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魔王戦、戦死者一人と帰還者三人  作者: ヤスナー


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9/14

理想の代償

宿の扉を蹴り開け、外に出た瞬間、俺は肌が粟立つのを感じた。


広場には、土煙と共に15人の男たちが展開していた。 俺が予想していた「農具を持った暴徒」ではない。 彼らが身につけているのは、手入れされたチェーンメイルや皮鎧。手には軍用のブロードソードやハルバード。 そして何より、隊列の組み方が素人ではない。


「……おいおい、マジかよ」


俺は呻いた。 集団の中央に立つ三人の男。彼らが纏っているのは、見覚えのある銀色のプレートメイルだった。 胸に刻まれた鷲の紋章。 あれは、我が国の「王宮直属騎士団」の正規装備だ。


「元騎士……いや、脱走兵か」


質が悪いなんてもんじゃない。 騎士団の訓練を受け、実戦経験を持ち、その上で道を踏み外した暴力のプロフェッショナルたちだ。 15対4。 単純な戦力差だけならまだしも、こちらには「不殺」という重い枷がある。 相手は殺す気で来るが、こちらは殺せない。 このハンデがどれほど致命的か、戦場の臭いを知る者なら吐き気を催すレベルだ。


「よう、随分と綺麗な格好をしたお客人だ」


騎士の鎧を着たリーダー格の男が、下卑た笑みを浮かべた。 顔には大きな火傷の痕があり、その目は獲物を値踏みする蛇のように冷たい。


「勇者アルヴィンだな? その金ピカの鎧、高く売れそうだ」 「……君たちが『赤カラス』か」


アルヴィンが一歩前に出る。 聖剣は抜いているが、切っ先は下げたままだ。


「僕は戦いに来たんじゃない。話し合いに来たんだ。君たちにも、騎士としての誇りがあったはずだ。こんな真似はやめて、罪を償うんだ」


「誇り? 償う?」


リーダーは鼻で笑った。


「王都でぬくぬく育った坊ちゃんが、説教かよ。俺たちはな、国のために血を流して戦った末に、給金をカットされて放り出されたんだよ。正義だの誇りだので、腹が膨れるか?」


男たちの間に、ドッと嘲笑が広がる。 彼らの目には、更生の余地など微塵もない。あるのは、富と暴力への飢えだけだ。


「……残念だ」


アルヴィンは悲しげに首を振り、聖剣を構えた。


「なら、力づくでも止める。……みんな、行くよ! 絶対に殺すな!」


その号令が、地獄の開戦合図だった。


「かかれェ! 殺して奪い尽くせ!」


リーダーの怒号と共に、15人の殺意が雪崩となって押し寄せた。


「はっ!」


アルヴィンが突っ込む。 速い。確かに速い。 彼は先頭の雑兵の懐に飛び込み、剣の腹で脇腹を打った。


「ぐっ!」


男が吹き飛ぶ。だが、アルヴィンはそこで動きを止めた。 「大丈夫かい?」と相手の生死を確認しようとしたのだ。 その一瞬の隙を、元騎士たちは見逃さなかった。


「甘いんだよ!」


左右から二人の騎士崩れが殺到する。 鋭い斬撃。アルヴィンは慌てて聖剣で受けるが、相手は引かない。 ガキン! ガキン! と火花が散る。


「くっ、やめるんだ! 僕は君たちを傷つけたくない!」 「知るかよ! 死ね!」


アルヴィンは強い。ステータスは圧倒的だ。 本気で剣を振れば、相手の剣ごと胴体を両断できる。 だが、彼は「手加減」をしようとしている。刃を当てず、峰打ちを狙い、相手の骨を折らないように力をセーブしている。 対して、敵は全力で殺しに来ている。目潰し、関節技。なりふり構わない殺法だ。


「囲め! 動きを封じろ!」


五人の男がアルヴィンを取り囲んだ。 鎖付きの分銅が投げられ、アルヴィンの聖剣に絡みつく。 盾を持った男がタックルを仕掛け、体勢を崩す。


「う、わぁっ!?」


最強の勇者が、たった数十秒で防戦一方に追い込まれた。 圧倒的な才能を持ってしても、「殺さない」という縛りプレイの中で、連携の取れたプロ集団を捌ききれるほど、戦場は甘くない。


