Chapter 1-7-4 傭兵バック・イン・ダ・フッド〔結〕
Q 1年以上開きましたね?
A ナイトシティに行ったり就職したり夜渡したりしてました。
「いつも通りスペリアG5だな。こんな高級レーシングオイルを1000キロで交換するやつなんざこのバカの街でもお前だけだよ」
「前回のオイル交換時から869kmの走行ですが、走行状況の内訳としては重積載・高回転の状況が多かったので私としても交換していただけると助かります、Mr.フィラー」
「この通りだ、頼む」
ルナと一緒にナックルヘッドに戻るどういう訳か見知った優男顔とその従者とでも言うべき車載AIのマリーがいた。 ずいぶんな偶然である。
「相変わらず景気がいいんだなぁ!羨ましい限りだ!」
値段表をチラ見したがそこらの飲み屋で4人で飲めるレベルの金額である。
「しかし随分早い再会じゃない? 三日とか新記録でしょ」
「ここを紹介したのは俺だしなぁ。正直出くわすとは思ってたよ」
「この前はマジで助かったっスよ……ホントどうも」
「いい腕してるだろ、あの医者。その様子じゃ復帰もすぐだろうな」
ルナはへっちゃらと言わんばかりに腕をグルングルンと回した。
「んでぇお姉さんや。リペイントがどうとか言ってたよな?」
ラスティのバイクをメンテマシンにセットし終わったアルは良いデブ顔をボヨンボヨンさせながら喋り出す。
私のバイクはと言えば三段シートもマフラーも標準仕様に交換し終わって引き渡しを待っていると言った具合だった。
「ええ、出荷カラーっぽくしてほしくて。だって……ねえ?」
今のペイントはお世辞にもセンスも品もあるとは言えないザマだ。クソ目立つ安っぽい紫色にしたがる神経が全く理解できない。
「出荷カラーか、それなら話が早いぜ、今すぐに終わる。オレ様の『手』で一瞬だぜ」
「へえ? 手で一瞬?……」
どうにも《一瞬》らしい。
「それマジで言ってるの?」
「バスタがクソバカだったのに感謝だな。……どれ、そうだこの辺に……掴んだぜ……」
アルは何やらプラスチックのヘラをタンクの下に潜り込ませるとシートのようなものの端をつまんだ。
「アスカってのはなぁ、美人なバイクなんだよ。日本製品の侘び寂びっつーか、まるでウチのカミさんみてえに大和撫子なデザインなんだな。 それを汚すだなんて、俺にゃ出来ねえってワケで……」
そりゃ随分グラマラスで黒髪が肌に流れるような麗しさ……違うか。 それはそれとしてボローニャじみた指先で摘まれたシートが引き延ばされベリベリと剥がれ、パールマイカホワイトの地肌が現れた。
「ま、塗ってねえってワケさ。あのバカなら気づかねえと思ってフィルムで手ェ抜いたんだが、こんなふうに役立つとはな!今日の酒は美味くなりそうだ!」
新車同然の輝きだ。煌びやかではあるが、しかしながら淑やかさのある塗装。
「……素晴らしいわ。 これよこれ、この派手ではないキラキラした感じ……良いわね……」
「お気に召したなら何より! アスカはこうじゃなきゃな!」
シラドリ社のカラーリングは実に上品で、カラーリングで選ぶ人間がいる程だ。 これを汚い紫に塗るなんて……やはりバスタとやらは死んで正解だったようだ。
「急場凌ぎで用意したが、気に入ったのか?イノ」
レーシンググローブをポケットに押し込みながらラスティは笑っていた。いつもの対物ライフルは今日は留守番らしく背中がお留守である。
「だって腐ってもシラドリじゃない? いいバイクじゃん?」
「いいバイクなのは認める、そうそう壊れないしな」
「確か日本ウィング社の血脈だっけ? 今だにカブは走ってるもんねぇ」
翼のマークの自動車メーカーの伝説は未だ健在だ、製造から百年は経ってるそうな原チャリすらミッドサイドでは元気よく走っている。
「ウィング社か……一度でいいからナナハンとやらに乗ってみたいものだが、現存しているのかも怪しいな」
「750ccの2倍以上を乗りこなしながら……不思議ね、マリーがむくれるわよ」
「ドリーム750FOUR 私達二輪車の歴史に於ける確かなターニングポイントでした、かつてのライダーたちはその走行免許を得るために合格率1%の試験を乗り越えようと努力したと、データにあります」
マリーが口を挟むなんて珍しいこともあるものだな……基本的に彼女は人の会話に割り込むような真似をしない。
「1%……ねぇ、アタシらなんてブレーキ踏めてクラッチ切れたら即免許発行だったわよね」
どれだけ厳しい試験だったのか、現代でやったら試験官がバラバラにされそうだ。
「そしてその直後に事故で死ぬのが50%だ」
