第9話 5月-1
―――5月。
4月に新入生を迎え、初々しい少女たちが新しい希望と不安を抱きながら意気揚々と入学してから早1か月。漸く学園生活に慣れて来て、学園も普段通りの落ち着きを取り戻し始めたその頃。
アパートに1通の手紙が届いた。
手紙が来るのは、決して珍しい事じゃない。オレも一も学園内では、どうしたことか人気があるので、下駄箱では納まり切らないのか最近では、アパートのポストにまで入っていることがある。いや、毎日入っている。それは、ラブレターであったり、ファンレターじみたものであったりする。これまでには、それ以外の類のものが混じることもあった。同居を解消しろっと言ったような軽く脅迫めいた内容の手紙がその一つに当たるだろう。オレは、その手紙に答え、彼女たちも最終的には納得してくれることが常だった。
だが、今回の手紙は少々趣が違うように感じた。
その手紙は、一宛てに来たものだった。
果たし状
青柳 一、お前に決闘を申し込む。
お前がつばさ様と暮らすことは、つばさ様に悪影響を及ぼす。
私はそれを絶対に許すわけにはいかない。
来週の土曜日、13時、河川敷に来たれり。
時代劇とかで見たことのある、横に長い紙に縦書きで書いてあるあの果たし状そのものであった。きちんと表に『果たし状』と記されているのだ。
だが、差出人の名前はどこを探しても記されていなかった。
「一、これって……。果たし状って……。なんだよこれ! 一、こんなの行かなくていいからな。オレ、これ出した奴、捜して話しつけるから。な?」
「大丈夫だよ、つばさ。俺が強いっての知ってるだろ? つばさは危ないんだから絶対に探偵みたいな真似はしないようにな」
オレを宥めるように優しい微笑みを向けた。
オレはその手紙を一の手からもぎ取った。
「取り敢えずこれはオレが預っておくから」
それをオレは素早く隠して、ニタッと笑った。
一は、探偵みたいな真似はするなって言ってたけど、一に危険な思いをさせるわけにはいかない。その原因がオレならば尚のことそう思う。だから、オレはこの手紙を出した犯人を来週の土曜日までに見つけ出し、なんとか話を付けなければならない。
翌日。
オレは学校の教室で夏希と絵里に事の次第を話した。
「つばさ、あなたこの学園に生徒が何人いると思っているの?」
と、冷めた声で言ったのは夏希だ。
「楽しそうね。ワクワクしちゃうわ」
そう言ったのは、絵里だ。
とにかくやれることはやっておきたい、指咥えて見ているだけなんて性に合わない。
「とにかく当たってみましょう。つばさに好意を持っている人を先ずは探してみましょう。この果たし状が手書きだったのは良かったわね。私は、生徒会の人脈を使って各クラスのあなたに好意を持つ人をしらみ潰しに捜します。こんな物を出す位ですもの、本気であなたが好きと考えていいわね。あなたは自分の周りによく気を配ってね。あなたの近くに潜んでいるのかもしれないのだから」
最初は渋っていたが、オレの意思を見せると仕方がないわねといつも手伝ってくれる。こんな時の夏希はとても頼りがいがある。生徒会長をしている為、生徒からも先生からも信頼されている。夏希が本気になれば情報網は凄まじいほどに大きなものとなる。
夏希はオレに上品な微笑みを向けた。同性でも美しいと感じさせる高貴な笑顔だ。
「大丈夫よ、つばさ。でも、これはあの男の為にしているんじゃないわ。あなたの為よ」
夏希と一は仲が悪い。初めてアパートを訪れたあの一件以来、アパートに来ても牽制し合っている。あの二人はお互いを天敵と思っているように見受けられる。
「じゃあさ、私は何をすればいいかな?」
絵里の期待に満ちた瞳に夏希は優しく微笑む。
「じゃあ、あなたはこのクラスを調べて。それから、もしかしたら先生ということもあり得るんじゃないかしら。一部の先生の中には、つばさに色目を使う馬鹿教師もいるようだもの。あなたは、先生方に可愛がられているから、その辺動きやすいでしょ。お願いできるかしら?」
絵里は嬉しそうに頷いた。プーさんにそっくりな笑顔を満面に広げて。この笑顔が恐らく先生達から可愛がられる所以なのだろうと思う。
それからオレ達は犯人捜査に乗り出した。
オレは、周りにいる子達を注意深く見てみたが、果たし状を出しそうな子は一人もいない。みんなか弱い女の子なのだ。男に決闘を挑むほどの腕っ節がこの中にいるとはとてもじゃないが思えなかった。勿論、この中には格闘技を習っている子もいるのかもしれない。そう思って、探りも入れてみたのだが、それに該当する子はやはりいなかった。
木曜日。
オレ達は放課後の教室に残っていた。
夏希にプリントを手渡された。
「それは、つばさに本気で好意を寄せている者のリストよ。憧れの類は今回は省いたの。私もこれだけの人がいるとは思わなくて、正直驚いているの。この学園の中だけでも200人以上いたのよ。ざっと計算して一クラスに10人はあなたの事が好きなのね」
こんなにいるとは思わなかったのはオレのほうだ。これは何かの間違いなんじゃないだろうか。オレが女だと解っていてのこの結果なのか。
女子高って……。
オレは今、あまりに危険な場所に身を置いているんじゃないかと不安になった。
「それじゃ、結論から言うわね。この学園に犯人は存在しないわ」
「はっ? 存在しない……ってどういうことだ?」
「その言葉の通りよ。それを書いたのは、うちの学園の子じゃない。実はね、父の知り合いに筆跡鑑定をお願いしたの。そのリストの子達が書いた物を集めてね。もしかしたら、私達のリストに洩れた子の中に犯人がいる可能性もある。だけど、憧れだけでそこまでする人がいるかしら? これから全校生徒のノートを掻き集めて鑑定して貰っている時間はないわ。隣の男子生徒って事も考えられるんじゃないかしら。あの男に恨みを持つ者の仕業とか。どっちみちこれ以上の捜索は無理よ。あの男に大人しく行って貰うしかないと思うわ」
この学園にはいない……。オレは端からこの学園にいるものだと思っていた。
「そうなのか……。ありがとな、夏希も絵里も」
隣の男子校だとしてもオレ達にはどうしようもない。女子の立ち入りが禁止されているのだ。
だけど……。
「なあ、夏希。隣の男子校の制服手に入らないかな?」
「あなたまさか行くんじゃないでしょうね?」
オレは真剣な目で夏希を見詰めた。
「あと一日あるんだ。ぎりぎりまで諦めたくないんだ。頼むよ、夏希」
夏希は大袈裟に溜息をつくと、苦笑した。
「解ったわ。私はあなたの頼みはどうしたって断れないのよ。あなたも知ってるでしょ? 今日中になんとかするわ」
男子高に潜入したってどうなるもんでもないのは解っている。何の情報もつてもないんだ。だけど、あと一日をただ悶々とした気持ちで待っているのは耐えられなかったんだ。
「ただし、私もつばさと一緒に行きます」
夏希の本気が伝わって来る。オレを助けようとしてくれる気持ち、一人で行かせてはならないという焦り。それは十分承知している。
「駄目だ」
オレの我が儘に夏希を付き合わせるわけにはいかない。それには、夏希は女の子すぎる。とてもじゃないが、男には見えないだろう。バレたら夏希がどうなってしまうのか、解らないほど馬鹿ではない。そんな危険はオレ一人で十分だ。
今回から、5月の話です。
月毎に話を書いていきたいと思っています。
卒業を気に同居は解消されます。よって二人が別れるであろう翌年の3月がこの話の最後となります。