「勇者様!」


エリアナが悲鳴を上げて回復魔法を構える。 だが、敵の矛先は当然、後衛にも向く。


「おいおい、魔法使いと聖女様がいるじゃねえか。上玉だぞ!」


四人の男が、舌なめずりをしながらこちらへ向かってくる。 俺は槍を構え、フェイの前に立った。


「フェイ! 牽制しろ! 近づけるな!」 「分かってるわよ! 『風よ、弾けろ(エアバースト)』!」


フェイが風の塊を放つ。 だが、相手は手慣れたものだ。盾を斜めに構え、衝撃を受け流しながら突っ込んでくる。


「チッ!」


俺は槍を突き出す。 狙うは喉元――と言いたいところだが、クソッ、不殺だ。 俺は狙いを肩に変えた。 だが、その微細な軌道の修正が、俺の槍を鈍らせる。


ガァン!


敵の戦斧が俺の槍を弾いた。 重い。膂力だけで言えば互角か、相手が上だ。


「へっ、どこ狙ってやがる! ビビってんのか!」


男が斧を振り回す。 俺は半身でかわすが、追撃が速い。 殺していいなら、今の一撃をかわした直後に心臓を突けた。 だが、殺せない。足を狙おうと視線を下げた瞬間、顔面に拳が飛んできた。


「ぐっ……!」


頬骨に衝撃。視界が揺れる。 俺たちは押されていた。 人数差、経験差、そして何より「覚悟の差」。 殺す気で来る相手に対し、殺さない気で挑むなど、自殺行為だ。


戦況は泥沼だった。 勇者は五人に囲まれて身動きが取れず、俺とフェイも防戦に必死で、エリアナを守る余裕がない。


「おい、そこの家にも隠れてるぞ!」


盗賊の一人が、広場に面した民家の扉を蹴破った。 中から悲鳴が上がる。


「や、やめてくれ! 穀物ならやるから!」 「うるせえ!」


ドスッ。 鈍い音が響き、農夫の男が胸から剣を生やして崩れ落ちた。 鮮血が噴き出し、床を赤く染める。


「きゃあああ! お父さん!」 「うるさい女だ。お前は商品価値がありそうだな」


盗賊は笑いながら、泣き叫ぶ娘の髪を掴んで引きずり出した。


「やめろ!」


アルヴィンが叫ぶ。 彼は包囲網を突破しようとするが、鎖に足を取られて転倒する。


「よそ見してる場合か!」


騎士崩れの男が、アルヴィンの背中を盾で殴打した。 ゴォン! と鈍い音がし、勇者が泥に顔を突っ込む。


「勇者様!」


エリアナが駆け寄ろうとするが、別の盗賊に足を払われて転ぶ。 その目の前で、虐殺が始まった。


「ヒャハハ! いいざまだな勇者!」


広場の隅で、逃げ遅れた老人が斬り捨てられた。 井戸の陰に隠れていた子供が、見せしめのように槍で突き刺された。


「あ……あ……」


アルヴィンは顔を上げ、その光景を見て絶句した。 自分の力が足りないからではない。 自分が「手加減」をしている間に、守るべき人々がゴミのように殺されていく。


「やめてくれ……もうやめてくれ……!」


アルヴィンの叫びは、ただの泣き言だった。 彼はまだ剣を振るえない。 「殺してはいけない」という誓いが、呪いのように彼の体を縛り付けている。 殺せば救える。今すぐ聖剣の出力を解放し、周囲の敵を薙ぎ払えば、村人は助かる。 だが、それは彼の理想の敗北を意味する。 その迷いが、致命的な隙を生み、さらなる死体を積み上げていく。


俺は歯ぎしりをした。 ふざけるな。 これが、お前の言っていた「正義」か? お前が綺麗な手のままでいたいがために、無関係な村人が内臓をぶちまけて死んでいく。これが平和への道なのかよ!


