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しょまのおまけ  作者: おおらり
未分類の話(しょま)
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ルームメイト(魔術院の先輩 BL回)


 魔王が嫌いだ。

 魔王は、愛しい人の遺体を乗っ取った。


 コルネオーリ国の研究機関、魔術院で研究者としての職を得るためには1年間の研究生期間が必要だ。研究生はひとりの研究者とペアを組み、先輩となる者の助手となって同じ研究室で過ごす。

 だいたいの者が16歳を過ぎてから院に入る中、聡明なアステル殿下は14歳から魔術院に入った。


 侯爵家の出身である私が殿下の指導者として選ばれたのは、出自ゆえのことで。凡才の自分に天才の指導なんてできるのか、と思いながらも、教えられることはなんでも教えようと考えた。


 コルネオーリの王子らしく、金髪碧眼で美しい殿下は。他の王子に比べてやわらかな雰囲気で。大人びていて。そして、暗かった。


 天才のはずだが、能力をひけらかさず。

 私の研究に多大な貢献をしてくれた。



 はじめは、手に惹かれた。

 魔術研究のペンを走らせる、細く長い指に。

(オルガノの似合う手だ)

 つぎに、陽光にきらめく金色の髪に。

 最後に、憂いのある青い瞳に。


 想いを隠したかったが、隠しきれていなかったのかもしれないと後になってから思う。

 たびたび見惚れてしまうほどに、殿下は美しかったから。



 殿下は丸いペンダントをローブの内ポケットからとりだして、両手のなかに入れて触る癖があった。

 きっと大事なものなのだろう。

 殿下のことが知りたくて問う。


「それは、なんですか?」

「お守りです。祈っているんです」

「祈る? 敬虔なのですね、殿下は」


 殿下の顔からふと、笑みが消えて。

 透明な瞳で私を見た。不思議な反応だった。



 憂いのある静かな表情が。研究で良いアイデアがでたときや楽しい魔術の話をするときにきらめき、笑顔となるのが本当に嬉しかった。

 殿下が、私に微笑んでくれるのが。

 幸せだった。



 アステル殿下が研究に没頭した末、机に伏して寝てしまったとき。堪えきれずに、金色の髪にそっと触れた。

 さらさらした髪に私の指を通したときに。

 アステル殿下は目を開けて、私を見た。


 私は疑った。

 彼は、寝たふりをしたのではないだろうか。


「先輩、」

 まっすぐに私のことを見上げたあと、殿下は申し訳なさそうに目を伏せた。

「ぼくは、先輩のお気持ちには応えられません。

 好きな人がいるんです。

 申し訳ありません」


 アステル殿下は、なんて聡い子なのだろうか。


「いいのです。ありがとう、アステル殿下」


 私が微笑むと、アステル殿下もやわらかく微笑んだ。失恋ではあったが、殿下の髪に触れた日のことは、良い思い出だった。


 殿下を迎えに来たルアン・カスタノに睨まれたのだけが、嫌な思い出だった。まるで『自分のみがアステル殿下の味方であり、私のことを殿下を害する者とみなした』かのような視線だった。


 殿下とはそれからも先輩と後輩のまま、仲良くしていたように思う。

 魔術院の地下で、殿下が亡くなるまでは。



 私との1年間がおわり、晴れて研究者となった殿下はなんと魔術院の地下に研究室をつくった。もっと良い場所があったというのに、自ら地下を選び、地下に篭った。

 そしてそこでの魔術の事故で、殿下は亡くなった。第一発見者は別の者だったが、騒ぎとなり私もすぐに駆けつけた。


 眠っているのではないかと思うほどに美しい死体がそこにはあった。

 他の者は気づかなかったようだが、私は気づく。


(殿下のお守りが、ない)


 不思議なことにその後、アステル殿下の研究室につながる扉は跡形もなく消えてしまった。


 ルアン・カスタノの失踪は、主人のあとを追ったのだと考える者が大半だったが、私は思った。


(殿下のお守りは、ルアン・カスタノが持って逃げたのではないか)


(下手したら、アステル殿下を殺めたのはルアン・カスタノかもしれないではないか)


 私は探知魔法も駆使して『お守り』と『ルアン・カスタノ』を探したが、見つけることはできなかった。


 同じような魔術の事故を起こさないように、研究者や魔術師を守るための『魔術に対抗する魔術』の研究に、私は没頭するようになった。



 アステル殿下との1年間は、私の中でちいさく輝く星のような思い出であった。


 しかし、だいぶあとになって。アステル殿下の遺体が盗まれ、彼の体が魔王となってしまったことを知った。

 私の心は、憎しみで溢れた。


(魔王を倒したい。そして、アステル殿下の体が安らかに眠りにつけるようにしたい)


 大陸の誰も倒せそうにないと噂される魔王を私のような者が簡単に倒せるはずもなかったが――『魔術に対抗する魔術研究』は『魔のものに対抗する魔術研究』へと形を変えていった。

 私の研究はコルネオーリの軍事力を高めることに貢献した。

 しかし、そんなことはどうでもよかった。


 私が倒したいのは、魔王のみであったからだ。愛しい彼の体を、乗っ取った化け物。


 私はそれまで宗教を毛嫌いしていたが、アステル殿下の死からアサナシア教徒となり。そして魔王の復活から、ますます信仰を強めた。


 お守りを手に、神に祈るアステル殿下の姿を思い出す。宗教画のように美しかった彼のこと。


(どうか私に、魔物を屠る力をお与えください。そして私の研究が、魔物の王を倒す一助となりますように)


 私は毎朝そう、アサナシア様に祈りを捧げる。


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