リア、16歳になり、ルーキスとお酒を飲む
「我が娘が酒に弱い?」
「はい」
ルーキスは、書斎を尋ねたロアンと話をしている。
「16歳になったら絶対に飲みたがると思うんですけど、あまり飲んでほしくないので、まずルーキスさんの前で飲んで欲しいんです。失態を経験すれば、控えるようになると思うので」
ルーキスは非常にめんどくさそうな顔をする。
「それは、私に何の得がありますか?」
「アステル様がすこやかに育ちます」
「ふむ……すこやかさが魔物に必要かはよくわかりませんが、アステル様のためにもなるのであれば、よいでしょう」
「私としても娘に醜態を晒されて、家の評判を落とされたくはない」
「魔王様が住んでるだけで評判は百点満点なのでは?」
「そうだとしても、ですよ」
ルーキスがどこまで本気かがいまいち掴めず、ロアンは疑う。
(これ、実は、リアのために引き受けてくれていたりしないか?)
ーーーーーーー
「シンシア、16歳おめでとう!」
「ありがとう、アステル。これで一緒にお酒が飲めるわね!」
「ぼくはのめないよ、まだ13歳だもの」
アステルはきょとん、とする。
「体は20歳なんじゃないの?」
「リア、何を期待しているかわからないですが、アステル様はお酒に強いです」
「え、そうなの」
「そうなの?」
アステルも(初耳だよ)という顔をしている。
「それで、リアには今晩、ルーキスさんとお酒を飲んでもらいます」
「何が楽しくてお父様とお酒をのまなきゃいけないのよ!」
「楽しいとか楽しくないの話ではなく、タフィの習慣なので行ってきてください」
「そんな習慣、聞いたことないわ」
「アステル様にタフィ教の新ルールとして取り入れていただきました」
「書類にサインを書いたんだ、『アステル』って。手形をぺったんしたんだ」
「ふたりして何してるのよ! もう!」
「リア、ルーキスさんも飲みたそうでしたから、行ってきてください」
「お父様が? 本当?」
リアはぷいっと目を逸らしながら言う。
「……なら、仕方ないわね」
ーーーーーーー
「シンシア、ルアンくんが貴女が酒に弱いのではないかと心配していました」
「そうなの?」
ルーキスの書斎で、ルーキスが用意したお酒をリアは飲む。ひとくち飲んで、おどろく。甘めの果実酒のようだ。
「わ、美味しい!」
「何が良いのか考えて、リーリアも好きだった甘めのお酒にしてみたのですが」
ニコ、とリアは笑う。嬉しかったからだ。
リアは、ニコニコニコニコ、としはじめる。
「……シンシア?」
「とっても美味しいわ、パパ!」
「ぱ」
リアの満面の笑みに、ルーキスは動揺する。
「ママが好きだったお酒だなんて、最高に幸せだわ」
「ま」
リアはグラスに残ったお酒をぐいっと飲み干すと、向かいのソファーから移動して、ルーキスの隣に座る。ルーキスは娘の奇行に引き気味で、間隔を空けようとするが、詰められる。
「ねえ、パパ。パパっていつも私に冷たいよね」
「……」
ルーキスは困惑している。
「いえ、冷たくしているわけでは……」
「もっと優しくして」
「……どうしろと言うのですか?」
リアは、ルーキスに腕を広げてみせる。
「ぎゅってして!」
ルーキスはすごく嫌そうな顔をする。
「身体接触は、あまり好きではありません」
「じゃあどうやって私は生まれたのよ」
「……」
「……リーリアを、私の好き嫌い以上に愛していたというだけのことです」
「じゃあ、娘も愛せるはずじゃない」
リアは手を広げたままだ。ルーキスはハグには応えないが、さらっと告げる。
「愛しています」
「!」
リアは目をまるくしたあと、にへら〜っと笑う。ルーキスの言葉が夢のように嬉しかったからだ。
「えへへ」
ルーキスは困惑しながらニコニコニコニコ、とする娘を見ている。
「パパがハグが嫌いでも、私は好きだから、パパの嫌がることをするぞ〜」
「やめなさい、シンシア……?」
無理くりハグされたことで、ルーキスはリアの体の熱さに気がつく。背中に手を添え、憐れみの目で見る。
「貴女、本当に酒に弱いのですね」
ルーキスはリアの肩を押して離れる。
