入る。
放課後、閉館する時間まで図書館に籠って勉強することを習慣としていた俺は、つい今しがたも『神学』の試験に頻出する聖典の一文を復習していた。
ここは、『王都中央高等魔法学校』。
世界を統べる王が御座す王国の都市、王都。
その王都の中央にある《《魔法学校》》で、 各地から優秀な魔法使いの卵や貴族達が集まり、ここで魔法の知識や技術、古代の聖典に記された神々について説く神学、人に仇なす魔物について等の学問を学ぶ。
生徒一人一人の素養は高い。この魔法学校を優秀な成績で卒業した者は、歴史に名を残す偉大な魔法使いになったり、王都を魔物や悪い魔法使いから守護する『聖騎士』や魔物の放つ邪悪な力や呪いから人々を守る優秀な『司祭』、もしくはあらゆる魔法のスペシャリストである『大賢者』になっている。
俺は憧れの『聖騎士』になるため、田舎の地からこの魔法学校に入学した。
その際、親からかなり反対されて半ば家出の様に実家を飛び出してしまった…。
魔法学校を入学してから半年。
優秀な成績で卒業して聖騎士が所属する騎士団の厳しい入団試験を突破するため、俺は空き時間のほとんどを勉強に費やす日々を過ごしていた。
「…そして今日も、俺は放課後図書館に籠って勉強しているのであった。」
目線の高さまで積み上がっている本を前に、誰にともなく独り言ちる。
勉強を再開しようと本の山に手を伸ばそうとすると、外からおしとやかな笑い声と品のある話声が聞こえた。
「まあ、そうですの」
「そうですわ~。うふふ」
「あらあら。まあ、それはそれは」
などと、聞いただけで育ちの良さがわかりそうな声がする方を見る。
図書館の窓から見える中庭の噴水の前を、ちょうど数人の女子生徒達が通るところだった。
帰宅途中なのだろう。軽そうな鞄を両手で持って談笑していた。
換気のために開けられた窓から、その話声が聞こえる。
「学校がお休みの日は何をして過ごしてますの? 」
「休日ですか?そうですね…、私は」
一人が質問し、グループの中心にいる女子生徒が考えるような仕草をする。
美しいブロンドヘアーに、整った顔立ち。清楚な雰囲気を纏わせ、穏やかに微笑んで友人と話す彼女に、近くにいた他の学生達の目が引かれる。
俺も視線をすっかり奪われ、本に手を伸ばしたまま固まってしまっていた。
この学校にあんな美人がいたのかと少し驚き、半年間勉強漬けの日々で女子生徒のチェックをすっかり怠っていた事に気づく。
名もわからない美人が少し考えた後、ニコっと質問してきた友人に微笑む。
「司祭である父のお仕事を手伝ってます。」
聞こえてきた声によると、どうやらあのブロンドヘアーの美女は、教会の司祭の娘らしく、週末はミサ等の礼拝式の準備を手伝っているそうだ。
(教会の司祭様の娘か。通りで清楚感が漂うわけだ。)
「まあ、そうですの~」「あらあら、えらいですわ」とモブども…じゃなくその友人達が、関心していた。
話し方からして、友達の方は貴族の子達だろう。
図書館の窓の前を通り過ぎ、そのままおしゃべりを続けながら女子生徒のグループは中庭を通り過ぎていった。
(綺麗な人だったな。何ていう名前なんだろう…)
「勉強しないなら、もう帰った方がいい。あと三十分で図書館は閉まるぞ。」
「おわっ!?え…」
ブロンドヘアーの女子生徒がいなくなった窓の外をぼーっと見ていると、いつの間にか俺の前には別の女子生徒が立っていた。
黒髪のロングヘアーで、先程の女子生徒に負けず劣らずの美人だが、雰囲気が少しきつめな印象だ。
「あっ…、すみません。あと、少しだけ続けますので。」
「そうか。…ところで、君は放課後いつも図書館で勉強しているな。」
「ええ、まあ…」
放課後毎日図書館に籠ってたから、勉強しているのを見られても何の不思議はないが、存在を覚えられてしまうくらいに目立ってたのかな。
「君は、一年生か?」
「え、あ、はい。」
(この人、先輩なのだろうか?)
はっきりした声音と凛とした佇まいから、年上だと思って緊張してしまう。
「そうか。私も君と同じ一年生だ。」
同学年かよ。
「今日はいつもより早く図書館が閉まるらしい。早めに帰る準備をした方がいいぞ。」
そういえば、図書館の事務員の人からそんなことを言われていた。
俺は今日あった中間試験の反省点を考えていたから、空返事していた気がする。
「わかった。知らせてくれてありがとう。あと少し復習したら帰るよ。」
「真面目だな、君は。頑張るのはいいが、あまり根を詰めすぎないようにな。」
彼女は長い黒髪を靡かせながら俺に背を向け、そのまま出入口へと向かう。出入口の扉を開け、こちらに振り向く。
「私は、真面目で努力する人が好きだ。君にはなんだ好感が持てる。今度、二人でゆっくり話をしよう。」
表情を和らげてそう言い、彼女は「じゃあ。」と手を小さく振って図書館を後にした。
突然好きだと言われ(告白ではないのだが)、呆気に取られた俺は出ていった背中にただ手を振り返していた。
(…誰だったんだ?あの人。)
「…あ、そういえば」
しばらくして我に返った俺は、ふと今朝届いた手紙を思い出す。
その手紙は実家から送られたもので、休みの日に一度帰ってくるようにと書かれていた。重要な話があるとのことらしいのだが、一体なんの話だろうか。
親の反対を押し切って家を出たのだから、正直帰りづらい。
とはいえ無視するわけにもいかないので、明日の休日にでも地元に帰るとしよう。
そして、無理言って学校に入学した事と家を出た事をちゃんと謝って、あらためて話をしようと思う。
俺は家族の顔を思い出して若干のホームシックを覚えながらも、帰省に思いをはせて中断していた勉強を再開した。
――そして後日。
朝早くから王都を出発して数時間列車に揺られ、辺鄙な田舎に里帰りをする。
しかしまさか、半年ぶりの実家に帰った俺は、そこでショッキングな事実を親の口から突き付けられるのであった。
「実はな、お前は私達の本当の子じゃないんだ。」
「……はぁ?」
じゃあ、俺は一体どこの橋の下かキャベツ畑から拾われたっていうのか。
「実はお前は、地獄の底から魔法で召喚された【邪神】の生まれ変わりなのだ!」
「………はあ!?」
…この父の告白から俺の日常は一転し、そして世界は混沌へと向かっていくのであった。




