様をつけないで欲しい (ウィローとロアン 旅のはじめ)
「旅に出るのに、髪の色と目の色と名前を変えないといけない?」
「そう」
「……嫌です」
15歳のアステルは、旅の準備をひそかに進めている。アステルの部屋でそれを眺めながら、12歳のルアンはぽつり、とこぼした。
「じゃあ、ぼくはきみを置いていく。ぼくのお姫様を助けに行かないといけないからね」
「……」
そもそも。幼いアステルが城に忍び込んだ浮浪児を気に入ったのは、アステルが大好きな冒険物語の主人公に容姿が似ていたからだ。紺色の髪に、紺色の瞳だったからだ。ルアンはそう考えていた。
ルアンは恐れた。
(ルアンに似ていない容姿になって、名前も変わったら、いつかアステル様に、もっと相応しい従者ができたとき、捨てられてしまうのではないか)
しかし、アステルに置いていかれるのは、おそばにいられなくなるのは、もっともっと怖かった。
翌朝の騎士団の訓練後。
ルアンは、こんこん、とアステルの部屋の扉をノックする。許可をもらい、部屋に入る。扉を閉め、中に他の人間がいないことを確認すると、声をひそめて話しかける。
「……アステル様、おれ、決めました。おれ、髪の色と目の色を変えるし、名前も変えます」
「わかった、どんな色にするの?」
「クロコス様と同じ色にしてください」
アステルはびっくりしてルアンを見た。
「おじいさまと?」
「はい。クロコス様みたいになりたいんです」
「わかった。おじいさまは、素敵な方だったものね」
(クロコス様はお優しくて、常にアステル様を支えていらっしゃった。きっと、クロコス様のようであれば、おれは、アステル様のそばに居続けることができるはずだ)
「アステル様は、なんてお名前になるのですか?」
アステルはペンにインクをつけると、紙の上に文字を書いた。
「なんでそんな名前に……」
変な名前だと、ルアンは思った。
「ルアンは?」
ルアンはアステルが紙に書いたアステルの新しい名前を見ながら、続けて書く。アステルの新しい名前のおわりの文字をとって、書き始めた。
「あんまり変わって無いね」
「ダメでしょうか?」
「ダメでは無いよ」
アステルはルアンに微笑む。
ーーーーーーー
ふたりで、城を抜け出したあと。
茶色のローブを着たアステルの背中を追いかけて、茶色のローブを着たルアンは歩く。
ルアンは、水たまりに映った髪と目の色を見る。前を歩くアステルの小麦色の髪を見る……ものすごい違和感だ。
「ウィロー様」
そう呼んでみると、アステルは振り向いた。
藍色の瞳で、ルアンを見つめる。
「様をつけたら、ダメだよ」
「え!? だ、だって」
13歳のロアンは、狼狽する。
「ウィローって呼んで」
「ウィロー……様」
ウィローは眉根を寄せて、すこし不機嫌そうな表情をした。
「ぼくが王族だったってバレたらいけないんだよ。ちゃんと、普通の友達にするようにして」
「……ウィロー」
「よくできました、ロアン」
ウィローは微笑んだ。
(アステル様に褒められて、嬉しい。嬉しいけれども!)
ロアンは立ち止まり、困惑する。
(普通の友達だなんて、恐れ多くて絶対に無理だ! おれはそんな身分じゃないのに)
ウィローは機嫌良さそうに、どんどん先に歩いて行ってしまう。
「ウィローさ……ウィロー、まってください!」
ロアンは慌てて、ウィローのあとを追う。




