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怪我で引退した天才竜騎士とそのパートナーが辺境の町で人助けをしながらスローライフを送る話

作者: 十六夜

竜と人が共に手を取り合う世界、セフィロト。

しかしそこでは、神話の時代からの宿敵――――魔族が度々世界を危機に追い込もうとしている。

理由は今もなお、解明されていない。

だが、だからといって何もせずただ指を加えている訳にはいかない。

そうして人は竜に跨り、共に戦い、世界を守り続けてきた。

 

――現在も、至る。


アイン・イェソドもそのうちの1人であり、パートナーの竜であるルカ=ガブリエル含む10人と10匹の人と竜を筆頭に……そして多くの竜騎士たちと共に魔族と戦った。

魔族戦争。

多くの犠牲は払ったが、それでも勝利を勝ち取りそれは世界中で喜びを分かちあったのだ。

犠牲を悲しむ声も決して少なくはない。

だが、それでも、その瞬間だけは、皆喜んだ。

勇敢な竜騎士たちと、その最前線で最も危険に晒されながらも果敢に挑み続けた彼らを、多くの人々は賞賛し英雄と称えたのだった……。


「本当に残念だ。そなたのような人材を失うのは惜しい」

「いえ……このような怪我では今まで通り武器を振るうことなど出来ません。皆の足を引っ張るだけでしょう」

「最前線でなくとも良いではないのかね?特にそなたのパートナー……ルカ様は、その方が得意であろう」

「俺の家は竜騎士の名家です。そんな家の出の者が、どうして最前線以外で立てるというのでしょうか」

「……分かった、そなたは良く働いてくれた。そんなそなたにたいして無理強いをする方がおかしな話であったな」

「お分かり頂けたようでなによりです」


夕暮れの色が差し込む上等な部屋。

そこでは竜騎士の青年と、青年よりも立場が高いと思われる……上等な服装を見に纏った初老の老人が、何やら真面目そうな顔つきで会話をしていた。

青年――――アイン・イェソドはツンツンとした紫の髪を揺らすことなく、初老の老人と向き合っている。

老人はそんなアインの様子を、何処か半ば呆れた顔つきで溜め息を吐いた。


「……そなたの考えが透けて見えておるぞ。まあいい、どちらにせよ……魔族戦争ほどの大きな争いは恐らくもうないはずだ。ならば、周辺地域で地域貢献をするというのもまた、1つの仕事であろう。竜騎士として」

