Chapter2-1 迷子の迷子のスクリプトキティ 1
今回の見所はゲットーダイバー ブリーフィング 満載のグレネードです。
「クソ!……また失敗した……」
ICEに脳を焼き切られる前に俺は回線を切断する。 現実時間で5秒遅ければ間違いなく殺されていた。
「ガス缶……あった、ラス1か」
ベッドデスクの冷却ガス缶を掴んで茹だりそうな体をぬるま湯で満ちたウォーターベッドから起こし……
「あ"っ!!!……でぇ……っ!……クソが……」
そのまま床に叩きつけられた。 ダイブ負荷と異常体温で運動神経が麻痺しきっている。まともに頭が回らない。 どうやって思考でコマンドを送るんだっけ……?
「……口語入力。 冷却翼展開……」
熱暴走寸前の基幹システムにボイスコマンドを送り込むと背中にインストールされた冷却用ウィングが展開する。 そいつは展開するたびにベアリングがギシギシと軋み、フレームからは錆が落ちるクソみてえな翼だ。 鉄錆びてとても翼とは言えない人体異物を軋ませながら伸ばし広げて俺はベランダへと這いずる。
「……やるしかねえな」
まともに街灯の灯も届かないベランダの物干し竿の下に辿り着く。
手のガス缶を冷却翼のコネクタにブッ刺せば熱は逃がせるが、その度に体に走る苦痛を思い出し手元に迷いが生じる。 だが冷やさなきゃまた飛ぶ事はできない。
「……クソッ」
奥歯を噛んでコネクタにガス缶を差し込む。
ジュッ!
「ぎっ……ぃっ……!!!」
液化ガスが脊髄を走る。 正確には背骨に這い回る放熱用銅板とガス経路をだ。
「ひっ!!!ぃ………ぃぃぃーーーーっ!!!!!」
極端な冷たさ、痛覚的には最早熱感に等しいそれがザクザクと背骨全体に突き刺さりまくる。
冷却翼からは腐った玉ねぎ臭いガスが噴き出している、ガス缶の中身はその辺のカセットコンロ用のLFGだ。
些細な火花で火が付けば盛大に燃え上がるせいで部屋の中じゃ使えない。
その上流量制御なんてものはこのクソな安物には入っちゃいない、ガス缶を繋げてる以上は中身が尽きるまで液化ガスが流れ込んで急速に気化しては熱を強制的に奪っていく。
まともな冷媒循環ベッドがあればこんなクソな仕組みに頼る必要は無いがそんなものは維持費を含めてここじゃ贅沢品だ。
「はっ……ぁっ……凍る……ッ……」
背中が凍てつく痛みで満たされる。内臓までキンキン冷やされるような痛みだ、前に一日で3本使った時は冷え過ぎた肺のせいで血痰を吐いた。
……全てはこんなクソな街のせいだ。
生まれの場所のせいで金にも安全にも恵まれないのはこの街のこの町じゃ当たり前の事らしい、じゃあ隣町のアイツらはなんなんだ。 たかがワンブロック違うだけでアイツらはコーポのちゃんとしたサイバーウェアと設備で安全にネットを潜ってる。
いつぞやのミッドサイドのダイバー会合じゃ俺みたいな不恰好な冷却翼どころか、冷却翼を身に付けてる奴そのものがいなかった。 一人にどうしているのか聞いたらこう答えた。
「冷却ベッドだけど、その背中のウェアもイケてるね」
こんな自殺行為のサイバーウェアのどこがイケてるんだ。 それ以来アイツらには一度も会ってないが憐れみを交えたあの笑顔に殺意を覚えたのはしっかりと覚えている。
「あぐっ!!…クッソ……」
掴んだままのガス缶が凍てついて痛みと共に手に張り付いていた。
「……やるしかねえ……もう一回……」
腕を乱暴に振り、張り付いたガス缶を引っ剥がす。
茹だりかけから今度はキンキンに冷え切った体をなんとか起こして冷却翼を格納し、俺はもう一度ベッドに身を沈めてジャンクのワーステから伸びたADDケーブルをこめかみにブッ刺す。
企業の情報に手が届けば金が手に入る。
金は全てだ。
このクソの街で生きられる世界は金で全てが決まる。
有り余るほどの金があればこんな暮らしもベッドもサイバーウェアもクソコーポの一級品に交換して更に金を作れる。
全てはその為だ。
俺はその為にこの翼でネットの海を潜る。
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*ルナの受傷から二週間後*
午前 ガラス コーポセントラル 廃棄区画のとあるビル屋上施設。
「揃ったか、アッシュブルーム」
目の前には実際に会うのが何ヶ月ぶりかわからない頭髪の薄い銀縁メガネを掛けた初老の男。 背後には20枚近い情報モニターが脅威マップやらデータバイナリやらを忙しなく表示、更新している。
ウィンストン
ーー私たちのハンドラーだ。
「実際に会うのは久々ねウィンストン、いつぶりかしら」
「君が前に怪我した時以来だ、口から血を垂らしながらわざわざ此処に戻ってきたんだ」
血迷ったアホに撃たれたんだっけ、バリスティックのウェアのおかげで貫通しなかったけど肋骨が折れて血を吐いたんだっけか……。
「俺は一年ぶりか、老けたんじゃないか?」
「そういうお前こそ、今度はどこを機械化した? 脳か? 腕か? また腹か?」
「手にスマートリンクを入れた程度だ」