「そしてその半年以内に死ぬのが30%だな!!! 残り20%がお前さんら愛すべきバカどもってわけよ!!」
今度はいいデブ顔がボヨボヨしながら笑う。
こうもみんな笑ってると楽しいな……しあわせ
「さーてラスティ、オイル交換と各種チェックは少し時間をもらうぞ。 散歩でもしてこい。 俺はマリーとよろしくやってるからよ……」
「セクシャルハラスメントを検出しました、狼藉はお控え願います」
「おーこりゃ悪い悪い!!!ついな!ついつい!!」
「何がついついだい!アタシがいながらそんな事やってるとスシ全部平らげちまうよ!!」
二階からマユミの怒号が飛んできた。 本当に賑やかな店だ、人間らしさしかない、これぞミッドサイドって感じ。
「じゃ、頼むぞ」
ラスティは笑いながらパイプ椅子から腰を上げる。 それにしても相変わらずデカい体だ。
「話、あるんだろ? 店の裏に行こう」
「ええ、話がね。 おいでルナ」
売り物のバイクの光り輝くディスクブレーキを眺めていたルナに声をかける。
「ルナ?」
「へっ? はいはい、行くっスよ〜」
「ーーしかしさ、アンタの体ってホント硬いよね」
ナックルヘッドの裏手に向かいながらラスティの腹を裏拳でノックする。 コイツの腹は皮下アーマーをインプラントしているから本当に硬い。
「ルナもやってみ、かったいから」
「えー…………。……いいスか?」
「構わないが……」
おずおずとルナはラスティの腹をノックしはじめる。
「かった、マジで人間……?」
「それはサイバネハラスメントってやつだぞお前……」
「硬いっしょ、抱き心地も抱かれ心地も悪いんよね」
やべ、口が滑った
「え、そういう関係なのアンタら」
ルナがものすごく怪訝そうな目でアタシらを見る。やっちまった。
「あー……えっとね」
何がいい誤魔化しはないか……例えば……普通にハグとか、そういう意味で……そう、うっかり抱き付いたってことにして……。
「一晩の過ちってやつだ、ルナ」
「そうよ、それ。 うっかりね」
ナイスレシーブだラスティ、流石は私が認めたスナイパーだ。
……いや隠せてないぞ、何も隠せてない、何言ってくれてるんだコイツは……。
「……セックスしたんだコイツら……」
ルナは言葉で形容し難い表情をして私らを高速で交互に見る。
「いや、うん。うん……シたけど」
実際問題、事実だ。 あんまりにムラムラしている時にラスティの家に転がり込んでアレを握っちゃったのが事の原因である。
「まあ、そういうこともある」
ラスティがこちらに近づく。
「(お前なぁ……)」
「(ごめんて……だってアンタ本当に硬いんだもん……)」
「(人を盾にした事がありながらよく言う……)」
「うげー……こんな人たちとチームっスかあーし……」
絶妙な気まずさのまま、店の裏手に辿り着いてしまった。
「吸う?」
「たまには貰おうか」
「頂くっす」
全員にタバコを渡してシガレットキスで火を分け合う。
空はそろそろ夕方を香らせる頃合いで水色に少し紅茶を垂らしたような様相。 時折、恐らくコーポの飛行車両が私たちに影を落としながら企業圏へと向かっていく。
三角形に囲みながらチリチリとタバコの火がフィルターへゆっくりと進む。 細かな灰が花弁のように落ちては風に溶けていった。
「……で、チームイノセント結成か」
口火を切ったのはラスティだった。
ずいぶん安直だな……。
「……もう少しセンス無いわけ? 流石に直球過ぎるでしょ……」
「傭兵チームに洒落もなにも無いと思うけどなぁ……」
「ンー……」
再び沈黙。
「……」
「……」
「ンーーーー……なんか思いつかないモンっスかねぇ……」
ルナは腕を組んでンーンー唸りながら左右に腰を捻っていた。
「イノセント……ルナ……ラスティ……」
「I……L……R……」
「却下だな」
日本刀じみて鋭い即答。
「一番最初に単純極まりないのを出したくせに却下かアンタ」
「コネクターの名前みたいだろILRじゃ」
「それもそうね……」
「ンー、ンーンー……」
口元の揺れでタバコの灰の塊が折れて落ちる。
灰か……。
「灰……灰……アッシュ……」
「アッシュか。 チームアッシュ……もう一捻り欲しいな……」
「灰っスか……なんか儚くて縁起悪いような……」
「アタシらなんてタバコどころか火のついた導火線みたいなもんでしょ……」
「ウェー……」
ルナの口元のタバコがふっと灰を散らした、EMOでみた桜の花のように……。
「花……灰……アッシュ……ブルーム……」
「アッシュブルーム……灰の花か」
「悪く無いっスね、チームアッシュ・ブルーム。灰花部隊」
決まったな。
