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第11話 2度目の乾杯と甘い囁き

「「かんぱい」」


 先輩の隣に座り、グラスを合わせる。お酒は俺が生ビール、先輩は梅酒のロックだ。

 つまみは大将がサービスで色々と用意してくれた。大将の腕はたしかなので、どれも絶品なことだろう。

 しかし流されるままこんな状況になったわけだが、仕事中に酒を飲むというのはやはり変な気分だ。完全に善意っぽい大将はともかくとして、明らかに興味津々で瞳キラキラな墨染さんに様子を窺われているのもいただけない。

 まったく、バイト先なんかで飲むもんじゃないなぁ。


(っと、切り替え切り替え)


 今の俺の仕事は先輩を楽しませること。いつも通り積極的に会話をしていこう。


「先輩ってお酒は何でもいける口ですか?」


 甘い梅酒を舐める先輩に質問する。

 仕事ついでに先輩のことを色々知っちゃおう作戦だ。


「ええ。お酒を飲めるようになった頃、ひと通りは試したから」

「あーやるやる。俺も色々飲み比べました。そして無限に吐きました」

「ちゃんぽんはあまりよくないわよ。自分の限界量もちゃんと見極めないと」

「あはは。今はもうちゃーんとわかってますよ?」


 それでもたびたび吐くまで呑んでますが。異名までもらっちゃうくらいには。


 言いながらビールを一気に流し込んで、さらにもう一杯注文する。


「調子いいんだから」


 呆れたようすで先輩は微笑んだ。


「ちなみに、先輩の1番好きなお酒は?」

「うーん、やっぱりビールかしら」

「奇遇ですね、俺もです」


 居酒屋でカシオレ頼む女はぜったい信用しない。


「でも先輩、苦いのダメなのにビールは飲めるんですね」

「……なんかバカにされてる?」

「いえいえ、お昼は可愛かったなーと思い出したまでです」

「…………っ(グリグリ)」

「痛い痛い!? 先輩やめて!?」


 脇腹をグーで突かれる。

 ぜんぜん痛くないが、俺は大袈裟に喚いた。


「ふん、飛鳥くんだってブラックコーヒーは飲めないくせに」


 ツーンとしながらも先輩は攻撃をやめてくれる。


「ですね。だから俺たち、ブラックコーヒーは飲めないのにビールを愛する仲間です」

「なにそれ変なの」

「なんか嬉しいじゃないですか。好きなものと苦手なもの、どっちもが一致するのって。なかなかないですよ」

「そういうもの?」

「そういうものそういうもの。相性がいい証拠」

「相性……ふふ、そうね」


 機嫌を直して笑ってくれた。


 それから俺たちはブラックコーヒーの苦味の何がダメで、ビールの苦味がなぜ大丈夫なのか、というテーマで熱く語り合った。

 思った通りそれは共感の連続な話題で、時間を忘れるほどに楽しかった。

 

 あっという間に仕事終わりの22時が近づいてくる。


 少々会話が盛り上がりすぎたのもあって、ほどよい酔いが回ってきていた。

 俺より随分と長く呑んでいる先輩は途中でチェイサーを挟んだり、ペースを緩めたりしていたものの、普段よりふわふわとしたその雰囲気からはアルコールの循環を感じる。


 お酒は好きなようだが、おそらくあまり強くはないのだろう。もしくは、人と呑み交わす状況がそうさせているのか。


 先輩は気持ち良さげに黒髪を揺らしながら伸びをして、居住まいを崩す。


「ねぇ、飛鳥くん」


 そしてしっとりと、横目を流すようにこちらを見やった。


「終電、無くなっちゃったね……♪」

「いやまだまだありますが!?」


 でもちょっとドキっとした。


「知ってる。ふふ、言ってみたかっただけ〜」


 わー先輩のお茶目さん。

 こういうところもやっぱり可愛らしい。


「でもね飛鳥くん、こんな遅い時間に女の子をひとりで帰らせるの?」

「あー確かにそれはまずい。送りますよ。今からならそれこそ終電にも間に合うと思うんで」


 先輩みたいな美人を夜の街で1人にはできない。


「違うわ、飛鳥くん」

「え?」

「飛鳥くんのお部屋、近くなんでしょ?」


 先輩はいつのまにやら俺の服の袖をギュッと握って、


「お部屋、行きたいな」


 甘く甘くささやいた。



 ☆



「お疲れ様でーす」

「ごちそうさまでした」


 大将たちに声をかけて店を後にする。


 外はすっかり深夜で、空には春の星と欠けた月が輝いていた。

 そよ風が吹くと、肌寒さを感じる。夏が近づきつつあるとはいえ、まだまだ夜は冷えるようだ。


「先輩大丈夫ですか? 寒くないです?」

「むしろポカポカしてる〜」

「それは酔ってるだけなんだよなぁ」


 上着を脱いで、先輩の肩にかける。


「使ってください」

「……いいの?」

「俺には筋肉がありますんで」


 グッと力こぶを作ってみせる。


「うん、ありがとう」


 それから先輩は当然のように俺の腕へ抱きついてきた。


「こうすればもっと温かいわ……♪」

「そそそそうですね……!?」


 あれ、渡した上着のせいかお胸の感触が薄い。ちょっとしゅんとした。

 

 しかし先輩の体温が伝わってくるにつれて、身体は熱くなった。


「じゃあ、行きましょっか」

「れっつご〜」


 やっぱり酔ってるなこの人……まぁ、寒空の下を歩けば少し落ち着くだろう。


 俺は人生初、女の子のお持ち帰りを実現しようとしていた。

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