「仰る通りです」

「ならばもう行くがよい、そなたのパートナーが待っておるのであろう?」

「ありがとうございます、失礼しました」


老人は軽く会釈をして去っていったアインの背中を見送る。

やはり何処か名残惜しそうにしていたが、自身の仕事を行うためにまたペンを取ったのであった。


「……あら?もうお話は終わったんですか?」


アインが老人の部屋から立ち去って暫くして、ふと声を掛けられた。

声がした方に振り向くと、ぶわりと風が吹く。

一瞬目を閉じ、そして視界が開けるとそこには長く美しい銀髪を揺らしその頭には角を生やした少女――――ルカがいた。

ルカの背には翼が生えており、先程の風はルカが起こしたものだと理解したアインはあまり表情を動かさず視線だけ送る。


「まあ。一言も喋ってくれないんですか?薄情ですねぇ」


しかしルカはたいして気にした様子をせず、再び歩き出したアインの後ろを着いていく。


「適当な言葉が思いつかない」

「何でもいいんですよ。"ああ"でも"うん"でも」

「それをわざわざ、お前に言う必要あるか?」

「それもそうかもしれませんね。今更私たちに、薄っぺらな言葉語りは不要。ただ私たちは、有るだけ」

「…………」


静かな足取りで、アインとルカは静かな廊下を歩いていく。

傍からみれば、非常に淡白で勝手に見える関係かもしれない。

しかし、言葉を交わす以上に深い繋がりを持つこともある。

この2人をよく知っている人間が通り過ぎる度、それを実感するのだ。


――そうして1つの国から、優秀だった竜騎士とそのパートナーが去っていった。

余生を過ごす安住の地を目指して。


******


「ちわ――ッ!兄ちゃん、姉ちゃん!」

「あらあら、ハリー。いらっしゃいませ」

「…………」


勢いよく開かれた扉から、元気のいい挨拶と共にハリーと呼ばれた子供が訪れた。

それをルカは笑顔で返し、アインは無言で目線だけ送る。


「兄ちゃん!おきゃくさん、だぞ!おきゃくさんには笑顔で出迎えないと行けないんだぞ!」

「あら、言われてますね。アイン」


無言で返したアインにハリーはムッとして、アインの元に駆け寄る。

ルカは助け舟を出すどころか、ハリーに便乗してクスクスと笑った。


「……子供は苦手なんだ」


しかし、アインはぶっきらぼうに返すだけである。

ハリーはそんなアインの反応を分かっていたのか特に癇癪を起こすことなく、まあいいや!とルカに向き直った。


「ねえねえ、今日はアレある?あの綺麗だった……あのお花」


ハリーは少し緊張した面持ちで、そうルカに聞いた。

――ところで。アインとルカは元住んでいた国の辺境に位置する町――『ザカリヤ』に行き着いた。

2人はこの町で素材屋『ナザレ』を開き、商売をしている。

主に、所謂回復アイテムなどの素材となるものを売っているのだが、料理や日曜大工でも使われるようなものも販売しており冒険者に限らずそこに住んでいる人達に密着した品揃えとなっていた。

