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しょまのおまけ  作者: おおらり
マヴロス開拓記
46/46

魔物に伝わる子守唄 前編(ミーロ、ミミ、ルーキス)


「うげ」

「うげ、とはなに、うげ、とは」


 ミミはルーキスの家に帰る途中で、会いたくない相手に会う。行く先は同じなのだろうが、無視して早歩きする。


「ねえねえ、親の顔見てうげって何?」

「うるさい色情魔、話しかけないで。

 存在が気が散る」

「手に抱えてるそれ何? 牛乳?」


 ミミは無視したまま家につき、魔術のこもった鍵で扉を開ける。ミーロの鼻先で扉を閉めようとして失敗する。ミーロは、ミミのあとにつづく。


 家の廊下に、結界の境い目があった。ミーロは足を踏み入れた瞬間、赤子のけたたましい泣き声を聞いた。

「うるさ……なにこれ」


 ミーロは両方のエルフ耳を半分に折ってふさぎ、同じ耳を持つミミはミーロに軽蔑の眼差しを向ける。



 赤子の泣く部屋のすこし前でミミは立ち止まる。ぎゃんぎゃんな泣き声に混じって、かすかな歌声を聞いたからだ。

 歌詞はなくメロディだけだ。


 ミーロが、ミミより一歩先に出てそっと部屋の様子をうかがう。ミミは思わずミーロを見上げる。ミーロもミミを見る。

 ふたりの顔にあるのは、困惑だ。

 ふたりとも、養父が歌ったところなんて見たことがないためだ。


 歌が止む。


「おかえりなさい、ミミ」

「た、ただいま! ルーキスお父さん」


 ルーキスは部屋の椅子に座り、ちいさな赤子を抱いている。

 廊下に隠れていたミーロは一向に声をかけられないので、むすーとしながら戸口に立つ。


「それから……ミーロ」

「ルーキスお父様、いま、姿を見るまでボクだと気づかなかったんですか? らしくもない」

「これだけ赤子が泣いていれば、気づかないこともあるでしょう」


 言い訳だ、とミーロは思う。

(ルーキスお父様、本当に年をとられたな)

 見た目にはほとんど変わらないが、魔力がそれを物語っている。


 ルーキスは眼鏡をかけている。ミミがそこそこ大きくなったあたりからかけていることが増えた。アステルが『目をよくする魔法なんて簡単なのに』というと『老いてどこか悪くなるのは自然なこと……気に入っております』と返したらしい。

『ルーキスってほんとうにいじっぱりだよ』

と、アステルが執務室でぼやいていた。



 ミーロとミミは近寄り、赤子の顔をのぞきこむ。顔立ちの美しい子どもだった。

「また、ボクの子ですか?」

「ええっ!?」

 ミミはびっくりして再度、ミーロを見上げる。


「いえ……今朝早く、タフィ教会の前に捨てられていたのです。タフォスの町から孤児院に行く手配を済ませて、迎えが来るまで預かっているところです」



 ミミは買ってきたミルクを赤子に飲ませる。

 赤子が落ち着いたところで、ミーロは聞いた。


「あれは、何の歌ですか?」

「あれは……何の歌でしょうね」

「えっ」

「えっ」

 ミミとミーロはまた、顔を見合わせる。

 いつもしゃんとしているルーキスが、ボケたようなことを言うからだ。


「ボクは聴き覚えがあるんです」

「シンシアが歌っていたのですか?」

「いえ……今、お父様の歌を聴いて思い出したのですが……お父様の声でもない」

「聴かせてみてください」


 ミーロはふたりから数歩下がると、窓辺で歌う。

 ミミックらしい完璧な声真似で。



「ミーロ」


「それは、貴方の本当の母の声ですね」


 ミミは、ルーキスの表情が不思議だった。

 いつも表情を崩さないルーキスが、泣いているような笑っているような、やさしい顔をしていたからだ。


「そうですか、あいつ……はは、」


 ミーロはルーキスから『あいつ』なんて言葉を聞くのは初めてだった。


「ボク、ルーキスお父様は、母を罰した側だと思っていました。親しかったのですか?」

「いいえ」

 ルーキスの言葉に嘘はない。


「いいえ」

 けれど、やさしい声だとミーロは思った。


 ミーロは、ルーキスから母の話をほとんど聞いたことがなく。罪をおかした魔物なのだから、もっと厳しい声で語るものだと思っていた。意外だった。



「ところでミーロは何用ですか」

「父様……アステル様が癇癪を起こして部屋から出てこない。ボクの手にも誰の手にも負えない。シンシア様が見つかっていないから不安定なのは仕方ないんだけど、魔王城の空気が限界だから、ルーキスお父様にも居てほしい」


 ミミは(ひええ)という顔をするが、ルーキスは(いつものこと)という調子だ。


「はあ。そんなことだろうとは思いましたが……ミーロ、急用と思えるが、歩いてきたんですか?」

「まあ、父様があまりに話を聞かなくてむかついていたから、もうちょっと苦しめば? と……気晴らしに散歩を」


 ミミはミーロを睨むが、ルーキスは静かに何度か頷く。


「私が行くまでもない。アステル様に、今の歌を聞かせておやりなさい。きっと、びっくりして癇癪をおさめるでしょう」

「ええ? ボクはとてもそうは思わない、悪化するんじゃ……」


 ミーロは(来てほしい)と懇願の視線を送るが、ルーキスは(行かない)と決めているようだった。


 ミミは不思議そうに聞く。

「ところで結局、何の歌なんだろう?」

「さあ……私とクヴェールタの知る歌ということは、もしかしたら、カタマヴロス陛下が異世界からもたらした歌かもしれませんね」

「異世界の歌!? すごい!!」

 ミミは大喜びだ。


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