その夜
アベルもリマールも、この山の植物をよく知っている。リマールの方は知り尽くしていると言ってもいい。その知識を生かして作られる、とても体にいいが質素な晩御飯を食べ終えると、ヘルメスを除く三人は長ソファーに座って、団欒の時間をとった。
ヘルメスは作業場にいて、さっそく例の薬の製薬にとりかかっている。早急かつ安全に間違いなく仕上げなければならない。
アベルとリマールがルファイアスの武勇伝を聞きたがり、その内容から、彼が有名である訳を自然と理解した。自分でそうとは少しも言わないけれど、彼は英雄だ。そして、その流れのままに、ルファイアスはアベルにたくさんのことを教えた。
昔は国内外の往来が激しく、近隣国の敵が攻めてくることもよくあった。その時は、仕方なく武力で対抗していた。しかし一方で、先代の王はそんな戦いを決していいようには思っておらず、何とか変えようとしていた。少しずつ、着実に。そして今は、国境警備隊をさらに強化して厳重に警戒しつつも、優秀な人材を置き、話し合いで解決する場を作ることに尽力している。そうして、今の平和がある。それを北の統治者はぬるいと批判し、未だに対立している・・・というような政治的な内容まで。
王にはなりたくないと断ったアベルだったが、ルファイアスの方ではどうしても未練が残った。嫌だと言っても、そうもいかない事態に陥ったその時は、形だけでもやはりこの国の秩序を保つための切り札になって欲しかった。
三角屋根のこの山小屋には、木梯子で登っていくロフトがある。そこがアベルとリマールの寝場所で、その下の、つい立で仕切られているだけの小部屋がヘルメスの寝室だ。ルファイアスは、自ら藁の長ソファーを選んだ。
真夜中になっても、アベルは変に興奮してなかなか寝つけなかった。とにかくルファイアス騎士の声が、頭の中でずっと渦巻いていた。
そこでアベルは、あちこち向いてしまう意識を集中させ、あえて一つ一つ考えてみることにした。心の整理をつけられれば眠れるんじゃないか。そう思って。
まずは小さい頃のこと。おじいさんとは血のつながりが無いと分かった時、自分はどうして一人になったのかとひどく嘆いたことがあった。捨てられたのか、亡くなったのか、いろいろと推測もした。おじいさんはドンと構えていて、ごまかすことも嘘をつくこともしなかったが、ちゃんと教えてもくれなかった。ただ、とても愛してくれていたけど、どうしても一緒には暮らせなくなったのだとだけ教えてくれた。それからは、その言葉で自分を納得させて、なるべく考えないようにしていた。
それが・・・こんなことって。
王都のお城に行けば、兄だけでなく母親にも会える。正直、少し怖い・・・と思った。王様と王太后様だ。信じられない。雲の上の存在だったのに、肉親だなんて。
でも、ルファイアス騎士が言っていた。兄は誠実で賢明。母は穏やかで優しく、亡くなった父も公正で偉大な勇者だったと。
僕は・・・?
そうしてつらつらと考えていたら、アベルはやっと少し眠たくなってきた。