「んじゃ、アッシュ・ブルームこれにて結成ってコトで。 精々死ぬまで楽しくやりましょ」
「俺の目が黒いうちは誰も死なせないけどな」
「そうっスよ、口開けば死ぬ死ぬってホンットに縁起悪いんスから」
二人の言葉でふと気づく。 確かに私は『死』を口にする事が多い。
「……そうね……」
危険を承知でこの仕事をしている。
何の為かは最早覚えていないし、今更何の為かを定めるつもりも無いが……少なくとも死ぬ為にやってる訳でも、やってきた訳でも無いのだけは確かだ。
「じゃー……精々生き抜いてやりますか! この夢の街を」
「夢の街をな」
「へへ、夢の街を!」
ーーかくして私たちは傭兵部隊『アッシュ・ブルーム』としての一歩を歩み出した。
メンバーは私こと死にたがりの屋上族イノセント
猫っ被りのネットダイバー ルナ
優男の凄腕スナイパー ラスティ
この先の運命は何もわからない。 分かるはずもない。
三日もすれば欠けるかもしれない。
もしくは全滅するかもしれない。
現実は悲観視する事が前提な程に悲惨で過酷。
銃弾と死、刀身と流血、金と搾取、暴力と悲劇こそがこの街、この仕事の拍動だ。
それでもこの三人ならどうにかなる、あるいは生き残れるかもしれない。
……生き残ってどうするかはきっと今考えるべきでは無いだろう。
久々の人の温もりに絆されたのか、そんな思いが今は浮かんでいる。
死も生も背中合わせの世界で、はたして私達はどこまで生けるのだろうか。 その先を見る為に生き延びてやるのもいいのかもしれない。
……我ながら不安定な考えだが、この考え自体は間違ってはいない筈。
「……じゃ、戻ろっか」
「だな」
「りょ〜」
私達はタバコを踏み消して店の中へと戻った。
「ーーさてイノセントちゃん、新しいPALのアクティベートと人格構築の時間よ?」
店に戻るとマユミが正真正銘私の物になったアスカにラップトップを接続して待機していた、そういえばPAL AIの交換も頼んでいたっけ。
「はい、どうすればいいのかしら?」
にしてもすんごい肉感のお姉さん……お姉様? だ、カッコいいなぁ……。
「バイク、欲しいのか?」
「ちょっと興味あるんスよね……でもココにあるバイクはちょっとデカすぎるっつーか……」
視界の端のルナとラスティは他愛も無い会話をしている、ラスティがルナの相手をしてくれているのは助かる。
「ニューラルリンクは……インプラントしてるみたいだねぇ、ケーブル貸すからアタシのラップトップに繋いでちょうだい」
「わかったわ」
言われるがままに渡されたオイル汚れのついたADDケーブルの片方を頸の端子に接続し、ラップトップに直結しICEを介して接続を許可。直後、電子視界に青いフレームで縁取られたウィザード画面が描写される。
『Personal Assistant Logic for Moto Activation Tool kit Ver 7.55.6A』
『パーソナルデータを読み込み中……』
ウィザードのプログレスバーが順調に進んでいく。 私のデータを読み込んで何をしてるのだろうか。
『名称:未登録
通称:イノセント
職業:傭兵
性別:女性
血液型:O(Rh+)
免許通番:G-49-25643712-1
以上の内容を登録します
OK NO』
とりあえずOKを確定。
『あなたが必要とするPAL AI人格を選択してください
・一般型男性
・一般型女性
・一般型少年
・一般型少女……』
ザーッと表示される人格プリセットを眺める、軽く50項目はありそうだ。 粗暴型男性や執事、秘書なんかもある。
粗暴男性はファッカーみたいな喧しいやつだろうな、選択肢には入らない。
執事・秘書はマリーのような感じだろう。 どうしようか……あまり自分のバイクが人間っぽいのも落ち着かない。
……無機質型女性……発言頻度は最低限か……これにしよう。
『PAL AIを構築中 ユーザー性格傾向をスキャン』
「性格までスキャンするの、コレ?」
「案外大事なのよ、性格によって必要なアシストも変わるから。 事故起こしやすい性格とか聞いたことない?」
「それもそっか」
『ユーザー性格傾向をアップロード中』
「……はーん、なるほどね。 この街の傭兵にしちゃ珍しいタイプね、アナタ」
「え、なんて判断されたワケ……?」
こちらの電子視界にはスキャン結果は表示されていない。
「秘密よ。覗き見してブチギレたアホが昔居たからね」
「む、むう……」
『PAL AIの構築を完了。
ウィザードを終了します』
完了したらしいのでケーブルを接続解除する。
「よーし終わった! スイッチオンしてみな」
