エルミスとロアンで、アズールの街でアステルを探すだけの話
後日談前章あたりの話です。
「アステル〜」
エルミスがアズールの家の扉を開いたとき、居間にはロアンしかいなかった。ソファーに座り裁縫をしていたロアンは、虚をつかれる。
「ルアン・カスタノ……なぜ、おまえしかいない?」
「……エルミス殿下が、来るなら来ると連絡をくださらないからでは?」
エルミスは(会いたくないやつに会った)という顔をしている。それはロアンも同じだが、表情には出さない。
「アステル様なら、リアとデートに行きました」
「は!? おまえ、護衛だろう? 何をしている」
「見てわかりませんか? 繕いものをしています。私は、デートについていくほど野暮ではないので」
ロアンは繕う手を止めずに話すが……
「では、行こう」
……エルミスの言葉に手を止め、げんなりした顔でエルミスを見上げた。
「どこへ?」
「もちろん、アステルを探しに」
「お言葉ですが、エルミス殿下の容姿は目立つと思います。私が探してきますので、この家で待たれてはどうでしょう?」
(はぁ……やれやれ)
と、ロアンは繕い物をいったんテーブルの上に置き、裁縫箱の蓋をしめる。
エルミスはロアンの話を少しも聞かずに、上着のポケットの中の魔石を割る。するとエルミスの髪の色は黒になり、短髪となる。
「これでいいだろう?」
ロアンは呆れ果てる。
(ほんとこの人、話を聞かないな……というより、目立つ原因の顔立ちは変えないのか……?)
金髪のイケメンが黒髪のイケメンになっただけだ。
(まあ、エルミス殿下とバレなければ良いのか……)
「ルアン、おまえのその、みすぼらしい服を貸せ」
「みすぼらしいと感じられるのであれば、着替えなくてよろしいのではないでしょうか」
ロアンは棒読みで答える。
エルミスはすかさずアズールの家の廊下へ行こうとする。
「すこし丈が短いかもしれないが、アステルの服を着るか〜」
ロアンは慌ててエルミスの二の腕をつかむ。
「貸しますから、しれっとアステル様の部屋に入ろうとするのやめていただけますか?」
「触るな、無礼者」
エルミスはロアンの手をペシッと払う。
(くっそ〜〜!!! なんなんだこいつ本当に)
ロアンはエルミスを殴りたいと思う手を抑えるので必死だ。
(殴りたいが、殴ったらアステル様が悲しむ……
『ルアン、どうしてお兄様に暴力を振るったの?』と眉をハの字にして見てくる顔が浮かぶ……アステル様を悲しませるのは、おれが死にたくなる……)
自室に行き、エルミスに貸せそうな服を選んで渡す。エルミスはさくっと庶民の服に着替えると、明るく言った。
「よし、行こう!」
(行きたくなさすぎる……)
ロアンはげんなりしながら、ルンルンで出発したエルミスのあとを追う。
ーーーーーーー
しばしのち、アズールのギルドでキャアキャア言う娼婦に囲まれる黒髪のエルミスを、なんとかその場から引き離そうとロアンは格闘する。
「何、長居しようとしてるんですか!? ほら、行きますよ!!」
「うるさいなあほんとうに……羽虫か?」
「羽虫!?」
「こんなに可愛い子ばかりがいたら、話が止まらなくても仕方ないだろう?」
娼婦のとりまとめをしているラーハノが、ロアンに話す。
「アステルならさっき、通りのカフェで見かけたぞ」
「カフェですね、じゃあもう、私は先に行きます!」
「おい、待つんだ、ルアン。焦っても良いことなんてないぞ〜」
エルミスは、物腰のんびりと席を立つ。
ーーーーーーー
「ルアン・カスタノ、おまえ、女に好かれないだろう」
ギルドを出たところで、エルミスに後ろから声をかけられ、ロアンは振り返る。
「お言葉ですが、私にだって恋人はいますよ」
「へえ 意外 どんな子だ?」
「貴方に教えたくありません」
ロアンはふいっと前を向く。
エルミスは足早に歩いて、ロアンのとなりを歩く。
「ルアン。おまえは、娼婦が苦手なのか?」
「え?」
ロアンは驚く。
「なぜそう思われるんですか?」
「なんとなく」
(……なんでこいつ……アステル様も見抜いていないことをやすやすと……)
ロアンが……ルアンが、実はコルネオーリのある侯爵の妾腹であることは、ミルティアしか知らないことであったし、また、高級娼婦の子であることは、ミルティアすらも知らない事実であった。
ルアンは母が大嫌いだったし、そこから転じて娼婦というものが大嫌いだった。
でも、それは隠してきたことだったし、ウィローも気づいた様子はなく、ましてや今のアステルなどまったく気づいている様子はない。
なのにエルミスには、一瞬で見抜かれてしまった。
(……悔しい)
これ以上情報を渡してたまるかと、ロアンは黙り、急ぎ歩く。
ーーーーーーー
通りのカフェにアステルとリアはいなかったが、その近くの雑貨を売る露店にいた。
アステルはリアに花の髪留めをつけようとする。リアはくすくす笑い、アステルにも花の髪留めをつけようとするので、アステルが首をブンブン振って嫌がっている。
遠目にその様子を見ながら、エルミスは笑っている。
「あー 可愛いすぎるだろうあのふたり コルネオーリの国宝にしよう」
(可愛いのは同感だが、こいつの同類になりたくない……)
「ほら、ふたりに声をかけましょう、エルミス殿下」
「いやちょっと待ってくれ、もう少しこの可愛さを堪能させてくれ」
「覗き見なんて趣味が悪いですよ」
ロアンはエルミスを置いて、アステルとリアに声をかける。
「あれ!? ルアン……と、それに兄さんも。どうしたの?」
「え!? エルミスさんなの!?」
アステルは魔物らしく、すぐにエルミスの変装を見抜くが、リアは知らない男の人と思ったようで、あたふたとしている。
アステルは連れ立って歩いてきたロアンとエルミスを見て、ニコニコとする。
「ふたりとも、仲良くなったんだねえ。ぼく、ふたりって仲が悪いのかなってちょっと心配していたんだよ!」
ロアンとエルミスは顔を見合わせる。
(だれがこいつと!)
(だれがルアン・カスタノと!)
心の中ではそう思うが……。
(でも、口に出したら、アステル様が悲しむ)
(口に出したら、可愛いアステルが悲しい顔をするだろうからなあ〜)
アステルはキョトンとしているが、リアは心の中で思う。
(仲良くなってないと思う……ロアン、相当がんばって一緒に来たのね)
あとで労おう! と思いながら、リアは何か美味しいものを買って、みんなでアズールの家に戻ることを提案する。




