お酒を飲んだハッピーシンシア(いちゃいちゃ夫婦)
エルミスの子どもの誕生日の食事会に、アステルとシンシアは参加していた。結婚したあとすぐのことだ。本当に家族しかいない食事会だからと、アステルはシンシアを伴って参加した。
エルミスが、シンシアのグラスに「16歳おめでとう」とジュースを注いだ。
「美味しいですね!」
シンシアがびっくりしたように笑う。
……そのあとのことだ。
シンシアの顔が真っ赤だ、とアステルは気づく。足取りもふわふわしている。
「シンシア?」
シンシアはアステルにもたれかかってくる。
「うーむ、アステル。お前の嫁さんは酒に弱いな」
「兄さん、シンシアにさっき注いだ飲み物はお酒だったの?」
(断りもなく、なんてことをしてくれているんだ、この兄……)
アステルはエルミスを冷ややかに見る。
「あんまり飲ませないほうがいいな。こんなの一人でパーティーに行かせたら格好の餌食だぞ」
「一人で行かせることなんて一生涯ないよ」
そもそもパーティーに行くこと自体、シンシアに断らせ続けているアステルだ。
「まあ、酒に弱いと早めにわかってよかったな。今日はもう、さっさと帰ったほうがいいな」
エルミスはそう助言する。
シンシアは、アステルの服の袖口をひっぱる。
「何? シンシア」
「おいしかったです、もっと飲みたいです」
「ダメだよ、シンシア」
シンシアは、ニコニコニコニコとしている。
(なんだこの……何? 可愛いすぎる なにこれ?)
シンシアは、ずーっとニコニコして上機嫌でアステルを見ている。
(でも兄さんの言う通りだ……無防備すぎる。他の人に見せたくないし、シンシアだってこんなの見られたくないでしょうに)
シンシアはアステルに擦り寄ってくる。
「……」
「はやく帰れ、アステル」
「そうするよ、兄さん」
「私、まだ、帰らないわ」
「いや、帰るよ、シンシア」
エルミスの前で敬語だったのも忘れている状態なので、とにかくシンシアを連れ出して酔いを醒まさせないと、とアステルは思う。
アステルはシンシアと手をつなぎ、城の廊下を歩く。
すると急に、シンシアが廊下から続く一室の扉を開けて、アステルの手をひいて連れ込んだ。
だれかの衣装部屋のようで、薄暗い。エルミスの妃の一人のだろうか? ひと気はない、が……
(なんで???)
アステルは混乱する。アステルはお酒に強いので、お酒に弱い人間の考えることがまるでわからない。
「シンシア?」
シンシアは、ドアを背に立つアステルと手をつなぐ。恋人繋ぎで。そのままアステルの肩に頭を乗せて、擦り寄ってくる。それから急に笑顔を見せる。
「アステル、いま、わたし、すっごく幸せな気持ちです!」
「……よかったね、シンシア」
「だから、こんなこともできちゃう!」
シンシアはつま先立ちになって、アステルにキスをする。何度も、何度も。長いキス、短いキスーー
「まってまってまって」
アステルはシンシアの両肩をおさえてキスをやめさせる。シンシアはニコニコしているがーーアステルがキスを返してくれない、と気づくと寂しそうな顔をした。
「……ダメなの?」
「ダ、」
(ダメじゃない。正直嬉しい、なんだこの……なにこれ???)
未だかつてない積極的なシンシアに、アステルの顔は真っ赤だ。
(でも、場所がダメでしょう、これは)
知らない人の衣装部屋でいちゃいちゃするのはちょっと、と理性を働かせる。
はやく完成しろ、帰還の魔法。
「私はアステルが好き」
「いや、そうじゃなくて……それはわかってるんだけど、」
「ね?」
「ね? じゃありません」
アステルに抱きついて擦り寄り、甘えてくるシンシア。このまま、ここで、いちゃいちゃしたいという気持ちにかられるがーー理性が邪魔をする。
(いやだって、どこで止まれるかわかんないし……)
「シンシア、ここじゃダメだよ」
「どうして?」
「どうして、って……シンシアの部屋じゃないから、」
「私の部屋まであとどのくらい?」
「それは結構、かかるけど……」
「イヤ」
「イヤ、って……」
アステルは困惑する。
「……わかった、ぼくの部屋に行こう。近いから。それならいいかい?」
「うん」
満面の笑みでニコニコしながら、シンシアはアステルに抱きつく。
(今後、絶対にぼくの前以外で飲ませない。絶対に。)
アステルは心に誓う。
「着いたよ、シンシア ってーー」
シンシアは、すごく眠そうな顔をしている。
嫌な予感がしつつ、アステルはシンシアを抱き上げると、ベッドにおろす。シンシアはアステルの手をとってーー恋人つなぎにして、ベッドにアステルも招く。願ったり叶ったりなのだ、が、
「アステル、」
と満面の笑みで笑いかけたあと、シンシアは、そのまますやすやと寝入ってしまう。
横向きで寝入ったシンシアのとなりに、アステルは仰向けになる。
ため息をつく。
(こんなおあずけの食らわされ方ある? これはもう、寝ているシンシアにいたずらしても許されるんじゃない?)
となりを見ると、シンシアは幸せそうにむにゃむにゃと寝ていた。
(だーめだ。起こせない、これは)
アステルは悔しがりながら、もう自分も寝てしまえ、と、寝ようという努力を重ねる。




