王家の宝と旅の行程
ルファイアス騎士は、どこか哀れむような顔で見つめてくる。きっと気持ちを察してくれたのだろう・・・と、アベルは思った。
アベルはため息をつき、礼儀正しく態度を改めた。
「すみません・・・できれば、行きたくありません。兄王様はきっと良くなります。あの薬を飲み続ければ。僕はここにいます、ずっと。」
すると、ヘルメスが横から言った。
「アベルよ、王にはならなくていい。しかし、王宮へは行きなさい。そして王に顔を見せてあげなさい。王はお前のことを覚えている。彼とは、もう二度と会えなくなるかもしれないから。」
「それに、ここにいては危ない。殿下・・・いや、あえて君と呼ばせていただくが、君は恐らく狙われる。君の存在と居場所は、知られてはならぬ者にも知られている。君は王族であって王族ではない。ここには戦い慣れた強い護衛がおらず、無防備だ。」
なんてこと・・・アベルは思い悩んだ。いずれにしろ、自分の意思に関係なく事態は動いている。自分はすでに標的なんだ。身を守らなければならない。
それなら・・・自分も行動を起こすべきではないか。
時間がかかったが、やがてアベルは決心を固め、首を小さく縦に動かしたのだった。
「じゃあ・・・行きます・・・家族に会いに。」
ゆっくりと大きくうなずき返したルファイアスは、三つ折りにした白い紙を、スッとアベルの前に置いた。それまでは手元にあったものだ。
「君には守ってくれる者が必要だ。私の弟を訪ねなさい。手紙を書いたから、これを渡して。ただ、私の願いをすぐに聞き入れてくれるかどうかは不安なんだが・・・。」
「あなたがついてきてくれるんじゃないんですか。」
「いや、そのつもりでいたのだが、先ほどいろいろと考えて思い直したんだ。私は、顔も名も方々で知られている。暗殺者を引き寄せてしまうと。」
「彼はどういう人なんですか。」
「我ら兄弟の末っ子だ。他の男兄弟はみな騎士の叙任を受けて王の兵士となったが、彼だけはさすらい戦士に。一人城を出て、この麓の森で気儘に暮らしている。最近帰ったばかりで、ここへ来る途中に会ってきたから、しばらくいるだろう。今は、あてがないと言っていたから。ああ、弟は、愛想は悪いが屈強だ。」
アベルは、そう力強く請け合って微笑した騎士の目を、無言で見つめ返しながら考えた。ルファイアス騎士は端整で若々しく、おじさんのイメージは全く無いが、たいしたベテランで、実際、中年と言われる年だろう。その弟さんは何歳なのか。末っ子と言っていた。兄弟は何人いるのか。
一人違うことをしているというのは協調性がなく、変わり者という印象を受けた。少し滅入った・・・愛想が悪いのは嫌だな。
「王都で会おう。無事にたどり着けたなら、王宮までは必ず護衛する。」
そんな心の声が聞こえたかのように、ルファイアスは励ますような口調で言った。そして、上着の内側に右手を忍ばせたかと思うと、内ポケットから何か綺麗な小箱を取り出したのである。
「それから、これを。」
金色の宝石箱だ。まぶしくて明るい黄金色ではなく、少し暗くて重々しい金。それには、いわくありげな形の装飾が施されている。何も知らないけれど、何となく歴史を感じた。中にも金色のペンダントが入っていた。長い鎖と共に同じく厳かな金色で、先端に吊り下げられてある飾り(ペンダントトップ)にも似たようなデザインがされてある。直系三センチほどの丸い飾りだ。そこに嵌め込まれた赤い石だけが、煌々と目もくらむような光を放っている。ルファイアス騎士の説明によると、装飾の形は王家の紋章で、赤い石は非常に珍しいレッドダイヤモンドだという。アベルは宝石すら見たことが無かったので、こんなに美しい石が世の中に存在するそれだけで驚き、いつまでも魅了された。
「これは本来、王とその妻子が持つべきものなのだが、現国王アレンディル様には、まだ妻も子もない。そして、君はこれを持つべき者であったにもかかわらず、一度も手にしたことがなかった。さあ、手を出して・・・。」
ルファイアスは、おどおどとテーブルの上に出してきたアベルの右手を取り、そっとペンダントを握らせた。
「これが、君のことを知らない者にも王族であることを証明してくれる。だが本来は知られてはならないこと。信頼できる者の前や必要な時以外は、絶対に誰にも見られないように。これから君に、いくつか教えることがある。信頼できる者と、必要な時を。」
ここでヘルメスが、そばの作業場にいるリマールに声をかけ、手招いた。リマールも同行することになるからである。
アベルは、手のひらで美しく輝いているものをうっとりと眺めながら、話の続きを聞いていた。
「まずは関所。ここの責任者はマルクスという男だ。関所の入口には衛兵がいるから、彼を指名して、彼にだけこのペンダントをそっと見せて。そうすれば何の問題もなく通してもらえる。」
「衛兵の人にいろいろと聞かれたら、正直に答えてもいいんでしょうか。」
「いや、あまり他には言わない方がいい。どこで誰が聞いているとも、相手が裏切り者であるとも知れない。だが大丈夫。彼は周辺の町のことを良く知っていて、普段から彼に案内や助言を求める者はたくさんいるから、いちいち詮索されることはない。」
そんな見えないところまで警戒しないといけないのか・・・と、アベルは急に恐ろしくなり、王都へ旅をすることがひどく困難なものに思われてきた。
「それから、イスタリア城。ここには陛下の婚約者であらせられるアリシア姫がお住まいだ。その城主も、私もよく知る人物だから最も信頼できる。旅の支度を整え直してもらうことができるだろう。」
「わしの友人の家にも寄って行きなさい。彼は術使いで精霊占いができる。きっと旅の良い助言をしてくれるだろう。それに、泊めてもらえる。」と、ヘルメス。
「王都アンダレアはここより東、フェルドーランの森を抜けた先にある。青い山脈へ続く大街道の通り道に。」
「太陽が昇る国だ。」
リマールがアベルにささやいた。
「そうだ。だが、大街道はできるだけ避けた方がいい。その近くの森や山道を隠れながら進むんだ。いずれは大街道に出て、大橋の関所を通過しないといけないわけだが。とにかく王都にたどり着くまでは危険な旅になる。道中、顔をあまり見られないようにした方がいい。君は確かに、王に似ている。髪と目の色が同じだ。」
こうして、とりあえず一通り話を聞き終えると、アベルは急に空腹に気づいた。そういえば、まだお昼を食べていない。というより、用意もしていない。リマールの方は、ヘルメスに呼ばれたあたりでそろそろ作り始めようとしていたのだが。
「ルファイアスよ、まだまだ教えてやれることがあるだろう。今夜は泊まっていきなさい。」
ヘルメスのこの言葉で、ルファイアスは一泊して翌朝帰ることになった。