ミミの名付け
エピローグ前後。曇れます。
魔王城の謁見の間に、人間の子どもの姿をした魔物が連れて来られる。子どもはボロ雑巾のような姿で、暴力を振るわれた跡がある。
子どもは、人間と魔物の混血だ。ボサボサの髪は、小麦色と珊瑚色の中間色だ。青緑色の瞳をして、耳が、とんがっている。
「人間の村ひとつ、幻術でおかしくさせたらしい」
「村ひとつ!?」
「すっげえ」
「この子の母親がこんな化け物は手に負えないと、魔物に引き渡したって話だ」
「ちがう!!!」
周囲の魔物の声に、ボロボロの子どもは声を張り上げる。
「みるからに、アステル様に似ていらっしゃる。血を引いていないわけがない」
魔物たちの興奮した様子は、新たな仲間が強い魔物だという確信からなのだが、子どもには伝わらない。
なぜなら子どもは、人間でいたかったからだ。
そこに魔王がやってきて、配下の魔物たちは跪く。子どもは、巨大な魔物の気配に怯える。子どもの怯えに気づくと、魔王は魔力をおさめる。
魔王アステルは、玉座に座らずに子どものすぐそばまできた。そして屈むと、子どもと目線を合わせようとする。子どもは顔をあげる。
子どもは、アステルの瞳にあるのは、憐憫だと感じた。
「みんな、下がるように。この子とぼくと、ルーキスとミーロだけで話をさせてほしい」
魔物たちは謁見の間から出ていく。
「ミーロ」
アステルが振り向くと、壁にひとりの魔物が立っている。
「なんですか、父様」
「きみの子だ、どうみても」
ミーロと呼ばれた金髪碧眼の魔物を、子どもは見上げる。子どもは魔物の美しさにびっくりし、惚れ惚れともする。耳の形が子どもにそっくりだ。
(このひとが、ボクのパパ?)
しかしミーロは、冷たい声で言った。
「心当たり、ありません」
「きみは心当たりのない落とし胤ばかりでしょう」
アステルは呆れ声だ。
ルーキスが口を開く。
「ミーロ、育てなさいとは言わない。
名前をつけてあげなさい」
「……」
ミーロは、男の子のすぐそばまで来る。
アステルと異なり、立ったまま、見下ろす。
子どもは父親の目を見て、ぞっとした。
まるで羽虫でも見るかのような目だったからだ。
「じゃ、ミミで……だってどうせ、ミミックです」
子どもは、深く傷ついた顔をした。
「ミーロ!」
アステルは立ち上がると、息子に怒鳴る。
「なんですか、父様」
「この子がどんな気持ちでここに来たか、どんな気持ちで今、きみと対面したのか、わからないの?」
「はい、わかりません」
ミーロと呼ばれた魔物は興味なさそうに、ローブを翻すと、去って行こうとする。
去り際に、アステルにこう言葉をかけた。
「父様がボクに興味を示さなかったみたいに、ボクも、その子に興味はありません。強くて父様に役立つ者になるというなら……つまり、同胞になるのであれば、別ですが。
野垂れ死ぬなら、その程度の魔物だったというだけの話でしょう」
アステルは、困惑している。
ミーロが去ったあと、困惑しながらもミミに向かい合うと、回復魔術を行使する。腫れと痣のない、綺麗な顔になったミミに、小さな声でつぶやいた。
「……ごめんね」
ミミは、冬の魔王城の庭で泣いている。
すると、もふもふした紺色の犬がやってきて、ミミのとなりに座った。大きな犬は、あたたかく、冷え切ったミミの体をあたためてくれる。
「キミは、何?」
犬はミミの涙をなめる。
ミミはおどろくが、そのうちにくすぐったくて笑いだす。
「なんて名前? ボクの友達になってくれる?」
「ルアンくんですよ、ミミ」
黒いスーツを着た男が、ミミの後ろに立つ。
謁見の間でルーキスと呼ばれていた人だとミミは気づく。ミミの父親だというあの男に「名前をつけるように」と命じていた。
なのできっと、偉い人だ。
「ルアン?」
「ルアンくんは、アステル様の親友です」
(親友? 犬が魔王の親友?)
ミミは首を傾げる。
「ミミは、人間の世界に近いところで暮らしたいと思いますか?」
「そんなこと、できるの? ボクは魔物なのに」
「ええ。タフィのコミューンという町があります。そこであれば、魔物であっても、人間らしく暮らすことも可能です。
私と一緒に、そこで暮らしましょう」
「貴方は誰?」
「私はルーキス。もう年寄りですので、ちょうど、引退したいと思っていたところです。アステル様はごねるでしょうが、貴方は理由にちょうどいい。貴方にとっても、私にとっても利のある取り引きだとは思いませんか?」
「私は、貴方の養父になりましょう。父というには、少々、年老いすぎていますがね」
ミミはその後、ルーキスは父ミーロの養父でもあったと知った。さらに祖父アステルのことも12歳から知ってるという。
(本当に、すっごくおじいちゃんだ!)
ルーキスは厳しかったが、ミミに魔物の世界のことを教えてくれた。ミミは、タフィの町で残りの少年期を過ごすこととなった。




