イルマ山の少年たち
「アベル、次はあの右の枝先にある、真っ赤に熟れた美味しそうなやつを狙って。」
高木に生っている握り拳大の赤い果実の下で、リマールがひざ掛けを広げて構えている。
「よし。」
アベルは弓を引き絞り、しっかりと狙いを定めた。
アベルの特技は弓術。弓で獲物を射止めるのが得意で、名手とも言える腕前。今日は特に調子が良く、アベルが放った矢(鏃に工夫がされてある)は、その果実を小枝から見事に切り離した。これで六つ目。
「さすが!一発命中だ。」
ひざ掛けに落ちて来た木の実をかかげて、リマールが声をはずませた。
二人が今いるここは、古より神が降臨し魂が集う場所と崇敬されている、いわれある神秘の山。
イルマ山。
魂というのは人の霊魂に限らず、虫や動物、さらには自然に潜む精霊まで、あらゆる気の力をさしている。
その山頂を目指して登っていけば、やがて山腹にある台地のような場所に出る。そこからは山麓に広がる樹海や三つの湖、それに遠くの街並みが見渡せる風光明媚な景色を眺めることができた。そびえ立つ圧倒的な高山ではないが、似たような尾根が連なる山岳地帯の中で、一つグイと頂が優美に突き出しているという特徴を持ち、遠くから見れば気高い孤高の山というイメージを人に与える。それに、イルマ山は周りの山に比べて遥かに自然に恵まれていた。
その山で、アベルは1歳の頃から15歳の今になるまで、ヘルメスという名の老人と暮らしている。王都に生まれながら、1歳の時に難病の治療のため、この賢者ヘルメスの手に託された。長い療養生活を経て見事病を克服するも、未だに・・・というより、実質ヘルメスの養子も同然の、完全に山の少年としてここに身を置いている。
一方、薬剤師を目指すリマールがこの山に来たのは、14歳の時。より高みを目指すため、それからはヘルメスの第一 弟子である父のもとではなく、直にヘルメスのもとで薬に関する全てを学んできた。それも今年で3年目になる。
「そろそろお昼だ、帰ろう。」
リマールは、収穫した果実を背負い籠の底に並べた。そして、それをするのにいったん取り出した薬草の束を、アベルがその上から入れ直す。
そうして朝の日課を予定通りに済ませた二人は、山腹の開けた場所にある住み慣れた山小屋へと戻って行った。