ルーキスがミーロを叱る話
ぎりぎりムーンに行かないBL感ある話。
エピローグ後の魔王城。ミーロからみて養父がルーキス、実父がアステル。
ルーキスがアステルの執務室に入ると、金色のさらさらとした髪の青年がアステルの机で眠っている。ルーキスは眉間に皺を寄せて声をかける。
「ミーロ、」
「!」
寝たふりをしていた青年は起き上がる。サラサラの金色の髪は顎の近くまで伸び、人間の耳をしている。金髪碧眼の見た目はアステルそのものだが、魔力の質が異なる。ルーキスのしかめ面を見て、青年はにこ、と笑った。魔物らしい、美しい笑顔だ。
「ルーキスお父様は、騙せませんね」
ミーロの声は、アステルよりも低い。
「そりゃあそうです。アステル様はどこです?」
「さあ? ボクも知りません。ボクを身代わりにして、どこへ遊びに行かれたのでしょう?
父様の真似をして机で寝たふりをすれば、多くの魔物は近寄ることすら恐れ多いと避け、この部屋に入ることすらしません」
ミーロは自らの両耳をもむ。すると本来のミーロらしい、すこし尖った、エルフのような耳があらわれた。
「ミーロ、ちょうどよい。貴方にも話があったのです」
「はい」
ミーロはルーキスに促されてアステルの執務室のソファーに座る。ふたりは向かい合う。
「貴方、アステル様の評判を貶めるのはやめなさい」
ミーロはわらった。
「父様の評判を? このボクが?」
「先日、アステル様と寝たと訴える大柄な魔物が魔王城に来て……運悪く本物のアステル様を見つけてしまった。家庭菜園で見知らぬ者に求愛されて、相当困ってらっしゃいましたよ」
ミーロは楽しそうだ。
「それは父様、さぞや気持ち悪がっていたことでしょう」
「ええ、『ぼくにそんな趣味はないのに』『ぼくにはシンシアだけなのに』と嘆いておられました」
「ああ、可哀想な父様……でも父様も、ボクだって気づいておられるはずです。でも父様は、何も言えないのです」
「だってボクは、父様のためにそれをしているので」
ミーロは優雅な仕草で胸に手をあてる。
「父様に敵対する人間、魔物、そのなかでも御しやすそうな者と寝てるだけの話です。ボクは魔王城の諜報部員ですから」
何も間違ったことはしていない、というミーロのきらきらした瞳に、ルーキスはため息をつく。
ルーキスはミーロが赤子の頃から知っている。それなりに……不器用ながらも可愛がってきたつもりだ。ミーロは幼い頃は、気が小さい魔物で、金髪碧眼の可愛らしい容姿も相まって、みんなに愛されて育ったといえる。
それが、こんな『目的のためなら老若男女、種族を問わず、だれとでも寝る』ことで評判の、どこか欠けた魔物に育ってしまった。
(何故なのか)
ミーロはミミックだが、ミミックと知っている者はほとんどいない。だいたいの者がサキュバスかインキュバスだと誤解している。
何故ミミックなのに、こんな育ち方をしたかの理解が、ルーキスにはできない。
ミミック種はみんな『騙して』何かを手に入れることに喜びを感じるようだが、ミーロにとってのそれは情欲であり、本人に言わせれば愛でもあるという。
ルーキスはミーロを睨む。
「……ミーロ、貴方の口止めが軽いから、アステル様に変な噂がたってしまう。反省なさい」
ミーロはふふ、と笑う。
「むしろ父様はシンシア様しか知らないのですから、父様に噂が立っているのは笑えますよね」
「つまり、ルーキスお父様も、寝るなとは仰らないということですね?」
ミーロはルーキスに笑いかける。
「父様のために、口止めをしっかりしろと仰られたいんですね、わかりました」
「ミーロ……貴方が嫌ならいつだってそんな仕事はやめてよいのです。ですが、貴方……」
ルーキスは、黒い髪をかきあげる。
「老若男女、人間でも魔物でも、喜んで寝ているでしょう?」
ミーロは満面の笑みで笑った。
この笑い方はアステルそっくりだとルーキスは思った。
「はい、その通りです、ルーキスお父様!」
そのあとのミーロの魔物的な表情は、ルーキスにはクヴェールタを彷彿とさせた。
「ボクの容姿が役に立つのは、だれかを喜ばせられるのは、ボクにとってこの上ない喜びなのです」
「ボクは機会があればルーキスお父様とも寝てみたいですね。最長老、長寿の魔物って興味があります」
「お断りします、気味の悪いことを言わないように」
ルーキスはミーロに呆れ果てる。
「ミーロ、貴方、まさか、アステル様と寝たいとも思うのですか?」
途端にミーロは幼子のような顔をして、頬を赤らめてもじもじした。
「……父様はダメです」
もじもじ、と両方の指先をつんつんして合わせながら、ミーロは目線を泳がせる。
「いえ、そりゃあ……求められて、父様と寝れたら幸福かもしれませんが……そんなことは起こりえません。だって、父様はボクを愛していない」
「そうでしょうか?」
「だってボクは、不義の子だから」
ふたりの間に沈黙が流れる。
「ミーロ、ですが、愛なくして育てることができるでしょうか?」
「ぼくの幼い頃の話なのであれば……シンシア様と、ルアンおじさまは、ぼくを愛してくださっていました。特にシンシア様は、実の子でもないぼくを、本当に可愛がってくださった。今でもぼくは、シンシア様には頭が上がりません。
でも父様は、ボクを愛さなかった。いつも愛してるフリだけで、心の底からは愛さなかった」
「今も、ボクは、父様の役に立たなければ、何の価値もない、ただの一介の魔物にすぎません」
ルーキスはなんとなく、ミーロがこう育ってしまった原因は、アステルにあるのではないかと思う。
ルーキスは掠れる声で、ミーロに聞く。
「私は?」
「? ルーキスお父様は、ちゃんと、愛してくださっていましたよ?」
「そうですか」
「はい、そうですよ」
柄にもないことを聞くルーキスに、ミーロは微笑む。
(しかし……ミーロという良い名をつけたのは、アステル様ではなかっただろうか……)
ルーキスは親子とは難しい、と思いながら、アステルに瓜二つな青年をぼんやりと眺める。




