騎士団の訓練 後編(ブロマンス風味のアステルとルアン)
訓練後、ルアンは王国騎士団の同僚から声をかけられる。
「おい、ルアン。俺、アステル殿下に睨まれた。こえーなあの人」
「いつ、どこで」
「さっき、すぐそこで。アステル殿下が女の人を連れていて、首を伸ばして見ていたら気づかれたんだ。すぐ礼をしたんだけど、女の人をローブで隠してさ。睨まれてしまった」
「……」
(アステル様、来たのか)
ルアンは意外だった。
絶対に来ないと思ったのに。
「連れていたのは、すんごい可愛い、小柄な女の人だった。アステル殿下に妹君なんていたっけ? いないよな? ってことは、彼女なのかな?」
「……婚約者様ですよ」
「はー! なるほどね。俺は、お忍びデートを見ちゃったわけね」
「お忍びデートにしては距離が近すぎるでしょう」
魔術院からここまで歩いて本当にすぐだ。
「アステル殿下の婚約者、可愛いかったなあ。喋ってみてえし、俺にもあんなふうに笑いかけてほしー」
正気かよ、とルアンは同僚を見る。
「殺されますよ」
「ルアンでもそう言うってことは、やっぱアステル殿下っておっかないってことだよなあ。おまえ、よく、あの人の下でやれてるよなあ」
「……」
確かにシンシア様が絡むと最近、嫉妬深すぎてこわいのだが。
(アステル様の下につく以外の選択肢は、私にはそもそもない)
アステル様の下を離れるなんて考えたこともない。きっと、死ぬまで一緒だ。アステル様が年老いて魔術院の院長先生とかになって、そのときにルアンに護衛騎士が務まるかわからないが……そのときだって何らかの形でそばにいると思う。
それが良いとか悪いとか好きとか嫌いとか考えたこともない。だってもうアステル様のそばにいることは日常だったから。ルアンにとっては、アステルとずっと一緒にいることが、自然なことだ。
ーーーーーーー
しかし午後、アステルの研究室を尋ねると、アステルはルアンに機嫌悪そうな視線を向けたので、ルアンは(ウワー!)と思った。
「ルアン、シンシアを騎士団の見学に誘ったの?」
「誘ってません!」
「ふぅん、そう」
アステルは机に向かい椅子に座っている。何か書いていた途中のようだが、ルアンが来たのでやめたようだ。指で机を一定のリズムでコツ、コツ、と叩きながらルアンと話している。
「……シンシア様、訓練について何かおっしゃっていましたか?」
「『ルアン、とってもカッコよかったですね!』って笑っていたよ」
カリ、とアステルは机に爪を立てる。
(シンシア様、やめてくれー! アステル様の機嫌を損ねることをしないでくれー!)
ルアンは心の中で叫ぶ。
「シンシアにはぼくがいるのに。ぼくは、シンシアをしっかり守れないとでも思われているのかな。だから騎士団の訓練を……」
アステルは早口でぶつぶつと独り言を言っている。ルアンは、恋をすると人間はこうも頭が悪くなれるのか、と呆れる。
「アステル様、本当に……シンシア様が絡むとどうしてそうなってしまわれるんですか?」
「そうって?」
「どうしてそんなに、あた……いえ、嫉妬深くなってしまわれるんですか?」
「嫉妬深い?」
アステルはぱちぱちと瞬きをしながら、ルアンのほうに体を向ける。
「だれが?」
「アステル様がですよ!」
気づいていなかったのか、とルアンは思う。
「ぼくは、ただ、シンシアとずっと一緒に居たいだけだよ……シンシアのことがすごく大切で……手放したくないだけ。離れていってほしくないだけ」
「シンシア様は、離れていったりしませんよ」
(シンシア様は、そもそもアステル様の魔法がなければ、外を歩けない身なのに)
ルアンは心の中で思う。
(大恩あるアステル様のもとを離れるなんて思えない。シンシア様は、私と一緒だ。……アステル様が恐れているように、シンシア様が他の人間に懸想して、アステル様を傷つけるようなことをするならーーそれこそ、私にとっても敵だ)
ふと、アステルに聞いてみる。
「アステル様は、私のことは、誰か他の人の従者になるかもとか考えたことはないんですか?」
「?」
アステルは眉をひそめる。
「何の話? 引き抜きでも受けているの?」
「受けていませんけど」
「ルアンが引き抜きを受けたとしても、ルアンはぼくのもとを離れないだろう」
「自信があるんですね」
「……違うとでも、言うの?」
ルアンを見上げたアステルはーー不安そうな顔をしていて、やけに幼く見えた。
『シンシアに離れてほしくない』という話をするときのアステルは、年相応の男性の顔だった。しかし『ルアンが離れるかもしれない』という話のときは、幼い少年の顔つきだった。
「いいえ、ずっとおそばにいますよ」
「そうでしょ」
アステルは微笑む。
「ぼくは、きみのことを心から信頼しているからね」
「じゃあ、シンシア様のことは信じていないってことですか?」
アステルは痛いところをつかれた顔をした。
「そういうわけじゃない。でも、シンシアが可愛すぎるから、心配になってしまうんだよ……」
アステルはため息をつく。
「可愛いし、無防備だし、可愛いし、何考えているかわかんないし……可愛いから心配だよ」
『可愛い』が多すぎる気がするが、『何考えているかわからない』は、まあ、そうだ。
(そう思うとアステル様とシンシア様って少し似ているな……いや、シンシア様はこんなに嫉妬深くはないか)
同僚が「こわい」と言うように、最近、アステル様はシンシア様に恋をしてから、おかしくなっているところはあるけれど……。
(そこも含めてアステル様だから、おれはそんなアステル様を支えないといけないな)
「……何、ルアン? ぼくの顔に何かついてる?」
「いいえ、なんでもありませんよ」
ルアンは微笑む。
「なんで笑うのさ」
「なんでもありませんって」
そう? と訝しげなアステルを見ながら、ルアンは思う。
(やっぱり、アステル様のそばにいるのが、私にとっての日常だなあ)