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イルマの東へ  作者: 月河未羽
第1章  王 弟
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英雄騎士 ルファイアス


 

 そろそろ二人が帰る頃だろうと、ヘルメスは小屋の外へ出た。


 今ではもう、必要なことは二人が全てやってくれる。食事の支度したく、小屋の修理、食料の調達、薬草 み・・・。実際そういうとしなのだが、やれやれ人のことをすっかり弱った老人扱いだ。


 そう文句をつぶやきながらも、実のところ特に不満に思うこともないヘルメスは、軒先のきさきに立ってすうっと吹き抜けて行く風の声に耳をすます。


 すると、それは思いがけない知らせを持ってきた。


 人が来る。それに、鼻を鳴らしている大きな動物の息遣いきづかい。


 風は嬉しそうに、なつかしい友人を偶然ぐうぜん見かけたように、少し興奮しながら教えてくれた。


 懐かしい友人・・・。


 誰かと思い、ヘルメスは、なだらかな坂道の目が届く一番遠くを見つめた。


 しばらくして、頭の先から徐々に姿を現したのは、見覚えのある一人の男性。背の高い黒い馬にまたがりやってくる。


 あれは・・・。


 やがてその人を目の前にすると、ヘルメスは驚いて一瞬言葉を失った。


「ルファイアスか。これは珍しい・・・。」


 黒い馬に乗ったその男性、ルファイアスは地に足を下ろして、深く頭を下げた。

「ヘルメス様、ご無沙汰ぶさたしておりました。」


 ルファイアスは王族とも親しいベレスフォード家の長男。ベレスフォード家は王国のラクシアという土地一帯を治めている。その家に生まれた男児はみな騎士となり、王に仕えるというしきたりに従って、彼は近衛騎士このえきしとなった。中でもルファイアスは、多くの手柄てがらを収めた英雄だ。


「まだ近衛騎士を?」


「ええ。ですが間もなく父のあとぎます。」


「そうか。いや、しかし何年ぶりだ?」


「十三年です。」


「ああそうか、あれも十五になったからな。歳を取ったな、ルファイアス。」


「さすがに二十代の頃と比べられては。ヘルメス様はあまりお変りありませんね。驚くほどお若い。」


「いやいや、わしももう立派なじいさんだ。」


「ヘルメス様・・・あの・・・ということは。」

 ルファイアスは、ヘルメスの目をのぞき込むようにしてうかがった。


「ああ、あいつは生きている。上手く育ってくれた。とにかく、よく来たな。さあ、中へ入れ。」


 ルファイアスは、小屋のそばにまばらに生えている木の一つに馬をくくりつけてから玄関をくぐった。そして、手を向けてうながされた窓際まどぎわのテーブル席に座った。


 飲み物を用意してくれているヘルメスが向かいの席に着くまで、丸太と石で組まれた小屋の中を下から上まで眺め回すルファイアス。片隅かたすみには薬研やげんはちが置いてある製薬作業せいやくさぎょうのための仕事場がある。その近くには大きな暖炉だんろはりから吊り下がっている使い古したランプ、わらの手作りソファー・・・。遠い記憶にある様相とそう変わらない。その中で、確かに一人暮らしではないと分かる点がいくつか見られることに、ホッとして顔をほころばせた。


 コトン・・・


 客人の前に小振りのマグカップを置いたヘルメスは、そのまま向かいの椅子いすに腰を下ろした。


「アベルディン様の病は・・・。」

 ヘルメスが席に落ち着くのを待って、さっそくルファイアスは本題の口をきった。


「もう心配ない。このんだ山の環境や、すぐに治療を始められたこと、薬に困らなかったことなど全ての条件が良かったおかげでな。ところで、ルファイアス・・・」少し背筋を伸ばしたヘルメスは、テーブルの上に両手を重ねて座り直した。「何があった。」


 すると、ルファイアスの表情がひどく沈鬱ちんうつに・・・。


「はい・・・。実は陛下が、アベルディン様と同じ病にかかりました。すでに余命一年の告知を受けています。」


 ヘルメスはやや絶句ぜっくしたが、その原因は未だに解明されておらず、じわじわと発病者数を増やしている難病。誰の身にも起こりうる。


「なるほど、それで助けを求めてやってきたと。」


「ええ。」


「しかし同じ薬を王に与えても、治すのは簡単にはいかんぞ。その病を完治させるには難しい年齢だ。しかも余命一年とは。」


「そのことで、まだ話が・・・実は、アベルディン様には王室にお戻りいただきたいのです。次期王位継承者(けいしょうしゃ)として。」


「なんと・・・今さら身勝手な話だ。万が一の場合に、何も分からん若者に王の責務せきむが務まるとでも。」


「仕方が無かったのです、殿下 (アベルディン)のお命をお救いするためには。それはヘルメス様もご存知でしょう。今現在、表向きの次期王位継承者はベルニア国の統治者とうちしゃ。先代王の弟君おとうとぎみです。しかし、その統治はひどい。彼は支配欲の強い悪人だ。先代の王も懸念けねんしておられた。この輝かしいウィンダー王国を、その者の手に渡すわけにはいきません。ならば、何も分からぬ若者の方がずっといい。」


 その物言ものいいに、ヘルメスはあきれて笑った。

「アベルに話してみよう。いずれにせよ、もう真実を知ってもいい頃かもしれん。しかし時間がかかるぞ。ほとんど一から説明せねばならん。衝撃しょうげき的な話を。」


 それからヘルメスは、頭の中でいろいろと計算をし、考え、王都おうとがある大河の向こうの山々を思い起こして言った。


「それと、ちょうど今日、弟子のリマールにその薬草を取りに行かせたところだが、薬が出来上がるまでに少なくとも二週間はかかる。それでひとまず命をとりとめる分は作ることができようが、ここは王都から遠く離れた土地。道のりも険しい。雪原せつげんを越えてくるのは大変だったろう。」


「今は雪解ゆきどけの季節なので、思ったほどでは。ふもとはすっかり春ですよ。」と、ルファイアスは旅のつかれを感じさせない笑顔で答えた。 


「リマールも連れて行くといい。彼はわしの弟子でしで、その薬を作ることができる。ここより王都にずっと近い山にもその薬草はあるだろう。」


「それはありがたい。当時、たよれるのはあなただけで、我々には、ほかにあてがありませんでした。」


 こうして、ひとまず用件を伝え終えたルファイアスは、小屋の片隅かたすみに目を向け、机の上の羽ペンとインクつぼを見つめて言った。


「ヘルメス様、手紙を書きたいのですが、紙と筆をお借りできますか。」








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