「きゃあっ!」


悲鳴が、すぐ隣で上がった。 フェイだ。


見ると、彼女は二人の盗賊に追い詰められ、壁際に押し付けられていた。 彼女は魔力を使い果たしたのか、杖を棍棒のように構えて抵抗しているが、相手は屈強な男たちだ。


「おいおい、魔法使いの姉ちゃん。いい顔してるじゃねえか」 「触らないでよ、汚らわしい!」


フェイは男の顔に唾を吐きかけた。 だが、それが男の嗜虐心に火をつけた。


「威勢がいいなァ。……そういう女を泣かせるのが、一番楽しいんだよ」


男がフェイの手首を掴み、乱暴にねじり上げた。 杖がカランと落ちる。 もう一人の男が、フェイの髪を鷲掴みにし、強引に顔を上げさせた。


「やめろ! フェイ!」


俺は叫び、目の前の敵を無視して駆け出そうとした。 だが、横合いからハルバードの柄で腹を強打された。


「がはっ……!」


息が止まる。俺は無様に地面に転がった。 泥の味。血の味。 遠くで、アルヴィンが「フェイ!」と叫ぶ声が聞こえるが、彼もまた地面に這いつくばっている。


「放して! 放しなさいよ!」


フェイが必死にもがく。 彼女はか弱い女性だ。魔法がなければ、男の腕力に勝てるはずがない。 彼女は最後の抵抗として、髪を掴んでいる男の腕に噛みついた。


「痛っ! ……このアマ!」


男の顔が怒りで歪んだ。 彼は噛みつかれた腕を引き剥がすと、逆の手でフェイの頭をわしづかみにした。 その指が、彼女の左耳にかかる。


「教育してやるよ」


男は、ニヤリと笑った。 そして、思い切り腕を引いた。


ブチブチッ。


濡れた雑巾を引き裂くような、聞くに堪えない音が響いた。 鮮血が飛沫となって舞う。


「――ッ!?」


フェイの口が大きく開かれた。 一瞬、音が出なかった。あまりの激痛に、脳が処理しきれなかったのだろう。 そして、一拍遅れて。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」


絶叫。 それは、いつも冷めた皮肉を言うクールな魔女の声ではなかった。 ただの、痛みに怯え、恐怖に屈した、か弱い女の子の悲鳴だった。


「痛い! 痛い痛い痛い! 耳が、私の耳がァッ!」


フェイは地面に崩れ落ち、左の側頭部を押さえてのたうち回った。 指の隙間から、ドクドクと赤い血が溢れ出し、彼女の白い頬を、首筋を、ローブを汚していく。 男の手には、肉片となった彼女の「耳」が握られていた。


「へへッ、いい声で鳴くじゃねえか」


男はその耳を、ゴミのように地面に放り捨て、ブーツで踏みにじった。


「嫌だ、嫌だぁ……助けて、グレン……痛いよぉ……」


フェイは泣き叫びながら、血まみれの手を俺の方へ伸ばした。 その瞳は、恐怖で完全に見開かれ、焦点が合っていない。 プライドも、魔法使いとしての矜持も、すべて暴力によって剥ぎ取られた姿。


俺の中で、何かが完全に壊れた。


不殺? 理想? 更生の余地?


知ったことか。 俺の仲間が、唯一心を許せた飲み友達が、あんな風に泣いている。 耳を引きちぎられ、血の海で慈悲を乞うている。 それをさせたのは誰だ? 盗賊か? いいや。


俺はゆっくりと立ち上がった。 腹の激痛など忘れた。 俺の視線の先には、血まみれのフェイと、それを笑って見下ろす盗賊。 そして、その向こうで、未だに「殺してはいけない」という迷いの中で震えている、黄金の勇者。


(……地獄へ落ちろ)


俺は槍を握り直した。 もう、手加減はしない。 技術のすべてを、殺すためだけに使ってやる。

俺は獣のような咆哮を上げ、地面を蹴った。 狙うは一点。 フェイを傷つけた男の、その笑っている喉笛だけだ。

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