夜泣き(リョー、クヴェ、ルキ)
夜深い魔王城に、泣き声が響く。
それから、下手な子守唄も。
「よしよし、よーしよしよし、どうしてこんなに泣くんだ……」
黒いローブ姿に黒髪の魔王が窓辺に立ち、白い服を着た赤子を抱いている。両腕に抱いたり、片腕に抱き直したりしながら、あやしている。
「俺が男親だから泣き止まないのか?」
心の奥底には(遺伝学的な親ではないからか?)という気持ちがリョーにはあった。
口に出すわけにはいかなかった。口に出したら挫けてしまいそうだった。それに、何もわからぬ赤子とはいえ、聞かせたくなかった。
赤子が束の間泣き止んだので、リョーは小さなカゴに敷いた赤子用の布団の上に、そっとそーっと赤子を置こうとする。だがすぐに気づかれてしまった。
「どうしてベッドに置いたら泣くんだ? レフコスはかしこいなあ……ははは……」
泣いたり泣き止んだり、泣き止んだかと思いきやまたすぐに泣く赤子を抱いたまま、椅子に座る。
もうずいぶん長い間寝ていないのを、魔力でごまかしごまかししながら、うつらうつら……
バシイッ
赤子を取り落としそうになるリョーを、クヴェールタがはたく。
「魔王様、いま寝てたよお」
もちろん命令されてやっているのだが、他の魔物に殺されかねない振る舞いだ。
「よし、クヴェールタいいぞ! もっと俺をたたけ!」
「魔王様に触れられるのはこの上ない喜びだよ!」
そんなやりとりを何度か続けて、ようやく赤子を籠の中に置くことができた。
クヴェールタは赤子の籠をのぞきこみながら、口をやや尖らせる。
「でも、魔王様を困らせる赤子なんてほっておけばいいのにい」
「クヴェールタ、人間の赤子はほっといたら死ぬぞ」
「弱い生き物は淘汰されて然るべきなんだ」
「クヴェールタ」
「ごめんなさい、魔王様」
リョーはたしなめ、クヴェールタは黙る。
「……でも本当に、なんでこんなに弱い生き物なんだろうなあ? よく人間は、増えてきたよなあ?」
リョーはレフコスを眺めたあと、ベッドに腰掛ける。
「すこし眠るか……」
そう言ったところで、赤子はまた泣き始める。
リョーとクヴェールタがわたわたしていると、部屋の扉が開く。暗い廊下から明るい部屋のなかに、黒髪に色白の少年が入ってきた。白いシャツに黒くて膝丈のズボンだ。
「ルキ、」
リョーは赤子を片腕に抱えながら聞く。
「ごめんなルキ、起こしてしまったか?」
アサナシアから遠い部屋をレフコスの部屋に選択すると、どうしてもルーキスの部屋に近くなる。
「我が主、ご子息を私が見ましょうか?」
「えっ?」
「えっ?」
リョーだけではなくクヴェールタも、ルーキスの発言を聞き返した。
「夜行性の者が行ったほうが、効率的ではないですか?」
「じゃあ、ルキ、頼む」
リョーはルーキスに渡すために、ふにゃふにゃぐずるレフコスをいったん、籠の中に入れた。
ルーキスは籠の中をじーっと見ている……見続けている。赤子が泣いても、見続けている。
「る、ルキ……ボケだよな?」
「死なないように見張っていれば良いのでしょう?」
「いや、抱っこしたり、こう……あやすんだよ」
リョーは赤子を抱くジェスチャーをとった。
「だ、抱く……? この生き物を?」
ルーキスは青ざめる。
「苦手だろ? いいんだルキ、適材適所だから……」
クヴェールタは、ぐいっとルーキスを押し除けて籠の前にでた。
「こんな役立たず、ほおっておきなよ魔王様! クヴェールタが泣き止ませてみせるよ!」
クヴェールタはファサ……と籠に毛布をかける。まるでサンドイッチのはいったバスケットにクロスをかけるように全体を覆った。
「窒息するからやめろ!」
慌ててリョーはクヴェールタの毛布をぐいっと引っ張ってレフコスを救出する。
クヴェールタの振る舞いにルーキスはムッとする――無表情だが、ムッとしたのがわかる。
「いえ、やってみます」
「そ、そうか?」
ルーキスは赤子を抱きあげるが。
「ルキ、首! 首、おちてる!」
「何か問題が?」
「おとしちゃダメだ! 人間の赤子はこうやって抱くんだよ」
まるで(デュラハンの赤子なので問題ありません)とでもいうかのようなルーキス。そもそも生かすという発想の薄そうなクヴェールタ。
リョーは頭を抱えた。
しばしのち。
クヴェールタは毛布をまあるいドーナツのようなかたちにして、赤子を抱えて空中に揺れている。赤子はすやすやと寝息をたてはじめた。
リョーは小声で叫ぶ。
「これだ! このかたち、最高だな!」
「魔王様の役にたててこの上ない幸せだよ!」
クヴェールタは嬉しそうに顔を輝かせるが、だいぶ無理しているようで青い顔をしている。
赤子に強い神聖力があるために、気分が悪いようなのだ。
赤子がむずむずと動くと、慌てて下手な子守唄を歌うリョー、青い顔で赤子を揺らすクヴェールタ。
ふたりを見比べ、ルーキスは思う。
(寝かせたいだけなら、どうして魔術を使わないのだろうか)
魔王城は、もうすぐ明け方を迎える。




