変態教師(ブロマンスかBL回)
変態教師(男)とアステルとルアン ブロマンス? もはやBL回? がんばるルアンくん
1周目
アステル12歳 ルアン9歳
ルアンが教室に入ると、床に先生が倒れていた。
「え」
ルアンはドン引きするが、近くの机に座っているアステルの表情はいつもどおりだ。
「やあ、ルアン」
「どどどどうしたんですか?」
「ぼくに触れてきたから、雷の魔法でバチっと、やっつけた」
アステルは机に座り、床に倒れている先生に目を向けながら、足をブラブラさせている。
「触れた?」
ルアンは眉をひそめる。
「キスしようと思ったみたい」
「はへー 先生は変態だったんですね」
「一緒に、報告に行こ!」
アステルは机から降りてルアンの手をとると、明るくそう言って、教室から駆け出す。
ーーーーーーー
2周目
アステル13歳 ルアン11歳
ルアンは先ほどから、アステルのことを探している。アステルがだいぶ元気になって――ふたりのための授業が再開されて。なので一緒に教室に行こうと思ったが、見当たらない。
アステルは、ここ数日また様子がすこしおかしい。あんまり食べていないし、もしかして吐いているのかなという様子があるのだ。
教室の前まで行くと、何か聞こえた。
「だから、ね」
先生の声だなとルアンは思う。
扉からそっと様子を伺うと、アステルは教室にいた。立ち尽くしている。アステルが遠い目をしているところに、先生がアステルの肩に手を置いて、屈んで、口付けようとしている――ルアンは足元がグラグラするのを感じて、叫びながら駆け出す。
「う、うわああああ!!!!」
先生が手を止めてルアンを見る。ルアンは教壇にのぼり、教科書を持って振りかぶり、先生の頭を殴る。
「アステル様に、近づくな!!!!!」
先生は頭を殴られて、しゃがみこむ。
「ルアン、」
ハッと現実に戻ってきたアステルの手をひいて、ルアンは教室から駆け出す。
「ルアン、待って! どうしたの」
「どうしたもこうしたも!」
少し行った先で、知らない部屋にアステルを連れてルアンは隠れる。
「さっきのは、なんですか!?」
「ああ、××先生のこと? あの人ぼくのこと好きみたいだよね」
アステルは何でもないことみたいにサラッと言った。
「アステル様も、好きなんですか!?」
とてもそうは見えなかった。暗い目をして遠いところを見ているアステルは助けを求めているようだった、だからルアンは飛び出したのだ。
「嫌いだよ、気持ちが悪いって思ってる」
「じゃあ、ちゃんと魔法を使ったりとか――自己防衛してくださいよ!?!?」
「めんどくさかったんだ」
「めんどくさい!?」
「自分を守ることに労力を割くのが」
「はあ!?」
「ぼくはぼくのこと、どうでもいいから」
アステルと話すたびに、ルアンは、足元がグラグラするのを感じた。
「どうでもよくない!!!!」
「なんでルアンがそんなに怒っているの」
「おれは、アステル様のこと、どうでもよくないですよ!?!?」
「……」
「もっと御身を大切にしてください!」
「……」
ルアンは最悪なことに気づいてしまう。数日前にも××先生の授業があったじゃないか。
「……もしかして、数日前の授業のときも、先生に何かされましたか?」
「キス程度だよ」
「キス程度!?」
(キスは、そんなに軽く言うようなことか!?)
ルアンは気が狂いそうになる。ルアンはアステルの口を今すぐごしごし拭きたかったし、お風呂にいれてあげたかった。
「まあ少し、触られたりもあったかな? 背中とか腰とか……覚えていない」
ルアンは腑が煮え繰り返る気持ちだった――抵抗しないアステルに、抵抗しないことをいいことに――先生を殴るだけじゃなくてもっと痛めつければよかった、とルアンは悔しく思う。
「アステル様、様子おかしかったですよ、ここ数日。アステル様が気づいてないだけで、ちゃんと(嫌だ!)ってアステル様は叫んでたんですよ」
「そうなのかもしれないね」
「先生をクビにしてもらいましょう?」
「そうしよう」
アステルは目を伏せながら同意したあと、目線をあげると笑った。
「……なんでルアンがそんなに怒った顔なの」
「怒ってますよ! アステル様に」
「ごめんね」
「おれに謝るんじゃなくて――もっと御身を大切にしてください。それから、ああいうことをしてくる人がいたら、すぐおれに、教えてください!」
ルアンは、真剣な表情でアステルを見上げる。
「おれが、アステル様を守りますから!」
「頼もしいね」
アステルは『ちいさなルアン』に微笑む。
ルアンは本当にアステルのことが信じられなかった。
(嫌なのにどうして嫌だって言わなかったんだ。自分を守るのが『めんどくさい』ってなんだ!?)
