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魔王戦、戦死者一人と帰還者三人  作者: ヤスナー


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11/14

堕ちた太陽、讃えられる死神

戦いが終わり、広場に静寂が戻ると、村人たちが恐る恐る物陰から出てきた。


彼らの視線は、まず死体の山に向けられ、次に生き残った俺たちに向けられた。 俺は身構えた。 これだけの血の海を作ったのだ。恐れられ、石を投げられる覚悟はできていた。 「出て行け、人殺し」と罵られるのが、俺たち汚れ役の定位置だからだ。


だが、現実は違った。


「……あ、ありがとうごぜぇます……!」


一人の老婆が、血塗れの俺の足元に跪き、泥に額を擦り付けた。


「あんた様が殺ってくれなきゃ、あたしたち、今頃みんなあの世行きでした……! 本当に、本当にありがとうごぜぇます!」


それを皮切りに、村人たちがわっと俺の周りに押し寄せた。


「すげぇ! あの『赤カラス』を一瞬で全滅させちまった!」 「英雄様だ! この村の救世主だ!」 「俺の娘を……娘の仇を取ってくれてありがとう!」


男たちが俺の手を握り、女たちが涙を流して拝む。 子供たちは、俺の持つ血錆びた槍を、まるで聖剣でも見るかのようにキラキラした目で見上げている。


「え、あ……おい」


俺は戸惑った。 称賛? 感謝? 俺にか? 俺がやったのは、慈悲なき虐殺だ。逃げる背中を刺し、命乞いをする敵の喉を掻き切った。 それが「英雄」のすることか?


「待ってください、皆さん!」


その輪の外から、悲痛な叫びが響いた。 勇者アルヴィンだ。


「彼らを殺す必要はなかった! 話し合えば、彼らだって改心したかもしれない! 暴力で解決しても、憎しみの連鎖は終わらないんだ!」


アルヴィンは必死に訴えかけた。 自分の信じる「正義」を、民衆に理解してもらおうとしたのだ。 だが。


「……あァ?」


村一番の力持ちそうな男が、アルヴィンを睨みつけた。 その目は、勇者を見る目ではなかった。 道端に落ちている汚物、あるいは体にできた「腫れ物」を見るような、冷たく、嫌悪に満ちた目だった。


「あんた、何言ってんだ? 奴らが話し合いで止まるような連中に見えたか?」 「そ、それは……」 「あんたがモタモタしてる間に、俺の親父は殺されたんだぞ! あの時、あんたがすぐに奴らを殺してくれりゃあ、親父は助かったかもしれねぇのに!」


男の怒号に、他の村人たちも同調する。


「そうだ! 綺麗な鎧着て、カッコつけてんじゃねぇ!」 「『殺すな』だと? 俺たちが殺されかけてたのに、何寝ぼけたこと言ってんだ!」 「あんたみたいな偽善者が一番迷惑なんだよ! とっとと帰れ!」


罵声の嵐。 冷ややかな視線。 そこには「なぜ助けてくれなかったのか」という疑問すら通り越し、「お前のような異物がここにいるから被害が拡大したんだ」という明確な拒絶があった。


「あ……ぅ……」


アルヴィンは顔面蒼白になり、後ずさった。 聖女エリアナが慌てて彼を庇うように立つ。


「無礼な! 勇者様になんて口を! 勇者様は、皆さんの魂が穢れないようにと……!」 「うるせぇ! 魂で腹が膨れるか!」


石が投げられた。 ゴツッ、という音がして、アルヴィンの黄金の鎧に泥の塊がぶつかる。


「行こう、勇者様。……ここは、私たちの居場所じゃない」


アルヴィンは力なく呟き、逃げるように広場の隅へと移動した。 その背中は小さく、震えていた。


俺はその光景を、村人たちの歓声の中心で呆然と眺めていた。 おかしい。 いつもなら逆だ。 アルヴィンが称えられ、俺が「野蛮な護衛」として白い目で見られる。それが世界の正しい姿のはずだ。


だが、この辺境の、死と隣り合わせの村では違った。 ここでは「綺麗な理想」などクソの役にも立たない。 求められているのは、敵を確実に息の根を止める「暴力」と「結果」だけだ。


「さあさあ、英雄様! 宿で一番いい酒を開けますよ!」 「俺の家の牛を潰しましょう! 宴だ!」


俺は村人たちに担ぎ上げられ、困惑したまま宿屋へと運ばれていった。 俺は勇者じゃない。ただの薄汚い槍使いだ。 そう叫びたかったが、俺の腕の中でぐったりとしているフェイを見て、言葉を飲み込んだ。 今は、この誤解を利用してでも、フェイを休ませることが先決だ。


宿屋の最高室。 とは言っても、昨日泊まった高級ホテルとは比べるべくもない、藁の匂いがする質素な部屋だ。 だが、村人たちが持ち寄った清潔なシーツと、温かいお湯、そして山盛りの食事と薬草が運び込まれていた。 すべて、俺とフェイへの貢物だ。 (アルヴィンとエリアナは、一階の隅のテーブルで小さくなっているらしい)


俺はフェイをベッドに寝かせ、包帯を取り替えていた。


「……っ、つぅ……」


消毒用のアルコールを傷口に塗ると、フェイが小さく呻いた。 左耳の上半分が、無惨に欠損している。 エリアナに頼めば治るかもしれないが、今のあの空気で頼むのは不可能だし、何よりフェイ自身が拒否した。「あいつらの魔力なんて入れたくない」と。


