噛み跡だらけ
「いた……!」
アステルは痛みに目を覚まして、寝ぼけてアステルの腕をくわえている子犬を睨む。
アステルは怒る。
「ルアン、どうして、ぼくの寝床にきてぼくを噛むの?」
アステルは居間のほうを指さす。そこにルアンの寝床があるからだ。
「ぼく、きみの小さな寝床に入ってない。きみがぼくの寝床に入ってくる。約束と違う」
子犬のルアンは、くぅん、と鼻を鳴らす。
しかし、アステルがルアンを抱き抱えると、ルアンはまた噛んだ。アステルは嘆きながらリアに助けを求める。
「シンシアぁ〜 ルアンがぼくを噛むよお」
「乳歯の生え替わりの時期でかゆいのよ」
リアおばあちゃんは、アステルからルアンを受け取り、ルアンの口を開けてギザギザの歯をのぞきこむ。
リアのことはルアンは噛まない。大人しくしている。
「それにしたって、見てよ、ぼくの腕!」
アステルの両腕は噛み跡だらけだ。
「回復魔術で簡単になおせるでしょ? なんで治さないの?」
「なんでって……なんでだろ……『ルアンがぼくにこんなふうにしました!』って誰かに言いたいからかも……」
アステルは両腕をリアに見せている。
「だれかってだれ」
「シンシアかな?」
「じゃあ、もうわかったから、なおしたら?」
そこに、ミーロが家に帰ってくる。
ミーロは今、14歳くらいの見た目だ。
「ただいま」
「おかえり、ミーロ」
リアおばあちゃんはルアンを床におくと、ぎゅううっとミーロをハグする。昨日、リアとアステルの子や孫が遊びにきていた。それを知るとミーロは自分から陰鬱屋敷に行ってしまった。
リアは、それが寂しかったのだ。だれも追いだしたりしないのに、ミーロが自分から出ていったことが。
「おかえり」
アステルもミーロに声をかける。
ルアンもミーロのまわりをうろうろしている。ミーロは屈んで、子犬のルアンを撫でる。
ルアンとミーロを見ながら、リアはアステルに話の続きをする。
「昨日、寂しかったんじゃないの、ルアンは。アステルにあんまりかまってもらえなくて」
「うーん そうなのかなあ……」
ーーーーーーー
ミーロは神聖医術院の前で、犬のルアンと遊んでいる。ちいさなボールを放っては、ルアンがとってくる遊びだ。ルアンは尻尾を振り、(もっかい! もっかい!)という顔で喜んでいる。
ミーロは突然、ルアンに話をする。
「ルアンおじさまだけに打ち明けるんだけど、ボク、昨日、ルーキスお父様のお屋敷に行っていない」
「ボク、お友達の家にいたよ。楽しかった」
ルアンは(それは良かったですね)という顔をして舌をだしている。
「ボクは、ボクって何もできなくて、何も持っていないって思ってた。だから、偉大な父様に愛されていないって。でも、違ったの」
「ルアンおじさま、最近ボク、何が得意か気づいたんだ」
(はい、なんでしょう)と、犬のルアンは目と耳を傾ける。
「あのね……」
ミーロは内緒話をするように手で口をかこうと、ルアンのピンとたつ紺色の耳に話をする。
ーーーーーーー
打ち明け話……やや自慢話をして満足したミーロが去ったあと、子犬のルアンは四つ足で走る。急いで神聖医術院のなかに入る。
とんでもない話を聞いたからだ。
(アステルさま! アステルさま! ミーロが!)
タタタッ と小さな足音をたて、ドアの隙間から部屋に入ると、アステルはソファーでうたたねをしていた。
(可愛いミーロが、大変なことに!
アステルさま!)
ルアンは大変な話を聞いて、それをアステルに伝えたいと思うが、伝える術がない。
アステルの膝に前足をかけたり、ソファーに飛び乗ったりするが、アステルは起きる様子がなく、気持ちよさそうに眠っている。
(ねえ、アステルさま! ミーロが!)
ルアンは呑気すぎるアステルの様子にムカッときて、噛む。がぶー。
アステルは悲鳴をあげる。
「痛! ほら、また噛んだ! なんでえ!?」