ウィンストンのカンパニー内でもラスティの義体化率はかなり高い。 サイバーサイコにならないか心配になるレベルだが昔からやり取りが変わらないのを考えると大丈夫だろう、多分……。
「ルイナー、だったな。 その節はご苦労」
「今はルナです。 すぐにでも仕事は出来ます」
ルナが敬語を使う相手は明確な上官と敬語で来る相手だけなのか、線引きが気になるな……。
「ハッ! ルナか、名付け親はイノセントだな?」
「文句ある? アタシはこの子の上官よ」
「いやなに、相変わらずのセンスと嗜虐性だと思っただけだ、昔から変わらない」
鼻で笑いながらウィンストンは目の前のキーボードを叩き始めた。 おおよそルナのコールサインの書き換えだろう。
「さて、君たちのチーム結成は各クライアントには既に通達済みだ。 そして早速だが依頼だ。 チップを確認したまえ」
目の前のガラステーブルにはオレンジの防磁ペリカンケースに入った3枚のADDチップが並んでいる。
私とルナは腕の端末に、ラスティはこめかみのスロットにチップを挿入する。
端末から電子視界へとデータがアップロード、赤いウィンドウが展開され情報が羅列される。
「ではブリーフィングを始めよう」
「依頼者はミューゼギャングスタ ラウド。用件は要人救出」
やっぱりラウドか。
思っていた通りだ、近いうちに本指名で仕事を送るとは言っていたがやはり有言実行してきたか。
「救出対象はミューゼギャングスタのネットダイバー コールサイン ジャズ。性別は女性。年齢15歳。対象は二週間前にミッド・ローのギャング組織〈FM69〉と接触。 以後、消息が途絶えていたが、先日になりバイタルサインとメッセージ、座標が送信された」
「15って……まだ子供じゃないスか……」
「私語は慎め、質問は最後に聞く」
ぼそりと呟いたルナにウィンストンが釘を刺し睨みを効かせる。 彼はブリーフィングに横槍を入れられるのを極端に嫌う。
「バイタルは低調。メッセージ内容は『助けてくれ』のみ、座標情報はミッド・ロー北部 廃ビル街の南側だ」
視界内のデータをコピーしてマップにペースト。
……ミッドサイドからかなり離れてるな……ミッド・ローの奥地か。
「諸君らアッシュブルームは現場に急行、障害を排除し対象を救出後、クラブB1Cultまで護衛。これが今回の依頼の目標だ。依頼人からは一言『派手にやれ』との事だ」
ラウドの事だ、ジャズとやらの救出は建前で『派手にやれ』が本音だろう。 どうせ敵対してるギャングへの威嚇が目的だ。
「注意事項として今回の依頼はコーポセントラルからは相当の距離がある。 よって現地への補給は不可とする。 可能な限りの装備と武装の上、依頼に当たれ、以上。 質問は?」
即座にルナが手を挙げる。
「なぜ15歳の少女がギャング組織と関係を持っているのですか?」
「ギャングなんてそんなモンよルナ。 ラウドも、敵方も」
ギャングにとって駒の年齢なんて関係のない話だ。思い通りに使えてあわよくば金になればいい、その程度でしか無い。連中は金と権力の亡者だ。
「その通りだ。前提として依頼人も敵対象もギャング。 倫理的常識は通用しないものと考えたまえ」
「……了解」
ハァ、とルナがうなだれてため息をつくとラスティが手を挙げた。
「一応だがミッド・ローについて教えてくれ。俺とイノは何度も行ってるがルナは入隊から日が浅い」
ウィンストンは表情一つ変えずに口を開く。
「……ミッド・ローはガラスのスラム地区の総称だ。治安レベルは最低。 隣接地域はミッド・サイド、コーポインダストリアルヤード、そして境界地区」
「地域特性としては非常に雑多で入り組んだ低層建築が延々と続く。 企業圏とは別の屋上文化が存在している」
「戦闘面での特徴は?」
一番大事なのは所なので口を挟む。
「遮蔽の多さと接近戦だ。 地上・屋上問わず建築物が多いが耐久性は保証できん。 地域住民の生活用品野外放置が深刻で視界も悪い。 足場は不良、舗装の質も非常に悪い」
ミッド・ローの特徴はウィンストンの言った通りだ。 全体がスラム化してるので舗装修復はまともに行われていない、下手すると車がスタックする。
住民はと言えば非常に金に飢えた貧困層だ、スタックした車を囲んで金になるパーツをちぎって逃げるくらい気合の入った貧乏人共である。
「敵の質はどうだ、FM69の組織レベルが知りたい」
「そこらのゴロツキだよ、君らの敵では無い筈だが不意の交戦には警戒したまえ。質問は以上か?」
二人の目配せを受け取り、特に無い事を表明するべくウィンストンに頷く。
「では装備を整えて地上に向かってくれ。 カンパニーの輸送員が君らを可能な限り作戦区域近辺に運ぶ。 作戦開始は1時間後、くれぐれも装備には気をつけたまえ。以上」
私たちは敬礼で返答しブリーフィングルームを後にした。
「……ラウドさん、そういう人間だったんスね」
三人で薄汚れた階段を降りているとルナは心底嫌そうな顔をして前髪を掻いている。そんなに意外な事か?