「悪いな、フェイ。跡が残る」 「……いいわよ、これくらい。勲章にするわ」


フェイは強がって笑おうとしたが、顔色はまだ紙のように白い。 痛みと出血、そして何より「恐怖」の記憶が、彼女の体をまだ支配している。


俺はガーゼを当て、丁寧に包帯を巻き直した。 その作業の間、フェイは珍しく大人しく、じっと俺の顔を見つめていた。


「……終わったぞ」


俺が手を離そうとすると、フェイの細い指が、俺の袖を掴んだ。


「……行かないで」


消え入りそうな声。 いつもの気だるげで不敵な魔女の面影はない。 ただの、傷つき、怯える一人の少女がそこにいた。


「行かないよ。ここにいる」


俺はベッド脇の椅子に腰を下ろし、彼女の手を握り返した。 冷たい手だ。 震えが、俺の掌に伝わってくる。


「……怖かったか?」 「……うん。死ぬかと思った。……耳を千切られた時より、あいつらの目が怖かった。あたしを人間だと思ってない目……」


フェイの瞳から、涙が一筋こぼれ落ちた。


「でも、もっと怖かったのは……あんたよ、グレン」 「俺?」 「あんたが来た時……本当に『死神』に見えた。いつもの無愛想な顔じゃなくて、もっと冷たくて、暗い……本物の化け物みたいな顔してた」


フェイは俺の手を強く握った。


「なのに……すごく、安心したの。ああ、この化け物はあたしの味方なんだって。……あたし、性格歪んでるわね」


彼女は自嘲気味に笑った。


「歪んでないさ。それが生存本能だ」


俺は、今まで誰にも見せたことのない、一番柔らかい表情を作った。 意識して作ったわけじゃない。自然と、頬が緩んだのだ。


「フェイ。お前が生きてて良かったよ」


俺は心の底から言った。


「お前がいなくなったら、俺はこのクソみたいなパーティで一人ぼっちだ。……助けられて、本当に良かった」


俺の言葉を聞いた瞬間、フェイの白い頬が、ボッと音を立てるように赤く染まった。


「……っ!」


彼女は慌てて視線を逸らし、口元を布団で隠した。残っている耳は真っ赤になっている。


「な、なによ……急に、そんな……殺し文句みたいなこと言って……」 「本心だぞ」 「うるさい、バカ!」


フェイは布団の中でモゴモゴと言い訳じみたことを呟いていたが、やがて意を決したように顔を出した。 その目は潤んでいて、どこか熱っぽい。


「……そ、それより! さっきのあんたの動き!」


彼女は急に話題を変えた。照れ隠しなのがバレバレだ。


「あれ、すごかったわよ! 最初の男を倒した時の『石突き』での足粉砕! あれ、軍隊式槍術の応用でしょ? しかも重心移動が神がかってた!」


フェイのオタク気質にスイッチが入ったらしい。彼女は興奮気味にまくし立てた。


「それに、二人目をやった時の、槍を左手に持ち替える判断! 0.5秒の遅れもなく関節を極めてたわ。あれは身体強化の魔法がかかってても難しい動きよ。あんた、筋肉の使い方が異常だわ!」


「お、おい、落ち着け」


「落ち着いてられないわよ! 五人目を倒した時の手斧の投擲もヤバかった! 偏差射撃完璧だし、ノールックだったじゃない! なにあれ? 背中に目でもついてるの!? 王国騎士団長の剣技も見たことあるけど、実戦での殺傷能力なら完全にあんたの方が上よ!」


彼女は俺の手を握ったまま、ブンブンと上下に振った。


「実は強いとは思ってたけど、あそこまでとは思わなかった……! 悔しいけど、見直したわ。いえ、惚れ直したと言ってもいいかもね! ああ、今のあんたのステータスと筋肉組織を解剖して論文に書きたい……!」


「解剖はやめろ」


俺は苦笑いした。 いつものフェイだ。 酒を飲んで管を巻いている時や、魔法の話をしている時の、面倒くさくて愛すべきフェイに戻っている。


「……ありがと、グレン」


ひとしきり騒いだ後、フェイは急に静かになり、俺を見つめた。


「あんたが怒ってくれたこと。あたしのために、誓いを破ってくれたこと。……一生、忘れないから」


その瞳は、宝石のように澄んでいて、俺の胸を奇妙なほど締め付けた。


「……貸しにしとくよ。高い酒で返せ」 「ふふ。……安上がりな男」


フェイはふにゃりと笑い、俺の手を握ったまま、安らかな寝息を立て始めた。 薬草の効き目と、安心感からくる眠気だろう。


俺はしばらくの間、彼女の寝顔を眺めていた。 窓の外からは、村人たちの宴の声が聞こえる。 「英雄様に乾杯!」 「槍使い様に栄光あれ!」


皮肉な話だ。 俺はただ、ダチを傷つけられてキレただけの、ただの復讐者だ。 それが英雄として崇められ、本物の勇者は下で泥水を啜っている。


(……ま、悪くないか)


俺はフェイの布団を掛け直し、椅子に深く寄りかかった。 勇者がどう思おうと知ったことか。 俺は俺の守りたいものを守った。 そして、守られた相手がこうして笑ってくれた。


それだけで、俺が今日、手を血で汚した意味はあったのだ。


俺は槍を抱き寄せ、目を閉じた。 明日はどうなるか分からない。 アルヴィンとの亀裂は決定的だし、このパーティは崩壊寸前だ。 だが、少なくとも今夜だけは。 この「偽りの英雄」の称号と、隣にある温もりを噛み締めて眠ろう。

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