さすらい戦士 レイサー
誰か男の人がいる。声は低いが若い。
そちらへ首を向けると、人影が少し見えていた。
「山賊か? 俺の庭を汚すな。」
小枝を折り、藪を掻き分ける音とその人影が近づいてきた。
間もなくはっきりと姿を見せたのは、二十代と思しき一人の若者。
その人を見たアベルは、あっと口を開けた。
この人・・・似ている。髪の色は黒よりも少し青味がかっている気もするけど、瞳は同じ灰青色だ。あの紳士的でハンサムな英雄騎士の、目つきをちょっと悪くしたような顔。
アベルとリマールの前に割り込んできたその若者は、じっと一味をにらみつけているだけだったが、背も高いし、鍛え方が違うと分かる体格で、ずいぶん戦い慣れていそうな貫禄を放っている。
一味もさすがに迫力負けしたようで、あきらめるのは早かった。 数歩身を引いている親分は、若者の顔と体にちょっと目をやっただけで、あっさりと背中を返したのである。
「くそ・・・行くぞ。」
「おい、こら。」
すかさず若者が呼び止めた。
「返すものがあるだろう。」
舌打ちが聞こえたかと思うと、一番がっちりとして強そうな男が急に身を躍らせた。手に持っていたナイフをいきなり振り上げ、若者に飛びかかったのだ。
それを、若者はすました顔でヒラリとかわした。流れのままに背後に回り込み、やすやすと刃物を握っている腕をひねり上げる。
なんて鮮やか ―― そして、強い!
アベルもリマールも、思わず見惚れて息をのんだ。
「そういうことなら容赦しないぞ。」
「いてて、ご、ご勘弁をっ。」
男は情けない悲鳴を上げながら、もう命乞いをしている。
体格はそう変わらないのに、一番強そうなその男が全く相手にならないとは。もしかして見かけ倒し・・・なんてことは・・・とアベルはチラッと思い、連中に目を向けると、一様に目を見開いて驚愕の表情。
この若者の実力が遥かに優れているんだ・・・と、アベルは理解した。
若者はつかんでいる男を突き飛ばすように解放してやり、厳しい目で連中を見回した。その視線が、最後に、背の低い男の手元へ向けられる。その男は両手を腰のあたりへ回していたが、何をしても無駄だと分かっている顔をしていた。
親分が悔しそうに少し顎を動かした。その子分に、返してやれ・・・という合図を送ったのである。盗品の担当者は、両手の財布を若者の方に差し出した。
そのあと一味は、肩をすくめてすごすごと退散していった。
こうして、アベルとリマールと、そして若者だけになった。
そこで二人は、あらためてじっくりと彼を見た。
本当に、ルファイアス騎士から、大人の落ち着きというか、柔らかい感じを無くしたような雰囲気の若者だ。まず笑わない。今、笑う必要はないけど、人助けをしたのだから何か言葉をかけてくれるとか、初対面なんだし笑顔で挨拶とか・・・この人、やっぱりそうなのかな。
いやお礼が先だと気づいたアベルは、自分の方から話しかけることにした。
「あ、ありがとうございます。あの ―― 」
「ほら・・・これ・・・重・・・。」
と、若者が財布を手渡してくれて、アベルの声は遮られた。
「困らないようにと、ある人が持たせてくれたんです。あの、あなたは。」
「通りすがりのさすらい戦士。それじゃあ。」
素っ気なく片手を一振りして、若者は背中を向けた。
「もしかして・・・レイサーさんではないですか。」
すると若者は立ち止り、肩越しに振り向いた。
「なんで俺の名前を知ってるんだ。」
「ルファイアス騎士から手紙を預かっています。」
「兄貴から? じゃあ、ある人っていうのは・・・。」
「はい。」
その若者・・・レイサーもまたアベルとリマールをまじまじと眺めて、首をひねった。
自分に会うための所持金にしては多すぎるし、そもそも何の用だ? わざわざ、こんな弱そうな少年二人を寄越して・・・。この前(兄貴と)会った時には、特に何も言われなかったが・・・。
「お前たち・・・俺の家にくるか?」