そのおかげなのか、素材屋という繁盛しなさそうな店でもこうして頻繁に客が訪れる。


……何故、そんな店を開いたのかというと。


アインは武術には長けていた。

しかし、調合や鍛治の術は一切持っておらず、国から飛び出したは言いものの将来的な金銭の不安があったのだ。

そこで、ルカが言ったのだ。


『人が栄えたところから離れれば離れるほど、珍しいものや良いものが埋まっています』

『それは、土地開拓によって生息地などが減少したからです』

『人が生きる上で、繁栄する上での当たり前の摂理です。人も自然の中で生きています。ならばそれらも、自然の摂理の1つと言えるでしょう』

『けれども、それでもまだ全てが全て、失っているわけではありません。辺境の地ほどその可能性は高くなり、価値があります』

『何も無いと思われている場所ほど……全て知り尽くされていると思われている場所ほど……案外なにかあったりするものなのですよ』


そういってルカはアインを背に乗せ、深い山奥に連れていった。

そして暫く散策しているのちに……国では珍しいものだとして高値で取引されているものが多く見つかったのだ。

その場所は竜騎士でも高レベルの人間と竜でないと中々辿り着けないような場所であり、『秘境』という言葉が相応しい。

限られた人間でしか行けないような場所だからこそ、価値がある。

そしてアインはそれらを幾つか持ち帰り、ザカリヤで開いた素材屋にて売ることにしたのだ。

値段は流石にそれなりだが、それでもリーズナブルな値段で。

ザカリヤに住んでいる人達に、この価値あるものを提供するために。

――その中にあった1輪の花こそ、今ハリーが求めているものであった。


「申し訳ないですね、ハリー。あれは今売り切れてしまっているんですよ。次の仕入れはええと……いつでしたっけ?」

「来月だ。いくら生育が早い珍しい花とはいえ、乱獲するわけにはいかないからな」

「……ということなんです。ごめんなさいね、欲しければ来月まで待って貰えませんか?」


そう告げると、ハリーは悲しそうに俯く。


「そんなぁ……今日アイツの誕生日だからさ、あの花渡したら喜んで貰えるかなって思ったのに……」

「欲しければもっと早く言うべきだったな。予めわかっていたことだろう」

「う……」

「あらあら、そんな言い方する必要はないでしょうに」

「事実だろう」


ハリーの悔しげなその言葉を、アインは淡々と事実を言う。

ルカはそんなハリーを哀れに思ったが、しかしハリーは諦めた顔つきになりそれを否定する。


「いいんだ、姉ちゃん……本当のことなんだから。俺がアイツの誕生日をすっかり忘れていたのが悪いんだし……」

「セリアのことですよね?なんとかなりませんか、アイン?多少ならば問題はないはずでしょう」

「姉ちゃん……」


ルカが問う。

しかしアインは首を縦には振らず横に振った。


「……だとしても、だ。頼むとしてもそれはお前では無い」

「え?」

「あらあら」

「確かに、お前は忘れていたのかもしれない。だが、それだけだ。それ以上の後悔は必要ない。それ以上に自分を責めたところで、悪戯に自分を傷付けるだけだ。ならば、お前が今本当に欲しているものがなにか、それをどうするべきなのかを考えるべきだと思うが?」


アインはあくまで表情を変えない。

淡々としたそんな物言いだが、しかし誰よりもハリーの望みをよく理解している。

そんな言い回しだった。

ルカは最初からそんなアインのことを分かっていたのか、ニコニコと見守っている。


「………………!」


ポカンとしていたハリーの表情に、光が戻るかのようにして明るく色付いていく。

そうしてハリーは勇気を出して、アインに言った。


「お願いします、今日の誕生日でアイツに……セリアにあの花を渡したいんです!きっと喜ぶと思うから!だから、今日だけは……取ってきて下さい!お願いします!」


ピシッと礼儀正しく、ハリーは頭を下げる。

まだまだやんちゃな時期の子供だというのに、大事なところではきちんとした態度でお願い事が出来るのは、この子供の親の教育が良かったのだろう。

そんな丁寧にやられて否と返せるほど、アインは人間を捨ててはおらず……相変わらずぶっきらぼうにだが……それを引き受けたのであった。


******


辺境の町ザカリヤの裏手側にある奥深まった大きな山。

麓周辺は流石に知り尽くされているがこの山は非常に急斜面となっていて、山自体の調査は実のところをいうとほぼほぼ手付かずであった。

……アインとルカがその山に踏み込むまでは。

何故そんな山がこんな遠く離れた場所で、しかもザカリヤといえば冒険したての若者もよく集まる場所で、一部では別名『初心者の町』などと言われているところに、そんな山があるのかというと。


『だからこそ、なんでしょう。きっとこんな山があるからこそ、冒険者なりたてほやほやさんたちは、気を引き締めるのかもしれませんね。人は見えない恐怖にたいして、1番最も警戒しますから』


と、ルカは当然のように答えた。

実際アインとルカが最初踏み込んだとき、下の方では比較的倒しやすい敵が多いのにこの山では高レベルのモンスターがよく出没した。

初心者冒険者でも、見えない恐怖としてそれらを感じ取っていたのだろう。

しかし今ここにいるのは、先の魔族戦争で最前線を掛けた竜と竜騎士。

竜騎士であるアインは怪我で当時のような動きは出来ないものの、それでも高レベルモンスター如きに遅れを取るほどでは無い。

遭遇はなるべく最小限になるように避け、アインとアインを背中に乗せたルカは山の山頂を目指す。

ハリーに頼まれた花は、山頂に咲いていたものだからだ。


『風が気持ちいいですねぇ』

「…………」

『ちょっと遊び飛びをしちゃいそうです』

「……やめろ。俺の存在を忘れるな」

『分かってますよ〜言ってみただけです。相変わらずお堅いですねぇ』


ルカの言う"遊び飛び"とは、竜が乗せている人間のことを忘れて自由気ままに飛び始めることである。

自由気ままに、急旋回してみたり高速で羽ばたいてみたり急下降してみたりとしっかり掴まっていても落ちてしまいそうになるので、その竜のパートナーはしっかりとコントロールをしなければならない。