「何回も言うようだけどギャングなんてそんなものよ……あいつらは金が全て、金になるなら何にでも手を出すし誰だって使う。 今回の子だってそれは承知の上よ、その上でヘマしたワケで」
生まれた場所が悪ければ生まれたその日にギャングが祝いの品を持ってくる。 受け取れば晴れて連中の仲間入りで受け取らなければ制裁。それがギャングのありふれたやり口だ。
「……口悪いだけだと思ってたんスけど」
「この業界でやってくなら行儀の悪い連中とも付き合う羽目になる。今日はお前にとって最悪の社会勉強になるだろうな」
ラスティも私も慣れきっているが、おそらくコーポ家庭出身のルナにとっては中々ハードな現実かも知れない。
「……まあ、やるっスよ。 チームっスから」
「頼むよ、アンタのネットダイブで私たちを助けて頂戴」
そんな話をしている間に女子ロッカールームにたどり着く。
ーー自分のロッカーに端末を接続し認証、ロック解除。 今回の装備を考える。
ミッド・ローでの取り回し、交戦対象 と不意の戦闘を考えるとアサルトライフルはいらないだろう。 それよりも戦闘回数が増えることを想定した方がいい……弾薬が軽くて……正確……
バックパックにつけたままのライデンは論外だ、そもそも補給が受けられない状況ではショットガンの装弾数で事が足りるとは思えない。 遭遇戦には有利だろうがそれだけだ。
……ムサシ スズメザシ8.08mmマイクロロケットランチャー……さらに論外だな、銃本体が重ければ弾薬も重い。 そもそもゲットーにロケランなんか担いで行く必要がない、大型ドローンも警備ロボットも企業じゃないと扱えない代物だ。
……サカイカスタムのIoPサンダーM7A4……45ACPのフルカスタム・ピストルキャリバーカービンか。
スチールコア・フルスチールジャケット弾を使えば全身サイボーグ相手でも有効な攻撃が可能。
マガジンは規格品で素早いリロードが可能なジャングルクリップ付き、装弾数は30×2。
バレルより長いハンドガードは銃剣代わりになる鋭利な断面のスピアタイプ、アングルドフォアグリップ……これで良いか。
サイドアームはいつものサカイカスタム製アーバンレース1911 スカイカスタム。 スライドは空色……サカイに無理言ってこの色にしてもらったんだった。
長めのマスブレードは……ムサシのクロガネ"15……純粋な質量と硬化鋼のタントーブレード…というかプレート、重量1キロ。これで良い。
バリスティックお手製のプレートキャリアとバックパック用のセラミックプレート……は要らないか。 運びじゃないならバックパック自体必要無い。
メディカルポーチの中身は3本の軍用ネオオピオイド鎮痛剤の注射器と5本の軽い鎮痛剤、それと3本の精神安定剤……隠密に事を済ませるための強鎮静剤を5本、包帯2ロール……
「これも入れとこ」
クドーから説教付きでもらった軍用応急処置スプレー缶を僅かに残った隙間に捩じ込みポーチを右太腿に固定した。
「んーーどうするっスかねぇ〜〜」
ここからは見えないがルナが唸りが聞こえる。 一体どんな装備で来るのか」
……それにしても久々の重装備だな……マガジンが2×4本で3.2キロ、銃がホロサイト込みで3キロに装填済みマガジンが1.6キロ。
クロガネ"15が1キロ、サイドアームのカスタムM1911とマガジン2本が1.3キロ。
前後にシアシックプレートを入れたプレキャリが3キロ。 プレキャリはしっかりと体に合わせてあるからそこまで重たくは無いが武器が重い。 総重量は体感で15キロ程度。
あんまり走ったりはしたくないな……暑いし……。
弾数が少し心許ないが45ACPなら現地調達も出来なくは無いか……よし、行こう。
「お待たせ、ってラスだけ?」
「みたいだな。 正面戦闘はお互い久々か?」
「屋上飛び回る方が好きだからねぇ」
ラスティの装備は……
えっとこれは……思い出せないな。 多分10×48mm弾のスナイパーライフル……DMRか? 構造はブルパップ。 見た目的にはセミオート、マガジンはジャングルクリップでおそらく20発装填。照準器はクレアボヤンス社の中距離用デジタルスコープ『センリガンQ-689』
