12歳アステルの風邪に翻弄されるロアリア
陰鬱屋敷でアステルが目覚めてひと月もたたず、まだ何もかも手探りのころ。
朝、アステルが起きてきて、寝巻き姿のまま、ぽけ〜としながらごはんを食べている。
(今日のアステル様は、のんびりだな)
いつもは着替えてからでてくるのに、寝巻き姿なのが違和感がある。そしてアステルはごはんを食べている最中に、急に流しに走っていって、ぜんぶ嘔吐する。
「気持ち悪い……」
ロアンは焦り、アステルの背をさする。
「でもなんていうかぼく、吐き慣れてる? 気がする なんでだろう……」
(精神的に不安定な時期によく吐いていたからなあ……)
今回の嘔吐も精神的なことだったらどうしよう、とロアンは心配する。ロアンにできる配慮はしているつもりなのだが、急な環境の変化についていけていない……とかで。
「ぼく、なんだかふらふらするよ」
「アステル、おでこをだしてみて」
リアはアステルの額に手を当てる。
「すごく熱いわ」
リアはアステルと手をつないで寝室に行く。
アステルはぽけ〜としながら横になる。
ロアンは濡れた布を絞って、アステルのおでこにのせる。
「ありがとう、ルアン」
14歳のリアは(それ、私がやりたかったのに!)の顔をしている。
「熱を下げる神聖医術なら、私の十八番だわ」
「?」
「え、リア、ちょっと待っ」
何もわかっていないアステルの額にリアが手をかざす。ロアンは止めようとするが、リアはアステルに神聖力をあてる。ぱたり。アステルは気を失う。
「……」
「……」
神聖医術のせいで、アステルは悪化する。真っ青な顔をしてベッドの上に横たわっている。
「ど、どうして…?」
「リア、神聖医術は魔物とか魔物の特徴を持つ人には逆効果なんですよ」
「え!? はやく言ってよ!」
「言う隙を与えなかったのはリアでしょう!?」
「アステル……ごめんね、悪化させるつもりはなかったの……」
アステルは気を失っているわけだが、起きていたとしたら(ほんとう?)の声が聞こえてきそうだ。
「アステル様が回復して、自然と起きるのを待つしかないですね……」
ロアンはそう言うがすごく不安そうだ。その顔を見てさらに不安になったリアはルーキスを呼んでくる。
ルーキスは具合が悪そうなアステルを見て、察して、リアを見る。
娘の懺悔を聞く。
「お父様、アステルに神聖医術を使ってしまいました……」
「本当に愚かな娘ですね、あなたは」
「はい、その通りです。お父様……どうすればいいですか?」
「魔力を与えたり回復すれば、すこし元気になられるのではないかと……」
ルーキスはそう言うが、自分から動こうとはしない。ロアンとリアはルーキスを見つめる。
「……何か?」
「え! この中でそれができるのは、お父様だけなのよ!」
「ルーキスさん、お願いします。アステル様を助けてください!」
ルーキスは眉間に皺を寄せてふたりを見る。
「直接、私の魔力を与えたりはしません。そんなおこがましいことはできません」
「おこがましい?」
「おこがましい?」
「アステル様の純なる偉大な魔力を、汚すようなことはしません」
ロアンとリアは顔を見合わせる。
「魔物にとって魔力は、そういうものなの?」
「人間でいうところの血液と同じ感覚でしょうか」
「な、なるほど……」
「じゃあ、どうやってアステルの魔力を回復させるの?」
「枕元に魔力のこもったものを置いておくのが良いでしょう」
ルーキスは、かつてカタマヴロスにもらったのだという大きな魔石の原石を持ってきて、アステルの枕元にドーンと置く。リアも、自分の部屋から魔王の遺骸の封印された魔石を皮袋ごと持ってくる。それからウィローにもらった血のブレスレットも。
「気やすめだけど」
と言って、アステルの腕につける。
ロアンは少し離れたところからふたりの様子を見ている。ふたりともアステルの回復に効力のありそうなものをいろいろ考えて、寝ているアステルのまわりに並べているのだが。
(すごく、怪しいな……)
呪いの儀式のようにしてアステルの風邪をなおそうとしている。
(アサナシア教徒がこの光景を見たら、タフィ教は邪教だとはっきり思うに違いないな……)
ロアンもアステルを治したいのはやまやまだが、あまりの怪しさに若干、引いている。
一日後。
そこには、ぺっかー! と元気いっぱいなアステル。朝から高熱にうなされて、嘔吐もしているロアンがいた。
「ルアン、こんどはぼくが看病してあげるからね」
「アステルさま……またうつったら大変なので近寄らないでください……」
「えー! もう大丈夫だよ! ルアン、きみってこんなに心配症だったっけ?」
アステルの眉はハの字だ。
「そうよ、アステル。アステルにできることはほとんどないわ!」
「え、どうして!?」
「なんたってアステルのとなりにいるのは、タフィ教の聖女だからよ!」
「タフィ教の聖女?」
アステルはきょとん、としてリアのことを見つめる。
リアの神聖医術はそれはもう完璧にロアンのことを癒す。アステルは、拍手する。
「シンシアってすごかったんだね! 本当に、聖女様みたいだ!」
「ふふ、そうでしょう、そうでしょう?」
リアは調子にのりながら、髪の毛を指でくるくるしている。
さらにその翌日。
「……」
「……」
高熱にうなされているリアがそこにいた。
「えと、えと、回復魔術で……」
アステルは回復魔術を試みるが、うまくいかなかった。
「シンシア……どうしよう」
アステルは眉毛がハの字だ。
ロアンは桶の中の水に濡れたタオルを絞る。
「地道に看病するしかないですね」
「神聖医術にすぐれていても、体力がなくなっちゃったら、自分には使えないんだ。病気ってこわいんだね」
その日一日、ふたりはあたふたしながらリアの看病にあたる。




