前髪(ルキリーリア小話その2)
朝から晴れていたのに突如として豪雨になった。馬車が屋敷につき、レヴァンタとルーキスが帰ってきたのを、執事やメイドが慌ただしく迎えている。
レヴァンタもルーキスも頭からバケツに入った水をいっぱいに被ったかのように、びしょ濡れだ。
リーリアは、前髪の下がったルーキスをはじめて見た。階段の上から様子を眺めていて、黒い前髪の隙間から、灰色の目と目が合った。
(なぜ?)
リーリアの視線に、ルーキスは目を逸らす。
湯浴みに行ったレヴァンタと対照的に、メイドと執事の世話を断って廊下を曲がったルーキスは、リーリアに鉢合わせた。
紺色のスーツの肩もびしょ濡れだ。リーリアはもう一度『なぜ?』と目で訴える。
ルーキスはリーリアを素通りするようにして、何も言わずに歩く。リーリアもついて行く。私室の前まできて、辺りに誰もいないのを確認するとルーキスはリーリアを振り返り、小声で伝える。
「……教会の聖騎士隊が近くにいたので」
「そうだったのね」
それで、魔術で雨を防ぐことができなかったようだ。
リーリアは指を伸ばして、濡れたルーキスの前髪に触れた。そこから、髪を分けようとしたリーリアの手首をルーキスは軽く掴み、制した。嫌がられたリーリアは、手を下ろす。
「前髪が長すぎるわ」
「上げるのだから、これで良いでしょう」
「下ろしているのも格好良いと思うわ」
「私はそうは思わない」
リーリアは考え込む。
「もう、いいですか?」
リーリアと別れたあと、ルーキスは部屋で魔術で湯浴みして、髪を乾かし、梳かし、前髪を上げる。スーツの黒いズボンと襟のついた白い長袖のシャツに着替える。
シャツの手首のボタンを留める頃、リーリアがもう一度、ルーキスの部屋の前まで来たのを察して困惑する。
用件がわからず。ジャケットを着ないまま、ルーキスは扉を開ける。
ルーキスを見上げるようにして、リーリアは告げる。
「私もやってみたい」
ルーキスがなんの話かわからないでいると、リーリアがニコニコとルーキスの前髪を見ているのに気づく。
「メイドに頼めば良いでしょう」
「ルーキスさんと同じにして欲しいの」
「だからメイドに……」
ニコニコニコニコ。
「……はあ、」
ルーキスは折れ、部屋にリーリアを入れる。
ルーキスはリーリアが座るように椅子をひく。
「どうぞ」
座ったリーリアの前にかがむ。
「……触れても?」
リーリアが頷くと、ルーキスは香油を手につけて、リーリアの前髪をあげる。そのあと、自らの魔術ではなく、魔石の魔術で固定する。
ルーキスが真剣な表情で前髪を触るので、リーリアは思わず笑いそうになり、目をつむって堪える。
前髪の上がったリーリアは鏡を見て機嫌よさそうだ。
「なぜ、髪型を変えようと思ったのですか?」
「ルーキスさんが『上げているほうが格好良い』って言ったからよ」
そんなこと言っただろうか? とルーキスはリーリアを見る。
「リーリアは、いつもの髪型のほうが良いと思うが……」
リーリアは、ぱあっと顔を明るくする。ニコニコと微笑む。
ルーキスは黙り込む。
「……」
「おそろいで嬉しいわ」