竜のパートナーとなる人間の致死傷害率は、実はこの遊び飛びによるものも多い。

故に真っ先に訓練される内容とは、パートナーの竜との意思疎通である。


「……雲行きが怪しい、ひと雨来るかもしれない。さっさと済ませるぞ」

『そうですね。少しスピードを上げましょうか』

「ああ、頼む」


アインが姿勢を改めて正すと、ルカは翼の羽ばたきを強め先程よりも早く飛翔した。

この山は雲海が覆っているところがある程高い。

目的の花はその先にあるのだが、普通に行けば空気が薄くなり最悪窒息してしまう。

標高が高いので一気に体温も奪われるのだが、竜の周りには目に見えないほどの薄い膜があり、この中にいればそういったものと無縁になる。

膜がそれらから守っているのだ。

飛翔速度を上げたルカは、その雲海に勢いよく飛び込み、一気に抜け出す。

雲海から一気に抜け出すと、そこは山の山頂。

上げた飛翔速度を落とすために一旦その場でホバリングし、そうしてゆっくりと旋回しながら山頂へ降り立った。


「ふう」


アインを地上へ降ろしたあと、ルカは竜の姿から人型となった。

2人が降り立った場所。

山の山頂では――美しい青の花弁を咲き誇らせた花達で埋まっていた。

その花こそが、ハリーが求めていたものである。

青いゼイランティス。

通常のゼイランティスは白や黄色、ピンクといった色の花を咲かせるがこの場所に咲いているそれは青色だった。

更に通常のゼイランティスにはない、消耗品としての効果もある。


「相変わらずいい香りですねぇ。先程までの体力が嘘のように回復していきます」


それは、消費された体力やストレスなどを魔法の様に回復するものだった。

それに加えて、基本的な状態異常ならば何にでも効く万能薬のようなものもあり、顔には出ていないが少し肩を凝らしていたアインも解消されている。

一般的な回復薬と万能薬を合わせた効果を持つこの花は、一般市場にはなかなか出回らない貴重なものだ。


「ここの花は先日摘んだばかりだ。1輪だけ回収したらすぐに戻るぞ」


と、アインが無表情で言うと、はあいとルカは再び翼を広げ竜の形態を取った。


******


『随分拘ってましたね。確かに品質によっては微妙に効力変わりますけど、あの中だと殆ど差はないように思いましたが?くす……口や顔ではぶっきらぼうでも、貴方はやっぱり優しいんですね』

