大喧嘩と仲直り(子守唄の幕間、アステルとルアン)
アステルは大荒れしている。
シンシアが亡くなって、通常、ひと月以内には啓示があるのが普通だ。はじめの頃は、アステルはいてもたってもいられず旅をしながらシンシアを探していた。人間のシンシアの死後、100年を過ぎたくらいから、啓示を得る薬草術を使って、場所の目星をつけ、探している。
そのほうが早いと気づいたからだ。
けれど今回は、ふた月待っても、見つからない。
啓示がない。
その前がハナカマキリと寿命の短い生き物だったのもあって、(アサナトスの花がうまく作用しなかったのでは?)と、アステルは恐怖にかられる。
ひと月を過ぎたころは、(ミミズのときだって……事故で失ったときだって、見つかったのだから)とアステルは自分を励ましていた。
ふた月を過ぎて限界が来た。毎日泣いているし、毎日荒れている。
アステルの膨大な魔力から逃げるように、みんなが休暇をとって、静まり返った城の中で。
ミーロとも口論になり、「しばらくたってからまた来ます」と、ミーロも城を出て行ってしまった。
狼のルアンはもちろん、アステルと一緒にいる。こういうとき、アステルの支えになるのが自分の役目だと、ルアンは思っている。
どれだけアステルがひどいことになっていようと、そばを離れない。
もっとも、ルアンはアステルの魔力を使って魔物に転化したから、『他の魔物よりは、アステルの魔力が怖くない』という特徴があった。
だから、一緒に居れるし、一緒に居た。
アステルが泣き疲れて眠れば、口でくわえてひっぱってきた毛布をかける。こういうときにアステルは全然食べないが、少し食べられそうかなと思ったら果物のカゴを口にくわえて持ってきたりする。
人間のときとやっていることは、あまり変わらない。
けれど、ミーロが城を出て行った夜。
深夜遅く、ベッドの上で泣いていたアステルが急に静かになったかと思うと、アステルは城の宝物庫から手の中に何かを転送させた。
金色の小さな剣だ。ルアンは見覚えがあった。魔物に対する殺傷能力の高い剣だ。
ルアンはすぐさまアステルのベッドの上に飛び乗ると、大きな尻尾でアステルの手を打ち、剣をはたき落とした。
「痛い!」
アステルはわめく。
アステルはもう一度、剣に手をのばそうとするが、ルアンは前足で剣を踏み、すべらせてルアンのお腹の下に隠す。
魔物は通常、自らを傷つけるようなことはしない。生存本能に抗うようなことは『気持ち悪い』と感じるようにできているし、自らを傷つけることに意味を見出さない。そんなことに意味を見出そうとするのは、相当、気がおかしい証拠だ。
アステルはルアンを睨む。
ミーロと口論していたときとは打って変わって、少年のように叫ぶ。
「どうせ死なないんだから、死ぬ真似をするくらい、いいでしょう!? シンシアが今、いるところに、ぼくはいたいのに!!! 夢くらい見させてよ!!!」
ルアンは、体の奥のほうがシン……と冷えるのを感じた。犬のルアンは、転化前の記憶をすべて持っているわけではない。けれどルアンは、悲しい気持ちを思い出した。ルアンを置いて、湖に行った。
また、置いて行こうとした。
体の奥から、ふつふつ煮えたぎる怒りと悲しみが込み上げてきて、ルアンはアステルの手に噛み付く。もちろん全力ではない。
でも、痛くする。
「痛い!!!!」
ルアンは、アステルが自分を傷つけて痛い思いをするより、こんなふうに、ルアンが痛い思いをさせたほうがマシだと思った。
「ルアン、剣を返して!!! それから、あっち行け!!!」
ぎゃあぎゃあの取っ組み合いの末、ルアンはアステルを何ヶ所か噛む。アステルもルアンを叩いたり、蹴ったりする。ふたりとも、魔術は使わない。お互いのことが大切だから。
だから、普通の取っ組み合いの喧嘩だ。
明け方。
喧嘩の末に、アステルは金色の剣を元の場所に魔術で戻す。剣を使おうとするたびにルアンが噛むからだ。
その代わり、ルアンのことを廊下に出す。
廊下に出したあと、窓ガラスが魔術で割れたかと思うと、床一面にガラスの破片が散らばったのをルアンは見る。ルアンが部屋に入れないようにしたのだ。
アステルが眠そうなのにルアンは気づく。おそらくこのあと、アステルは寝る。しばらくは動かないだろう。
アステルは部屋の扉も閉め、魔術で鍵をかける。
ルアンは廊下に伏せる。アステルに閉め出されるなんていつぶりだろう? ルアンは、あの床一面のガラスを見て、悲しい気持ちになったけれど……それよりも、アステルが自分を傷つけることを止められてホッとしていた。ルアンはアステルの犬だが、主人が間違っていたら、諌める役目も持っているのだ。
ミーロが帰ったあと。
アステルは、だいぶ調子を取り戻している。
ミーロの歌が嬉しかったようだ。
「ルアン、昨日はごめんなさい」
アステルは再度、ちゃんと謝る。
それからミーロには見えないように隠していた、身体中のルアンの噛み傷を眺めた。手の先、脚、腕、おなか、ほっぺたまで。
「でも、きみも反省してよ。魔王の体にこんなに傷をつける魔物、きみだけだよ?」
ルアンは、
(反省はしてますけど後悔はしてませんよ)
と上目遣いでアステルを見る。
そのあと、アステルの手を舐める。
はやく回復魔術で治しなさいよ、というように。
「手の傷は治さないよ。ぼく、きみの噛み跡のひとつは自然に治るまで、記念に取っておくんだ」
アステルは、アステルのベッドの上でくつろぐルアンをもふもふする。もふもふもふもふ。
ルアンはころん、とおなかを見せる。
おなかも、もふもふもふもふ。
「……ねえ、ルアン。シンシア、帰ってくるよね?」
(当たり前じゃあないですか)
ルアンは『シンシア』を信頼している。
「そうだよね」
ルアンはまた、伏せをする。
アステルはとなりに寝転び、ルアンの背に手を置く。
もふもふもふ。なでなでなで。
「ぼく、また、啓示を試してみるよ」
(それがいいですね)という顔をしながら、ルアンは舌を出したまま、アステルのとなりで寝てしまう。




