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しょまのおまけ  作者: おおらり
エピローグあたり
31/46

あのときの表情(アステルとロアンと子犬)

エピローグのあたり。曇れる主従の回。


 クレム大聖堂での事件があり、深夜の話し合いのあと。ロアンは陰鬱屋敷の外の水場で、魔術でバケツを洗い流した後のアステルを発見する。アステルは魔石に灯りをともし、ロアンはカンテラを手に持っている。


「アステル様、やっぱり、吐いてしまわれましたか?」

 ロアンの声は心配そうだったが、アステルはロアンを睨みつける。バケツをその場に置いたまま、ぷいっと顔をそらして、魔石の灯りを消してポケットに入れ、果物の木が多くある方へ行ってしまう。

 アステルの向かう方向は、真っ暗闇だ。

 ロアンはアステルの背中を照らしながら、あとを追う。


「なんでついてくるの?」

「アステル様とご一緒したいだけです」

「ぼくは今、ルアンとご一緒したくない」


 ロアンは早歩きして、アステルに並ぶ。


「なぜですか?」

「ぼくが吐きそうってシンシアにバラしたから。それから……イリオスを殺したいって言ったから」

 

 怒っているようだ。しかしロアンは、どちらについても謝れなかった。ロアンは少し沈黙したあと、優しく声をかけた。


「アステル様、吐いた後にフラフラしないでください。ウィローみたいですよ。ちゃんと体を休めて」


 アステルは立ち止まり、ロアンを見上げた。

「ウィローはよく吐いたの?」

「12歳くらいのとき、しょっちゅう吐いていましたよ」

 ロアンは苦笑した。


「アステル様、もう今日は、やすみましょう。

 物語を読んであげますから、寝ましょう」

「陰鬱屋敷で寝るの?」

「リアがルーキスさんと話し込んでいるので、それがいいでしょう。私も泊まりますから」

「ぼく、まだ、眠くないんだよ」

 

 さらに先に進もうとするアステルの手を、堪えきれずにロアンは握る。ロアンが思ったとおり、手に触れると、アステルは(機嫌が悪いのに触るな)という表情をした。


「アステル様」

「ルアン、なんでついてくるの」

「私はアステル様の護衛だからです」


 アステルはロアンの手を振り払うと、ロアンを見つめた。


「それはぼくが、王子であったときの話で。

 それはこの体が、ウィローであったときの話でしょう?」


 アステルは怒りのままに、言葉を続けた。


「ぼくより弱いのに、護衛だなんて、よく言うよ」




 時がたってから、アステルは思う。

 ルアンはあのとき、どんな顔をしていただろう。


 でも、そのあとの表情はよく覚えている。

「そうですね」

と言って、ルアンは悲しそうに、でもアステルを傷つけまいというように、アステルに笑ったのだ。


ーーーーーーー

 

 アステル78歳(見た目は20歳)の秋。


 リアが回診に行ってしまい、アステルは庭の揺れる椅子に座りながら、膝の上にいる紺色の毛並みを持つ子犬を撫でている。

 子犬の名前は、ルアンという。


 秋の、少しかさついた葉ずれの音が聴こえる。風に吹かれて、黄色い葉っぱが、頭上から落ちてきて、眠るルアンの頭の上にもとまった。


 急にアステルは思い出した。

 人間のルアンに、ひどいことを言ったことを。


「どうしてあのとき、あんなことを言ってしまったんだろう」


 アステルは黄色い葉っぱをルアンの頭の上から優しくとる。


「あのときは、ごめんね」


 囁くように子犬に呟く。でも、自分の心をなぐさめるために呟いたのだと、アステル自身、わかっていた。


 アステルは、どうしてルアンが人間であるうちに謝らなかったのだろうと考える。ルアンが魔物を選んだのは、アステルを守りたかったからかもしれない。魔物になるくらい、アステルを大切に想ってくれていたのに、どうしてあのとき、アステルはルアンを大切にできなかったのだろう。


 アステルはぼんやり考えながら、膝の上の、ルアンと同じ魂を持つ犬を撫でる。アステルにとって、とても大切な子犬だ。

 子犬は幸せそうに、ごろごろと喉を鳴らした。


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