「……なんとでも言え。今回は誰かに渡すものなのだから、なるべく見栄えが良いものの方がいいだろうと思っただけだ」

『あら?貴方に花の善し悪しが分かるんですか?いつの間にそんな目利きが出来るようになったのやら』

「…………」

『まあ怖い。予想通り雨も降ってきましたし、さっさと降りてハリーに渡しましょうか』


ルカの言う通り、下降途中から雨が降り出してきた。

雨は竜の周りを覆っている膜によって弾かれているので問題はないのだが、それでもゆっくりする理由にもならない。

雨は弾かれても視界が悪いことには変わらないので、お互い十分な注意を払い合いながらルカは翼を広げ風を切る。

程なくして山の麓まで降り、ザカリヤの町が見えてきた。

なるべく早く仕事をして降りてきたのでまだ日が暮れるには早い時間帯だが、雨のせいか明かりが灯っている家屋がポツリポツリと見える。


『ハリーの家は……確かあのお宅でしたね。そのまま持っていきましょう』


そういって、ルカはそのままハリーの家に向かって飛翔する。

あっという間にハリーの家の前に立つとルカは竜の形態を解きアインもその背から降り立つ。


「……すまない、ハリーはいるだろうか」


アインがその家の前に立ち扉を叩くと、程なくしてハリーの母親と思わしき妙齢の女性が現れた。


「はい……ああ、アインさん!ちょうど良かった!」

「……?」

「すみません……あの、ハリーを見ませんでしたか!?あの子、今日はお隣のセリアちゃんの誕生日だっていうのに、まだ帰ってきてないんです……!」


アインだと分かった瞬間、女性はおもむろに縋り付くようにしてそう言った。


「……何時から帰ってきてないんです?」

「それが……お二人のお店から帰ったあと、川魚を釣りに、町外れの小川の方へ行ったきりなんです……今日のご馳走は俺が取ってくるんだ!って言って」

「……まずいな。雨の影響で川が氾濫してるかもそれない。そうなってくると……」

「雨の日の川には危ないから近付かないようにと、良く言い聞かせてあるので多分大丈夫だと思うんですが……」

「あの小川の裏手には急斜面の崖があります。もしかしたら、この雨で崖が崩れるかもしれませんね」


ルカがそういうと、女性はみるみる青ざめて泣きすがった。


「お願いです!ハリーを連れて帰ってください!」

「分かった。直ぐに出よう……ルカ!」

「ええ」


アインが力強く叫ぶ。

すると、その瞬間、その後ろで、それを待っていたかのようにしてルカは竜の姿になっていた。

勢い付けてその背中に飛び乗ると、アインは女性に向かって叫んだ。


「念の為、その小川方面に応援を呼んでくれ!必ず連れ戻る!」

「はい!」


女性は、強く打ち付ける雨にも構わず外に飛び出して一直線に向かい、その家屋の扉を叩いた。

それを見届けたアインとルカは、件の小川がある方面に向かって翔る。

あっという間にその場所に辿り着いたがしかし、ハリーの姿が見当たらない。

訓練された竜騎士ならば、それはさながら猛禽類の如く、遠く離れたものを見つけることが出来る。

故に竜の背に乗った上空からならば、いくら雨が降っているとはいえそうそう見過ごすことは無いのだ。

だがしかし、それでもハリーの姿が見当たらない。

猛禽類のような瞳で辺りを見つめても、なかなか見つけることが出来ないでいた。


『また技術に頼ってますね』


アインは顔になかなか表情が現れない。

だが長い付き合いであるルカは、そんなアインの心の機微を感じ取ったのか、穏やかに語りかけた。


『"海"の表面を見るのではありません。キラキラとした"海"の表面に惑わされてはいけません。あなたが見るべきなのは、それより更に深いところです。それより先の、深淵のような……暗闇、虚無を。そうすれば、あなたは見つけることが出来ますよ』

「……ああ、そうだな」


ルカに指摘され心を落ち着かせたアインは、それらに惑わされないように、隠された獲物を必ず見つけるように"見る"。

"海"と表されたそれは勿論、海では無い。

しかし雨によって視界が悪くなり、泥などを浴びてもいたら保護色の様になって見つかりにくくなっているだろう。

それはさながら、広大な海のように。

ならば、その状態で見つけるのに必要なことは。


「――――――――」


ただただじっと……動きを、呼吸を探る。

ハリーは必ず生きていると信じるのであれば、尚更動きがあるはずだ。

――じっと、見つめる。

上空からホバリング飛行をし、なるべく体に伝わる振動を減らし、精神を集中させる。

これが地上ならば、アインは座禅を組んでいたかもしれない。

そんなさまだ。



見つめる。

動きを待つ。

呼吸を探る。

息を止める。

見据える。



「…………捉えたッ!行け!」


やがて、アインはとうとうハリーを捉えた。

その姿を逃がすまいと、勢いよく海に飛び込むかのようにして突っ込む!