「充分、当初の目的は達成できたでしょう。もう、帰って寝なさい」
「やだやだ、もっとパパと一緒にいるわ!」
リアは書斎を歩き回ると、その奥の部屋に勝手に入ろうとする――のを慌ててルーキスは止める。
「人の寝室に勝手に入るものではありません」
「だって、眠いんだもの」
「だから、帰ればいいと」
ルーキスはイライラしている様子だ。
「わー パパのベッドだあ」
リアは勝手にルーキスのベッドに寝転ぶ。
「……」
ルーキスは、人に自分のベッドで寝られるのがすごく嫌そうだ。リアはぽんぽん、とベッドをたたく。
「パパもとなりでねて」
「何故」
「パパがとなりで寝てくれなきゃ帰らないわ」
ルーキスはため息をつくと、黒い背広を脱いで椅子にかけて、リアのとなりに横になる。
「ルアンくんの話の意味がわかりました」
「?」
「我が主をすこやかに育てたいと。貴女、アステル様とお酒を飲むのはやめなさい」
「? うーん」
リアはもう、寝落ちしかけている。
「ねえ、パパ」
「なんですか」
「眠くなったから、とんとんして」
「とんとんとはなんですか?」
「背中をとん、とん、ってたたくの。子どもの頃、ママがよくやってくれたの。でもパパにやってもらったことってないんだもの」
「ああ」
ルーキスは(とんとん)を理解したあと、もうどうでも良くなってきて、リアの言う通りに背中を叩いてあげる。
リアはうとうと、としている。
「ねえパパ」
「なんですか」
「大好きよ」
ルーキスがリアの背中をたたく手が一瞬止まる。そのあと、また一定のリズムで叩く。娘が寝入ったと気づくと、ルーキスはため息をつく。
「おやすみなさい、シンシア。願わくば起きたときに、もう二度とお酒を飲みたくないと思ってくれると良いのですが……」
翌朝、リアは目を覚ます。ルーキスのベッドの上で。となりに寝巻き姿のルーキスが寝ている。リアは悲鳴をあげる。
「お、おと、どうしてお父様と私が一緒に寝ているの!?」
「シンシア、耳に響く声を出すのはやめなさい。私は今、寝入ったばかりですよ」
仰向けのルーキスは、目を瞑ったまま話す。
「私のベッドから出て行って!」
「何を言っているのですか、ここは私のベッドですよ。貴女が私のベッドで寝ているんです」
「な、なななんで!? そういえばロアンにお父様とお酒を飲むように言われたような……?」
リアは起き上がり狼狽している。
「わ、私、昨日何をしたの!?」
「甘えていました、まるで赤子のように」
「甘えた!?」
「とんとんしてほしいと」
リアは、顔から湯気がでそうになる。
ルーキスは薄目を開けてリアを見上げる。
「シンシア、もう16歳なのですから、親離れしなさい」
「してるわ! 仕事もしてるのに!」
リアは両頬に手を当てる。もはや、赤い顔というより青い顔をしている。
「私、もう絶対、お酒を飲まないわ!」
「そうしていただけると、たいへんありがたいですね」
ルーキスは眠ろうとふたたび目をつむる。リアがバタバタと部屋を出ていく足音を聞いて、ようやく熟睡できそうだと、ルーキスは安堵する。
ーーーーーーー
「アステル、おはよう!」
「? シンシア、おはよ……」
アステルが目を覚ますと、リアがベッドにしのびこんで、となりで寝ている。
「あの、アステルにお願いがあるんだけど、口直しさせてほしいの!」
「くちなおし……?」
アステルはまだ寝ぼけており、むにゃむにゃとしている。
「私の背中をとんとんしてほしいの!」
「とんとんってなに?」
「え、知らないの? お母様にやってもらったことない? 背中をとんとんってするのよ」
「ぼくも眠いよ」
「お願いアステル、とんとんってしてみて」
「うーん とん、とん、とん……」
「アステル、寝ないで! アステルってば……」
アステルはリアの背中に手を置いたままふたたび寝てしまう。すごい近い距離ですやっと寝てしまった。
(こ、これはこれで幸せかも……)
リアは先ほどのことを忘れようと、目をぎゅーっとつむり、二度寝を試みる。目を瞑ると父の姿が浮かんできたが、となりで眠るアステルのことを考えて忘れようとする。




