人助け
翌朝には天気は回復して、太陽に薄雲がかかっていた。少し光が射している。
外へ出たアベルは、リマールの誘導で洞窟の丘から細い道を下りて行き、やがて広い川沿いのより明るい場所に着いた。木の葉や茂みの植物、それに白や紫の小さな花についた雫がきらきらと輝いている。あちこちで小鳥がさえずっている。気持ちよく朝食が食べられそうな所。
二人とも食べられる野生の植物について詳しく、たくさんの種類を知っていた。それで今朝は、その川辺に生えている植物の根っこを洗って食べた。その周囲には、黄色い実が生っている木が並んでいる。二人はそれも食べ、さらにいくつか摘み取った。
この森はいつ抜けられるだろう。そのあと町まではどれくらいかかるのか。東の方へ抜ける道は行ったことが無かったので、ちょっと見当がつかなかった。食料は大事にしないと。
一時間もしないうちに、そこでできることを済ませた二人は、新たな気持ちで元気よく歩き出した。さあ、今日は行けるだけ行こう、東へ。王都アンダレアへ。早く薬を届けないといけない。
あ、でもその前に・・・!
この森で人に会わないと。ルファイアス騎士の弟さん。何人兄弟かも歳も聞いてないけど、末っ子の人。屈強のさすらい戦士と言っていた。
二人は立ち止まり、ルファイアス騎士から、手紙とは別に受け取ったメモを確認した。
森の中には、本流から分かれる川がいくつか通っている。その一つで、滝があるそばに住んでいるらしい。メモには、その滝の名称の下に〝中途半端なツリーハウス〟という謎めいた書き方がされていて、目に入れば遠くからでもすぐに分かると聞いていた。
この広い川沿いの道は真っ直ぐ、目の届く限り続いている。迷わないで行けそうなので、とりあえずここを進もうということになった。そして、分かれ道に出会う度に、足を止めて立札の文字を読んだ。
何時間も、とにかく同じペースで歩き続けた。昼と午後に二回休憩を取ったが、道はまだ伸びていて、果てしなく続いているようにさえ思える。途中、食べられる木の実を見つけてはもぎ取って、リュックに入れた。
日が暮れてきた。低くなった太陽が、薄い雲に覆われた空でぼんやりと燃えている。
斧を持った木こりに何人か出会った。家路についているところだろう。中途半端なツリーハウスのことを尋ねてみると、なんとすぐに話が通じて、まだまだ先だと教えてくれた。
この調子では、たどり着くのは明日になりそうだ。
二人は、後ろに沈んでいく夕日を時々振り返りながら、いつ道を外れて、今夜の寝床を探そうかと考えた。
「助けてくれ・・・!」
声がした ? 茂みの方から、焦って、苦しそうな声が・・・。
「アベル・・・。」
「うん・・・聞こえた。」
二人は一緒に、声があがった方角へ目を向ける。
「誰かいないか・・・!」
「近い。」と、リマール。
「こっちだ。」
二人は地面を蹴り、川沿いから雑木林の方へ道を折れ、藪を飛び越えて、川沿いの道と平行している小道に出た。
「動けない、誰か助けてくれ!」
また同じ声がして首を向けると、男性が一人、仰向けで地面に肘を付いている状態のまま身動きがとれなくなっている。男性は、横から倒れてきたと思われる幹の太い木と、地面との間に下半身を挟まれていた。
「いた。ほら、あそこ。」
アベルがそちらを指差して言った。
近づいて見てみると、実際には木の葉が茂っている方の太い枝が、男性の左足首を圧迫している。
縮れ毛の髪と黒い肌の、木こりと思しき中年の男性だった。
「大丈夫ですか。」
リマールが声をかけた。
「ああ、若いの、助けてくれるのか。」
「もちろんです。」
「ありがたい。急に木が倒れてきて。」
「この前の嵐で幹がやられてたのかも。」
アベルが言った。
「いつからこの状態に?」
リマールが、折れた木と男性の両方の様子を窺いながらきいた。
「ええっと・・・30分くらい前からだ。」
リマールが圧迫されている部位をよく見てみると、まだ腫れておらず、変色も見られず、感覚もあるとのことだった。
男性のそばには斧が落ちていたが、斧で木を叩けば強い衝撃を与えてしまう。そこで今度は邪魔な周りの小枝を折り、挟まれている足元の土を見てみる。掘って助けることができそうだ。
近くの木によじ登ったリマールは、腰から短剣を抜いて固い枝を切り落とすと、先を斜めに削って少し鋭くしたものを二本作った。一本はアベルが。そして、男性の挟まれている足周りを慎重に掘り進めていく。
幸い、思ったよりもすぐに抜けてくれた。
背後から男性の両脇を抱えてその体を引きずり出すと、リマールはすぐに男性の痛めている足の具合を診た。
「体は大丈夫ですか。倒れてきた時に体も打ったのでは。」
「ああ、大丈夫だ。かすり傷で済んだ。」
「腫れてはいないみたいだけど、痛みますか。あとで腫れてくるかも。」
「ああ・・・ちょっと・・・立てないな・・・。」
「肩を貸しましょう。家まで送ります。」
「すまない。」
「荷物は僕が。」と、アベルも気を利かせて、リマールのリュックと男性の斧を抱えた。
彼らは今いる小道から北へ向かう道に出て、ゆっくりと歩いた。そうしながら互いに名乗り合い、少し会話をした。男性の名はベルゴ。彼は、何をしにどこへ行くのかときいてきたので、二人は、「王都アンダレアへ。」とだけ正直に答え、あとは、「知り合いに呼ばれて。」と適当にごまかした。