「あ――――兄ちゃん!姉ちゃん!!」


やがて急降下して言った先にはアタリ……ハリーがいた。

なんというか、想像通りというか。

その全身は泥を派手に被ったのだろう、ぐちゃぐちゃで泥まみれになっている。

道理で、見つかりにくいはずだ。

川からはかなり離れた位置におり、この場所ならば川が氾濫しても問題ないだろう。

しかし、やはり近くの崖は土砂崩れを起こしており、その土砂が川に流れ込んでいる。

いつもならば透き通った水流も、今は酷く濁っており最悪の事態になっていなくて良かったと安堵した。


「無事か?動けるか?」

「うん、俺は平気だよ。でも――」


地味ではあるが散々な見た目になっているハリーは存外元気そうだった。

アインとルカを見つけると、泥を跳ねさせながらこちらに向かってくる。

しかしそのハリーが視線をずらし、そちらの方を向くと。


「なるほど、そういうことでしたか」


ぐったりとした子供が、そこに横たわっている。

その子供は――なんと、今日の誕生日の主役であるはずの、セリアだったのだ。


「俺が魚釣りしてるところが見たいっていって、それで……」

「なるほど。ざっと見る限り……1度川に落ちたな?それで水を大きく飲んだ。お前の様子を見る限りだとギリギリ助け出して今に至る、という感じ「」か」

「……当たり。本当は雨が降ってる時は川に近付いちゃ行けないんだけど、セリアが落ちた時はまだ雨が降り始めだったから地面も安定してるし……俺でも助けられるって思ったんだ」

『ハリーは泳ぎが得意でしたからねぇ』

「うん。本当は大人を呼びに行ったりとか、大人に任せた方がいいって言うのは分かってたんだけど……それでも、俺でも出来そうなことなら、俺が助けたかったんだ」


ハリーはばつが悪そうにする。

本当ならばどうするべきか分かっていたからだ。

しかしハリーはそれよりも己の力で救出することを選んだ。

相当悩んだに違いない。

事実、大人を呼びに行っている間にもっと流されて大事になっていたのかもしれないのだ。

そうなってくると、アインでも更に見つけるのは容易ではなくなる。

どんなに鋭い目でも、動きが一切ないものを捉えるのは困難なのだ。


「そうか」


そう考えたアインは、ハリーを易々と責めることなど出来ない。

それが出来るのは、ハリーの母親であるあの女性だけだ。

ならばせめて、その勇気だけは讃えるべきだろう。


「よく頑張ったな。恐ろしかっただろう、みるみる早くなっていく川に飛び込むという行為は。お前は相当悩んだはずだ、どうするべきかを。だがお前は勇敢に飛び込んだ。その勇気は、否定されるべきでは無い。だから俺は、お前の心意気を否定しない」

