第153話 アイドルはすごい
トゥルルル
ひまちゃんの素晴らしい歌のあと、旅館の自室で30分くらい待っていると
自室に備え付けられた電話が鳴った
ガチャ
「はい、もしもし」
「新人か?」
「ああ、そうだよ、父さん」
「今から少し時間あるか?話したいことがあるんだが」
「大丈夫、じゃあもう一回お風呂行こうよ」
「わかった、では、さっきと同じところで待ち合わせしよう
こっちはすぐに部屋を出る」
「わかった、オレもすぐ行くよ」
オレは事前に用意していたお風呂セットを手に取り、部屋を出る
エレベーターホールまで行き、上のボタンを押して、大浴場がある7階まで到着した
少し待っていると、父さんもすぐにやって来た
「悪いな、呼び出して、、それに、さっきも、、」
「いいよ、ぜんぜん、風呂入りながら話そうよ」
「あ、ああ、、」
申し訳なさそうにしてる父さんを見て、オレは穏やかな気持ちで接することができた
それに、
これから話す内容は、きっと良いことだろう
それが確信できているから、父さんといつも通り話すことができたのかもしれない
「さっきは、露天風呂あんまり入れなかったし、あっち行こうよ」
「ああ、そうだな、そうしよう」
大浴場には何人か人がいたが、露天風呂のあまり人がいないスペースを選んで、父さんと並んで湯に浸かる
「いい湯だねー」
「、、新人、さっきは、、
さっきというのは、食事のときのことなんだが、、」
「あー、さっきは怒鳴ってごめん、突然」
父さんがなにか言い出す前に、
自然と謝罪の言葉がでた
悪いという気持ちはオレにもあったのだ
だけど、変なプライドが邪魔して、少し前までは謝る気になれなかった
でも、今は違う
ひまちゃんのおかげで、ひまちゃんがオレのために頭を下げる姿を見て、
オレのおかしなプライドはすっかり洗い流されていた
「いや、私の方こそ、申し訳なかった
おまえの立場も考えず、子ども扱いしてしまって、、」
すかさず、父さんも謝ってくれる
しかも、頭を下げて
父親に謝罪されたのなんて、はじめてな気がした
「、、ううん、オレが突然キレちゃったのが悪いんだよ
実はさ、ちょっと前から、オレ、父さんのこと、苦手に思っててさ」
「、、そうか、、それは、、やはり、あのときの電話か?」
「ああ、うん、そうだね
もうだいぶ前のことだけど、あのときさ、オレ、パワハラで鬱になりかけててさ
そんで、母さんに電話したんだよね」
「、、、」
父さんは黙って聞いている
「でさ、父さんが出たじゃん?
で、そのとき、こんな時間に非常識だろー?
って言ったの覚えてる?」
「あ、ああ、、」
「あれがさ、たまたま、パワハラ上司に言われたセリフと、
たまたまーー、被っちゃっててさ
それで、まぁ、父さんにムカついてたっていうか、
まぁ、そんな感じ」
「それは、、申し訳なかった、、気付いて、やれなくて、、情けない限りだ、、」
父さんは本当に申し訳なさそうにしていた
歯を食いしばっているように見える
あれ?この人泣かないよな?
「あー、、泣いたりしないよね?」
「あ、ああ、、大丈夫だ、、」
言いながら、両手でお湯をすくって、バシャバシャと顔を洗う父さん
大丈夫そうには見えなかった
「ははは、父さんが泣くの、見てみたいかも」
「なにを、、おまえは、、茶化すんじゃない」
「ごめんごめん
ま、それでさ、あの電話の後に、ひまちゃんのライブ配信をYouTubeで見たんだ
そこでオレ、数ヶ月ぶりに笑ってさ
救われたんだー
あの子のおかげで」
「そうか、、それは、、私からも花咲さんにお礼を言わないとな」
「ははは、ぜひそうしてください」
「そんな恩人に、私は何度も失礼な態度をとってしまったな、、」
「あ、それそれ、どっちかというと、そっちの方がムカついてたんだよね」
「、、すまん、、」
「ちゃんとみんなにも謝ってよ
あめちゃんだってオレの恩人なんだから」
「あめちゃんというと、甘梨さん、のことだな?」
「うん、そーそー」
「甘梨さんには、ちゃんとお礼を言ってある
おまえのパワハラ問題の解決に助力してくれたようだな?」
「うん、その通り
母さんからちゃんと聞いた感じ?
あれ?でも、オレ、母さんにあめちゃんのこと話したっけ??」
「はは、そのことは甘梨さん本人から聞いた
得意げに話していたが、本当にすごいお嬢さんだ
頭が下がる思いだった」
なるほど、まさかの自分自身で父さんにアピールしていたのか
さすがあめちゃん
くすりと笑顔になってしまう
「そうだよね、すごい人たちだよ、ほんとに」
「ああ、、それでな
先ほど、花咲さんに色々と気付かせてもらってだな、、」
「あーうん」
食堂でのことだろう
オレが言いたいこと、伝えて欲しいことを、ひまちゃんがすべて代弁してくれた
「改めて、新人」
「はい」
「私はおまえのこと、息子として愛しているし、男として認めている
おまえが企画したお菓子はコラボ期間中、毎日のように食べていたし
とても誇らしかった
私の息子の仕事が世の中に出ているんだ、と、そう思ったからだ」
「、、、」
「新人、よく頑張ったな
おまえはすごいやつだ」
「、、、ははは、、キモっ、、」
めちゃくちゃ嬉しかった
でも、それと同時にむず痒くって、ついふざけてしまう
「な、なんだそれは、、」
「あー、ごめんごめん
父さんから褒められ慣れてなくて
、、うん、素直に嬉しいよ
ありがとう」
「ああ、、
もし、また辛いことがあったら、いつでも連絡してこい
今度は、、今度こそは、間違えない」
父さんは、いつもの強い顔に戻って、そう宣言した
心強い、いつもの父さんだ
なんだか、やっと、父さんの顔を正面から見れたような気がする
「、、わかった、そのときはよろしく
まぁ、もう大丈夫だと思うけど
パワハラヤローが出てきてももう戦えるし」
「そのことなんだが、入院してたことくらいは教えて欲しかったものだな
さっき話を聞いて冷や汗が出たぞ」
「ははは、だって、父さんのこと苦手だったから」
「そうか、、」
「あ、次からは連絡するから
もう苦手意識なくなったし」
「そうか、しかし次が合っては困ることだがな」
「はは、まぁそうだよね」
こうして、父親との確執は綺麗さっぱりお湯に流された
このあとも、自然に会話することができて、2人して湯上がりのコーヒー牛乳をキメてから、解散した
ぜんぶ、ひまちゃんのおかげだな
部屋に戻って振り返ると、改めてそう思った
アイドルはすごい
元気をくれる
ひまちゃんはすごい
いつもオレを救ってくれる
ひまちゃんは最高のアイドルだ
また明日、ちゃんとお礼を言おう
でも、きっと気になってるよな
そう思い、スマホを持って、みんなに事の顛末を説明することにした
それと謝罪だ
特にこと様、オレがキレてるのをみて、めちゃくちゃビビっていた
申し訳ないことをしてしまった
LINEで順番に連絡をすると、みんなからはすぐに返信があり、
仲直りできてよかったね!
という旨のメッセージが届く
色々あった一日だったけど、最後には笑顔で終えることができた素晴らしい一日だった