「案外早いわね……」
言われるままエンジンキーを差し込みONまで捻るとメーター内のPALインジケーターが青く点滅し出す。
「……PAL 起動しました。 初めましてライダー イノセント。 私に名前を与えてください」
無機質な、だが冷たさを感じさせない声色の電子音声が再生される。 名前か……。
「……リリー。 あなたの名前はリリー」
「認識しました。 シラドリ アスカ800車載PAL リリーです。これからよろしくお願いします」
「全行程完了、お疲れさん」
PALインジケータが消灯した。 設定通り口数は少ないようだ。
「……ルナにリリー、あーたってネコみたいな名前つけるの好きなんスか?」
「え?ダメ?」
ルナが肩口からニュッと顔を出してくる、首に触れる猫毛がむず痒い。
「ヒトにまで適用するのはやめた方がいいと思うっスけどねぇ、いやウチはいいんスけど」
「ちなみに今まで一番ひどかったのは『タマ』だ、ルナはかなりマシな方だぞ」
どこの誰だっけなぁ……なんかいけ好かない女だった気がするなぁ……今はウィンストンの傭兵部隊にはいないはずだ。
「あー…そんなのもいたっけ、生きてんのかしら」
「ひっっどいなぁ……」
「あんたより使えないくせにビッグマウスだったからねぇ……」
「え、それってあーしが使えないって遠回しに言ってます?ねぇ?」
「そんなこと言ってないってば、アンタいなけりゃあの場面でドローンは3機は増えてたんだから、助かったよ、ルナ?」
「んみー……………………」
なんか段々とめんどくさい女の雰囲気出てきたな……改めるべきは部屋の殺風景さより性格なんじゃ……。
「よぉーーーーし!!!終わったぞラスティ!!オイルはスペリアG5!!減ってたクーラントも足しといたぞ!!」
「アンタは声がデカすぎるのよ!!」
アルとマユミのバカデカい声が店中に響いた。 この話はこれで終わりだな。
「ーー水温40℃ 油温75℃ バッテリー電圧13.1V 走行可能」
支払いを終えてエンジンを掛けるとまだ聞き慣れないアスカのPAL音声が流れた。 そのうちこのロボ声にも慣れるだろう。
「ーーじゃ、次会うのは初のチーム出撃になるのかしらね」
ルナを後ろに乗せたアスカのアイドリング音はメンテ前より大分大人しくなった、やはりメンテ不足だったようだ。
「そうだな、そいつの腕が治り次第ウィンストンからチーム指名で仕事が来るだろう」
「誰から来るかね、まあ三人だから上手くやれると思うけど」
「まー、ネットなら任せてくださいよ、ウチがやってる間は二人がウチを守ってくれれば繋がってる範囲はどうにかするんで」
「なんせウィンストンの部隊じゃ久々のチーム傭兵だ、運びの仕事は来ないかもな」
ってなるとフツーに戦闘とか鎮圧とか、要人救出とかか。
「ウィンストンからすれば嬉しいだろうな。仕事の幅が増えるんだ」
「その分私らのリスクは増えるんだけどね」
「リスクなんてのは踏み倒すものだろ、その為の準備と技術だ」
そこは認める。 拳銃とライフルだけで生き残って来たのは一重に自分の技術だという自負がある。
「……じゃ、また会おう。 俺は帰る」
「んじゃね、また仕事で会いましょ、ラスティ」
「おう」
短く答えてラスティはスロットルを捻りいつも通りの凄まじい加速で私の目の前から消えていった。
「……んで、あーたはどうするんスか? あーし送って、どこいくんすか?」
後ろのルナがフワフワした声で喋り出す。
「物置みたいな家に帰るよ。 明日も適当な仕事やらないといけないし、補給もあるしね」
「……疑問なんスけど、あーしみたいなネットの家がある訳でもないのに、平気なんすかそんな家で」
別段気にしたこともない……家なんてのは私にとって補給地点でしかない。 通販で届く弾薬を回収出来て装備を整えて体を流せればそれでいいのだ。
「ん? 別に平気よ。 寝てシャワー浴びれれば充分だもの」
「……あーたって、別の意味で殺風景っスよね、心が」
よくわからない意味だな……そう見えるのかしら。
「まあ、仕事出来ればいいのよ私は。 ……生きて仕事出来りゃ、それでいいの」
スロットルを軽く捻る。 これ以上暮らしを踏み込まれてもお互いにいい気分にはならないだろう。
「ま、家まで送るよ。 怪我が治ったら現場で会いましょ」
「……わかったスよ。 デート、そこそこ楽しかったっスよ。 イノセント?」
……それならよかった。
「そ? また遊ぼっか。 その内ね」
スロットルを捻り、夕焼けに燃えるミッドサイドを私たちは走り出した。
これにてChapter1は終わりです。