「兄ちゃん……」


その表情は、いつも通り淡白なものだった。

が、しかし。その淡白な態度の内側には温かさがあることにハリーも、ルカも、気付いている。

だからハリーは反発することなく、己の頭に乗せられ撫でているその手を払い除けようとしない。


「だが、あくまで俺はそうするだけだ。そのせいでお前はお前の母親に心配をさせたのだから、せめて母親にはこっぴどく怒られておくんだな」

「うん!」


やはり何処か、怒られてしまうということに怯えていたのだろう。

子供というのはそういうものだ。

しかし、今のハリーはそれを受け止められるのだろう。

その表情は至極晴れやかなものだ。


『はいはい、ではさっさとセリアの治療をしますよー。ハリー、あなたも怪我をしているでしょう?一緒に治してあげますからセリアの近くに行ってください』

「ありがとう、姉ちゃん!」

『どういたしまして。…………〈ルナエイド〉!』


ハリーが横たわっているセリアの近くにいくことを見計らって、ルカは『魔法』を使った。

『魔法』とは、この世界において基本的に竜しか使えない。

竜に信頼されたパートナーであれば、(その竜に使い方を教えられるので)その範疇でないがそれでも使える人間は少なく、アインも例外では無い。

そんな『魔法』が、セリアとハリーの傷を治していく。

キラキラと月の光を浴びせるかのようにして、その傷口が塞がり失われた体温を元に戻す。


「……あれ……私……」

「セリア!良かった……目が覚めてくれて!」


『魔法』の発動が終わった頃には、それら全てが元通りになっていた。

勿論、泥だらけになったその見た目だけはどうにもならないが。

ハリーがセリアの無事を喜んでいると、遠くから「おーい!」という声が聞こえてくる。

どうやら、ハリーの母親に頼んだ応援がちょうど今到着したようだった。

その中にはハリーの母親は勿論、セリアの両親も一緒で事情を聞いたハリーの母親は涙ぐみながらハリーを叱りつけていた。

雨は今も尚降り続いている。

そんな家族を見かねた町人とセリアの両親は、早く暖かい家に戻ろうと声を掛け、各々も戻っていく。

そんな様子を遠い視線で見つめていたアインとルカは、町長から代表して今回の礼を言われ、2人も家に戻って行った――――。


「お花、渡しそびれましたね」

「そうだな、直ぐに済ませよう」


勿論、頼まれていた花をハリーの元に届けながら。

その折に、一緒にセリアの誕生日を祝わないかと誘われたが、やんわりと断り今度こそ家に戻ったのであった。


******


その次の朝。

先日の雨からは嘘のように晴れ渡り、空は晴天が広がっている。

そんな気分の良くなるような天気だったので、アインはルカに水浴びをさせようと外に出ていた。

当たり前だが竜は大きい。

故に水浴びとなるとその要求される水量は、それはまあとんでもない量になるのだがなんと都合よく昨日は雨。

それも土砂降りだったので、竜が水浴びをしても余るほどには溜まっている。

アインは家の裏手に周り、設置していた水溜場に向かう。

この水溜場はアインが調子に乗って一般的な一家屋分ほど大きさをした、巨大なサイズのものになっているのだが、昨日の大雨のようなパターンだとこのぐらいがちょうどよい。

家の屋根につけた木製の雨戸いを通じて、降った雨水を溜めるシステムはこの辺りだと珍しくはないのだが、こんな大きな水溜場は作った当初、盛大に町人達にも笑われたのは記憶に新しい。

水を溜めるだけならばどの家にも設置されているが、この水溜場はそれだけに留まらない。

雨水なので、そのまま使うと腹を壊す恐れがある為普通は風呂水などで使われるのだが……なんとここには雨水をろ過し、純度の高い"真水"が出てくるようになっている。

これは、ルカの助言のお陰である。

勿論飲水として適切な"水"は出回っているがそれは井戸水であったり、有料販売のものだ。

ルカは水浴びをするにあたってそのままの雨水を嫌ったので、ろ過システムも一緒に作ったのだ。

そしてそのシステムは町人たちにも知れ渡り、有り難られるのだがそれはまた別の話である。

兎に角、そんな水をルカの水浴びとして使うため、アインは大量の鉄バケツを一輪車に積み、汲みにいった。

水を汲み終わりそのバケツを一輪車に積み直して表に出ると、いつの間にかハリーが来ていたらしい。

竜の形態になって寛いでいたルカとお喋りをしている。


「昨日あのままうちでご飯食べていったら良かったのにー。なんで帰っちゃったんだよぉ」

『すみませんねぇ、私達があの場にいても場違いかと思いまして』

「そんなことあるかよー!俺たちのこと助けてくれたじゃん!」

『うふふ、まあそこは……アインが恥ずかしがったからということで、許してやってあげてくださいな』

「兄ちゃん、シャイだもんなー!そんな気はしてたぜ!」


本人のいないところで散々なことを言われているが、今更それでどうこうするアインではない。

一輪車をルカの脇に止め、ルカに水浴びをする為の脚立を立てる。

そしてその上から、持ち上げた水を勢いよくバシャァ!と掛けた。

……傍から見たら、先程の悪口に対して仕返しをしているように見えなくもない。


『きゃっ、冷たいです。いきなりはやめてくださいよぉ』

「いつも通り普通に水を掛けただけだろうが。何かおかしなところがあったか?」

『おかしいですねぇ……いつもと抑揚は変わらないはずなのに、何処か私怨を感じます』

「気の所為だろう」


そういって、アインは更に上から水を掛けた。

減らず口を叩くルカだが、しかし言葉とは裏腹に水を掛けられて気持ち良さげにしている。

そんな様子を見て、ハリーは羨ましそうにした。


「いいなあ。竜と一緒に仲良く過ごせるなんて。俺も将来は兄ちゃんみたいな竜騎士になりたい!……あ、でも。なんで兄ちゃん竜騎士辞めたの?兄ちゃんは竜騎士の中でも天才で、凄い人だって言うのはみんな知ってるよ」


