第3話
あのカクテルを飲んでからだ、周りでおかしなことが起き始めたのは。最初は遊び半分だった、願いなんて叶うわけないと。しかし、顔を知っている2人の人間が亡くなった。偶然じゃない。アイツなら知っているはずだ。
仕事帰りにBAR luna caldoへ足を運んだ。
「いらっしゃいませ」
相変わらず不気味な顔だ。
「今日もまた何か願いごとですか? 新作を作ってお待ちしておりました」
「カクテルじゃなくて、今日は聞きたいことがあるので来ました」
「なんでしょうか」
人の話しを聞いていないのか、ピエロはカクテルを作る手を止めない。
「願いを叶えるのはただの偶然だと思っていた。けど、2人も顔を知っている人間が亡くなった。あのカクテルはなんなんだ? あんたが裏で何かしているのか?」
「詳しいことは今はお話しできません。私が貴方にできることは、この、おもてなしのみです」
差し出されたものは青いグラデーションのカクテルであり、空色と海の様な深い青色の2層で作られていた。眺めていると吸い込まれそうになるほど、綺麗な色をしている。
「また誰かが死ぬのか?」
「それは、貴方次第です。しかし貴方はこれが必要になります。必ず」
「どういうことだ」
「今のあなたの悩みが全てが解決すると言ったらどうされますか?」
「貴方は今の生活に不満を持って生きているはずです。全てを思うままにしたいと」
「そんなことは、ない......」
「本当ですか?」
ピエロ男の瞳は、闇の中に吸い込まれそうに感じるほど深い黒色をしていた。段々と意識を奪われ操られたかのようにカクテルに手を伸ばしていく。
(身体が勝手に......)
気づけばカクテルのグラスは空になっている。ピエロ男の姿も見当たらない。
「ヤツはどこに行ったんだ?」
金は要らないと言っていたし、今日は家に帰るか。また、明日聞こう。
BARのドアを開けると変わらずいつもの街に出た。周りの住宅の明かりは消えている。店に入ってからかなり時間が経っているようだ。明日も早いし帰ろう。
家に向かう途中すれ違った女性が叫んだ。振り向くと俺の顔を見て驚いている。
「た、助けて!」
女性に手を伸ばすと自分の手が異常に長い。爪もこんなに長かったか? 走り逃げる女性を一瞬で追い越すほど足も速くなっていた。驚き尻餅を着く女性に近づくと、とてもいい臭いがした。香水? いや血だ。
「チノニオイダ。アレ、ナニカガ、オカシイ」
眼球が自分で抑えられないほど回転し始め、獣のような剛毛が身を包んだ。身体の底から沸き上がる食欲が抑えきれず、女性の腕を掴み、枯れた小枝の様に簡単にへし折り、引っこ抜いた。
「ア"ア"ア"ア"ア"! イ"タ"イ"ィ! 」
女性は泡を吹き、気を失った。
「イタダキマス」
綺麗な赤い血液が滴る腕を口に入れようとしたとき、小さな影にぶつかりよろめいた。目の前に居た女性も居ない。辺りを見渡すと、子供が女性を背負って逃げている。
「コドモノニクモウマイ」
子供は近くで見ると金髪で、女性に声を掛け続けている。
「しっかりして下さい! ダメか!」
首を狙い爪を振り下ろしたとき、激痛が走った。銃を持った奴らに囲まれている。
「ナンダナンダ」
「これがイージスの初任務だ。Aチームは俺と攻撃続行。Bチームは人命救助に当たれ!」
「了解!」
何かの特殊部隊か? 餌が増えた。
「イタイイタイ、ヤメロ」
「隊長! ターゲットが人の言葉を!」
「超獣になってしまった以上、元に戻す方法はない。怯むな!」
激しい銃撃のなかで目を離した内に女と子供は既に保護されている。身体中に突き刺さる弾丸に血が飛び散り立ち上がる力も無くなってしまった。
「ウソダコンナ」
「隊長、ターゲット、沈黙しました」
「念のためだ」
頭を撃ち抜かれ身体は動かないが、うっすらと周りの声が聞こえてきた。
「少年、君のお陰であの女性を助けることができたありがとう」
「少年じゃないです。ユーリ。ユーリ=叢雲です。僕も一緒に......」
そこから聞こえなくなった。きっとこれは夢なのだろう。あのカクテルが見せた夢だ。朝になればまた目を覚ますだろう。