アステルはまるで、『だれかに痛めつけられたい』『自分を痛めつけたい』と思っているみたいだとルアンは感じた。
(アステル様がおかしいうちは、おれがアステル様を守らないと……)
アステルの12歳の誕生日以降、ずっと思っていることだったが……ルアンはもう一度、心に誓い直す。
ーーーーーーー
数日前、アステルは××先生に「殿下が好きです、愛しています」と迫られた。
アステルは思った。
(めんどくさいな)
黙ってぼんやりしていると、先生は身勝手にアステルに触れてキスをして、足早に去って行った。
(気持ちが悪い)
教室にひとり、アステルは立ち尽す。
(気持ちが悪い、吐きそう)
「愛している」と言われたが、あれが愛であるはずがなかった。本当に人を愛したことがあるアステルからしてみれば――ただの欲望だ。身勝手な欲を押し付けられて、気持ちが悪かった。
アステルがどうして抵抗できなかったのかといえば――ふと、お守りを奪われたときのシンシアのことが頭に浮かんできたからだった。
(シンシアも同じような思いをしたかもしれない。ぼくが彼女を守れなかったから、)
アステルはもうイリオスを信じてはいなかった。シンシアを物理的に傷つけたときに、心も傷つけなかったとどうして言えるだろうか。
(シンシア、)
可愛いシンシアが怖い思いをしたことをぐるぐると考える。すると、(こんなことは、自分に対する罰なのだ)とアステルは思った。けれどシンシア以外の人間とキスなんてしたくない、と心が叫んでいた。
(次の授業では、ちゃんと拒まないとダメだ。
だって、ぼくはシンシアを愛しているのだから――でも、シンシアが同じ思いをしたかもしれなくて――シンシア、)
愛らしい姿を思い出して、頭がぐるぐるする。周りの景色が揺れている。
(あ、)
アステルは久しぶりに幻覚を見る。
アステルの手の中に、血のついたお守りがある――アステルは瞬間的に吐き気を覚えて、口をおさえ、その場にしゃがみこむ。
ーーーーーーー
アステルは、ルアンに手をひかれて大臣のところへ行く。アステルが口を開こうとするのを全部さえぎってルアンが説明をしてくれた、毅然とした態度で。
「なので、あの先生の授業はアステル様も私も、もう受けられません! 解雇してください」
(本当に情けないよ)
1周目よりも、ルアンは最近、すごくしっかりしている。それはたぶんアステルが不甲斐ないからなのだ。1周目はルアンの手をひいて城内を歩くことはあっても、ひかれて歩くことなんてなかった。自分よりちいさなルアンの背中を、アステルは大きく感じた。
その日のうちに、××先生は城を去る前に、城の廊下でアステルに接触を試みようとしてきた。
ルアンがいち早く気づき、前に出て、先生をアステルに近づけまいとする。
「変態教師!! アステル様に触るな!!!!」
「ルアン・カスタノ――この野良犬が!!!」
先生が、ルアンの体を蹴ろうとした。
アステルは、ハッとした。
(ルアンは大きく見えるだけだ。ルアンはまだ小さい、大人に暴力をふるわれたら、ひとたまりもない)
瞬間、バチッとアステルから雷の魔法が迸った。
「ルアンに、触るな!!!!」
ルアンと先生の間に、廊下に雷が迸った跡がある。黒い線となり、焦げついている。
××先生は廊下に座り、アステルを見上げている。
「ルアンはぼくの親友だ、それを野良犬呼ばわりするなんて、信じられないよ」
アステルは冷たく言い放つと、先生をその場に残し、ルアンの手を引いてその場から去る。
ーーーーーーー
「アステル様。アステル様、あの……」
アステルはルアンを蹴られそうになったことで非常にむかついていた。アステルの背から怒りを感じるルアンは少し怖く思いつつも、勇気を出して声をかける。
「どこまで行くんですか、アステル様!」
ハッとしてアステルは立ち止まる。
自室に向かう階段を通り過ぎていたようだ。
「アステル様、ありがとうございました。庇っていただいて……」
「ぼくのほうこそ……本当にありがとう、ルアン」
アステルが微笑むと、ルアンはホッとした顔をした。
(おれが怒らせていたわけじゃなくてよかった)
「アステル様、昔、騎士団のみんなにおれが野良犬だってからかわれていたときも、助けてくださいましたよね」
12歳以前のことで、アステルはすっかり忘れていた話だった。騎士団に入りたてのルアンは「平民」「浮浪児」「アステルに拾われた野良犬」と、さんざんないじめられっぷりだった。最初のふた月くらいの話で、それを知ったアステルが暴れに暴れて、『この第四王子の下につくのは大変だろう』と同情を集めて解決したのだったが――。
「いまだにきみを野良犬って言う人もいるんだね、腹が立つよ」
アステルの怒っていた理由が意外で、ルアンは笑った。
「そりゃ、おれが城で働いていることをよく思っていない人もいまだにいますよ。もともと城に住み着いた素性のわからない人間ですから。騎士団のみんなとは、アステル様のおかげでもう仲良しですけれども」
「でもおれ、別に気にしてません。実際おれは、アステル様の犬ですしね」
誇らしげなルアンの言葉をアステルは嫌そうにする。
「ルアンは、犬じゃないよ」
「おれ、犬でいいです」
「?」
「犬でいればアステル様と一緒に居られるのであれば、おれは犬でいいです。でも野良犬じゃなくて、おれは飼い犬かつ、忠犬ですよ」
「忠犬は自分のことを忠犬って言わないんじゃないの?」
胸を張るルアンに、アステルは呆れ顔をする。
「今日もご主人様を変態教師から守りました」
「うぐ……それを言われたら痛いけれど」
アステルは困りつつ、ため息をついた。
アステルは少し屈み、ルアンと目線を合わせる。
「あのね、ぼくはルアンと対等な友達になりたいんだよ、ずっと」
「それは無理でしょう、アステル様のご身分では」
「だから――」
(王子、やめるじゃん)
アステルの言いたいことが、ルアンはわかった。誰が聞いているかわからない廊下で話す話ではないので、目で話すだけだ。
「……アステル様だって最初『飼う』って仰ったじゃないですか」
「そんな昔のこと忘れちゃったよ」
「そんなに昔じゃないですよ! たった6年前ですよ!」
そんな話をしながらアステルとルアンは階段をのぼる。アステルは思う。
(どうにかルアンと、対等な友達になれないかなあ……)