何気なく、ハリーはそう疑問に思ったことを口にする。

アインは水をルカに掛けつつ、それに答えた。


「……利き腕を壊した。普通に生活するなら問題ないが、竜騎士として国に仕えるとするならば問題が多い。幸いもう片方の腕は問題なく動くが、だからと言って以前のような働きは出来ない。だから辞めた」

「そういえば確かに、兄ちゃん見てると右腕をよく庇ってる」

『回復は私の得意な魔法ですが、回復魔法は回復する対象の理解がなければその真価を発揮出来ず、表面上しか治すことが出来ません。恐らくアインの腕が壊れたのは筋肉繊維か神経が切れてしまったからだと言うのは分かりますが、それ以上の具体的な部分が分からないので、私でも治すのは難しいですね。人体の細かい部分はまだ未解明なところが多いですから』

「へー……」

『1番分かりやすい例は、死者の蘇生ですかね。回復魔法と言われてなんでも出来る訳では無い理由の典型例です』


本人の口からでは滅多に言わないが、ルカは1000年は軽く生きている。

そんなルカでも知らないことがあるという事実はなかなか新鮮だ。


『人体に限らず、命あるものの物質の構成というのは複雑怪奇なものですよ。特に心の在り処など、それこそ一生論議されていますが未だにこれと言った解明がされてません。どんな長生きな竜でも分からないものは分からない、ということですねぇ』

「……逆に分かりさえすれば、それが不可能でない限り可能であるというのが回復魔法の恐ろしいところだ。限界の範囲が他の魔法よりも極めて広義的で未知数なのだからな」

『竜は基本的に皆、知的好奇の塊ですからねぇ。分からないことがあると知りたくなっちゃうのが、竜の本質です。いずれ、世界の限界だって超えるかもしれませんよ』


基本、竜だけが魔法を扱える理由がそこに集約されているようだと、ハリーは思った。

いつの間にか話も逸れているし、そんな気質があっての事なのだろう。

……無論、こんな話し方をするのはルカだから故に、というのが事実なのだが。


「えっと、つまり……兄ちゃんの腕は治る見込みは薄いから、竜騎士を辞めたってこと?」

「そうだな」

「それにしたって、じゃあなんでこんな何も無いような町に来たの?辞めてゆっくりするだけなら、普通に元の実家でも良かったんじゃない?」


アインのような"元"とはいえ、才能に溢れた凄腕の竜騎士がこんな所にいるのがずっと不思議でしょうがなかったのだろう。

いい機会だと言わんばかりにアインに詰め寄る。


「――――何も無いようなところにこそ、価値はある」


それは、以前ルカに言われた言葉だった。


「そんな何も無さが俺にとって落ち着くと思ったから、俺はここを選んだ。それだけだ。それに――――」

「それに?」


アインが珍しく、勿体ぶったかのように間を開ける。

そして、アインは言ったのであった。


「こんな何もなさそうなところで!竜と!共に!半生を平和に過ごすこと。それそのものが目的だったからな!」


何時ものクールぶったアインは何処へ行ったやら。

ここぞとばかりに主張している。

それは余りにも単純明快で、怪我云々以上にそれが1番の理由なのではないかとハリーは直感的に思いどんな顔をすればいいのか分からなくなっている。

そういうアインもよく知っているルカはといえば。


『くすくす、本当アインは私達竜が大好きですよねぇ。本当、面白いです』


キリッとしているアインをおかしそうにくすくすと笑ってみていたのだった。





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