騎士団の訓練 前編(過保護なアステルとシンシア)
アステルとシンシアは婚約者同士の時期。アステルがシンシアに過保護、もしくは束縛してるだけ。
朝、魔術院の玄関先で、ルアンとシンシアが談笑している。ルアンは鐘楼の鐘の音を聞く。
「訓練の時間なので、行って参ります」
「騎士団は、どちらで訓練されているのですか?」
ルアンはシンシアに場所を教える。
魔術院からそんなに離れていない。
「私もルアンについて行って、見学しても良いでしょうか?」
ふわっと笑いかけたシンシアの言葉に、ルアンは息をのむ。
「ど、どうでしょうか……」
ルアンから快く「良いですよ」と言ってもらえると思っていたシンシアは、残念そうな顔をする。
「いえ、私の一存で決められないだけなんです。アステル様に聞いてみてはいかがですか?」
「わかりました、アステルに聞いて、行けそうなら行きますね」
シンシアは笑う。
(これは困ったことになったぞ)
ルアンは内心ヒヤヒヤだ。男性だらけの場所にアステルがシンシアを連れて行くと思えない。アステルに、逆恨みされないと良いが。
シンシアが研究室の扉をノックしようとしたとき、ちょうどアステルが中からでてきた。
「きゃっ」
シンシアは扉に額をぶつけ、しりもちをつく。アステルは目を丸くして、慌てる。
「シンシア、大丈夫? ごめんね、きみがいるとは思わなくて」
すぐにシンシアの額に回復魔法をかけ、手をとってシンシアを起こす。アステルは微笑む。
「ぼくに何か用? シンシア」
「あの、アステル。ルアンの訓練を見に行ってみても良いですか?」
「……」
アステルの表情はかたまる。
「シンシアは、王国騎士団の訓練が見たいってこと?」
「そうです、見てみたいです」
アステルは口に手をあてて何か考えている。
「少し待っていて」
アステルは何かをとりに部屋に戻る。ついでにローブを研究用から外出用の白いローブに着替えてきたようだ。
「じゃあ、行こうか、シンシア」
アステルはシンシアに先んだって歩きはじめる。シンシアは顔を輝かせて、アステルのあとをついて行く。
(……)
シンシアは木箱の上に立って、城の塀の上からオペラグラスで騎士団の訓練を見ている。
「見える? シンシア」
「見えますけれど……」
思っていたのとなんだか違う。
確かに訓練場はすぐそこなのだ。オペラグラス越しなら、ルアンの姿もちゃんと、よく見える。剣を交える音も聞こえる。
アステルはとなりで、のんびりしている。風でアステルの金色の髪や、白いローブが揺れている。シンシアの髪も、さっきから風でぐしゃぐしゃだ。
「もっと近くで見てみたかったです……」
しゅんとして木箱から降りてきたシンシア。
アステルは、シンシアの頬に指で触れる。そのあと、風でシンシアの顔にかかった髪を、そっとかき分ける。シンシアの髪をなおす。
「あんなところに、シンシアを連れていけないよ」
「騎士団って、こわいところなんですか?」
「そうだよ、とってもこわいところだよ。狼がたくさんいるからね」
「おおかみ?」
(人間に見えましたけど……)
アステルは、きょとんとしているシンシアの髪を撫でる。
「だからシンシアは、ぼくと一緒にここから見ていようね」
「……はい」
シンシアは、残念そうに呟く。
帰るために階段を降りながら、あんまり面白くなかったな、とシンシアは思う。強い風でアステルの髪がぐしゃぐしゃになったのだけ、シンシアにとって新鮮だった。階段を降りたところで、アステルの髪先に手を伸ばす。
「何? シンシア」
急に髪を触られて、アステルは頬を赤らめている。
「髪がぐしゃぐしゃだなと思って」
「自分でなおせるよ」
アステルは髪を整えようとする。
「私も自分でなおせたのを、アステルがなおしたので、私もアステルの髪をなおしたいなあって思ったんです……」
「ぼくはシンシアより短いから、いいよ」
「なおしたいです」
「……」
アステルは戸惑いつつも、折れる。
「わかった、いいよ」
アステルは、少し屈んでシンシアが触りやすいようにする。シンシアは両手を伸ばして、サラサラの髪に触れる。嬉しくて微笑む。
「アステルの髪はサラサラで、うらやましいです」
「ぼくはシンシアの癖っ毛がうらやましいよ」
アステルは指にシンシアの髪先をくるくる、と絡め、ほどく。
「お互い、ないものねだりですね」
「そうだね」
アステルは立ち上がると、くすくす笑うシンシアを愛おしそうに見つめる。
そこで背後に視線を感じて、アステルは振り返る。咄嗟にローブでシンシアの姿を隠す。
騎士団の男性がこちらの様子を見ていたようだ。男性は、アステルに敬意を払う仕草をする。
アステルはニコリともせず、冷たい一瞥を投げると、アステルの様子に首を傾げているシンシアを連れて、魔術院に戻る。