サイドアームはウンディーネのマーメイド8だろう。 8×15mmのスマートロケットを使用するスマートSMGだ。 体にスマートリンクが入っていれば多少狙いが甘くとも企業秘密の泳ぐような低弾速弾道コントロールで命中が期待できるとか……私はスマートリンクを入れてないからよくわからないけど……。
プレートキャリアは私とお揃いだが使い込まれた風のバリスティック製シアシック・プレートキャリア。確か一緒に買いに行ったんだっけか、懐かしい。
「相変わらず重そうね、流石は重サイバネというか」
「体感じゃ大した重量じゃないさ、対物射撃装備の方が遥かに重い」
今回は徹底した対人戦になるだろうと共通の経験則が働いている気がする。 お互いに対ドローンは捨ててる装備構成だ。
「お待たせしたっスよ〜おもおも……」
ルナがふにゃふにゃした声をしながら現れた……なんだそのバカでかいバックパックは……。
「ルナ? ピクニックでも行くの?」
中に何が入ってるかわからないバカでかいバックパックとサイバーネコミミがまず目につく。安そうなプレキャリには大量のグレネード。 アホか……。
「え、だって相手ギャングっしょ? 爆弾たくさんあった方がいいかなって思ったんスけど」
「リュックにたくさん入れてもすぐ使えないでしょ……ちょっと貸しなさい」
ルナからバックパックを剥ぎ取って中身を見る。
……満載のグレネードだ!
「……これはしまっておいで、ダイバーなんだからアンタは重装備しなくていいのよ」
「背中は俺らが守るからな、動きやすい格好してこい」
「え、え〜〜……」
埒が開かないのでクソ重いバックパックとルナを引きずってロッカールームへと向かう。 ちゃんと教えてやらないとまずいな……。
「ーーダイバーなんだから冷却と機動性優先でいいのよ、無理に前線に立とうとしなくていいの」
「……役立たずじゃないスかそれじゃ、危ない事はあーたら任せで……」
ルナはワイバーンに撃たれた時並みにしおらしくなっている。
「ダイブで助けてくれるんでしょ? それでイーブンよ」
「でもあーたらは銃でドンパチじゃないスか、うちは」
「新人は黙って先輩の言うこと聞きなさい」
ルナを黙らせて安物プレキャリのベルトを絞る、ベルトが緩すぎる……。
「銃は……あんま持ってないか」
ロッカーの中にはハンドガンが二丁にサブマシンガンが一丁、貧相という他無いな……。
どれもメーカー出荷品だな……まあ自衛するには十分だろう。
「役割をはっきりさせるとアタシとラスが前衛。アタシが真正面を切ってラスがその後ろから撃つ、でアンタはそのもっと後ろか確保した回線からアタシらの目になるの」
「それって役に立てるんスか?あーし」
「やれる事をやるのがチーム、なに臆病になってるのよ」
以前にもダイバーと組んだことはあるがそいつはピストルだけぶら下げて敵の回線に悪さをしていた、敵の位置をひたすら送信してきたり暇があればサイバーウェアを爆破したりだ。
ルナがどこまで出来るかは不明だが走りながらドローンをハックで落とせるくらいの実力はある。
「メインはこのサブマシンガンでいいでしょ、マガジンは2本で十分」
「……足りなくないすか?合計90発って」
「アンタは何人殺すつもりなのよ? ゲームじゃないんだから自分が走れる範囲にしなさい」
「殺す……って、そんな物騒な……」
「……?」
言ってる意味がよく分からないのでスルー。
「そういえば双子のとこで買ったドローンはどうしたの」
「それならパーカーの袖に入れてるっス」
バリスティックからもらった着物袖パーカーか、カワイイだけじゃないんだな……。
「……そのネコミミとレンズ無しメガネは?」
スリングの長さやら、マガジンの位置やらを調整していると頭に乗ったブラックカーボンフレームのサイバーネコミミとレンズと上のフレームの無いメガネもどきが気になった。
「近距離探知センサーアレイと網膜プロジェクターっスよ、サブディスプレイっす」
「なるほどね……これで良し。 行くよ」
「りょーかいっスよー……」
私たちはロッカールームを後にした。




