ルーキスと猫と犬
ふみ、ふみ、ふみ、ふみ。
夕陽が窓から差し込んでいる。
魔王城内の私室にて、寝巻き姿のルーキスは目を覚ます……白い猫が、ルーキスの腹部を踏んでいる。ふみ、ふみ、ふみ、ふみ。
「シンシア、」
ルーキスは大層面倒くさそうに声をかける。
「ひとの寝室にもぐりこむのはやめなさい」
「にゃあ」
白く美しい猫は窓枠に飛び乗ると、スラッとしたからだでルーキスを見下ろす。
(シンシアを怒っても仕方がない)
ルーキスは、部屋に勝手にシンシアを放った犯人に心当たりがあった。二間続きとなっているため、書斎に猫を放したら寝室まで来れてしまう。
(我が主は、出かけているのですね)
アステルは留守にするあいだ、ルーキスにしかシンシアを託さない。ルーキスはいい加減、信頼のおける者を増やしてほしいと思っているのだが、ルーキスの指摘にアステルはぼそぼそ、と呟く。
「シンシアのことは、家族にしか託せないよ」
ルーキスは起き上がる。シンシアの長いしっぽが書斎へ消えるのを待ってから、黒いスーツに着替える。書斎の書棚の下の方をシンシアが前足でさわる音が聞こえる。カタカタ。猫のごはんが隠してあるのを知っているのだ。
書斎へ向かうと白猫はルーキスの足に擦り寄り、ごろごろと喉を鳴らして甘える。ごはんの催促である。猫になってからこんな感じだ。
「ルアンくんと一緒に、ですよ」
ルーキスは嫌がるシンシアを抱えると、犬のルアンの部屋まで行き、シンシアを放す。ルアンにもシンシアにも、人間のころと同じ広い部屋があてがわれている。
ルアンを見てシンシアは嫌そうな顔をする。ルアンは耳をパタパタッとしてシンシアをチラッと見たあと、暇そうにあくびをした。
ルアンの態度が気に食わないようで、シンシアはフシャーッとルアンに喧嘩を売ろうとする。ルアンはわざと、ばう! と吠える。
ルーキスはルアンの足が汚れていること(外に行ってきたようだ)に気づいて、魔術で洗い、タオルで拭き取る。床も魔術でピカピカにする。
シンシアはごはんを待たされてイライラしてる様子だが、ルーキスがルアンの清潔に気を配るのはシンシアのためでもあった。ルアンはいつでも好きなときに出かけられるが、シンシアは(アステルと一緒でないと)外出が許されておらず、外の病原菌などに弱いためだ。
以前、ルーキスはアステルに聞いた。
「猫は自由気ままに外を徘徊するものではないでしょうか」
「シンシアはおうちのなかにいる猫だよ。
外には野良猫がいっぱいいる。危険もいっぱいだよ」
ルーキスはふたりのため、魔術でごはんと水の入ったお皿をとりよせる。マヴロス大陸中を探しても、こんなに趣向を凝らしたごはんと水を食べている猫と犬(狼の魔物)はいないに違いない。アステルはふたりの寿命を考え、研究して健康的なごはんを与えているのだ。
でも、そのことはふたりは知らないだろう。ふたりとも(ごはんだ!)と嬉しそうな顔をしている。
皿がくるなり、シンシアが食べはじめようとするのでルーキスは皿を下げる。
「ルアンくんといっしょにと言ったでしょう」
シンシアは(え?)という顔でルーキスを見上げる。ルアンは命令がないと食べない、お利口な犬だ。
「……どうぞ」
犬のルアンよりも猫のシンシアのほうががつがつと食べるのを見て、ルーキスは少しため息をつく。礼儀のなっていない娘――今は猫。
食後、おなかいっぱいになったルアンは眠くなったようすでまるくなっている。シンシアはあたたかいのか、ルアンの近くでまるくなっている。気まぐれなことだ。
ルーキスは揺れる椅子に座って、本を読み待つ。
シンシアはそのうち、ルーキスの膝の上に飛び乗る。いつものことだ。ルーキスは特に驚かない。撫でたりもしないが、シンシアの好きなようにさせている。
ルアンも、ルーキスの足元まで来てまるくなる。
帰ってきたアステルは、椅子に座るルーキスの足元に犬、膝の上に猫……という様子を見て目をぱちくりとさせた。
ルーキスは立ちあがりたいのに身動きがとれないようだ。
「……大人気だね、ルーキス」
「お帰りなさい、我が主」
「ちょっと妬けちゃうよ」




