第40話 12月-3
そしてクリスマス当日。
夕方になるとオレは一と共に買い出しに行った。スーパーの入口の横には、チキンを売るおじさんがいて、良い匂いが鼻を擽る。
スーパーに入ると途端にクリスマスソングが聞こえてくる。それだけで、人を楽しい気分にさせる。
スーパーでは、飲み物とチキンを買った。
今日はピザをとることに決めていた。一がオレに気を遣って、クリスマスくらい楽をしてもいいんじゃないかと言ってくれたからだ。オレとしては作る気満々だったのだが、一の厚意に甘えることにしたのだ。
近くのケーキ屋さんで予約していたケーキを受け取ってアパートに戻る。
ピザが届くまで特にすることもなくテレビを見て、のんびりとしていた。テレビの横には、二人で飾り付けした小振りなクリスマスツリーのライトが点いたり消えたりして存在感をアピールしている。
それを見ながらオレはぼんやり考えていた。
一、プレゼント気に入ってくれるだろうか?
オレは一へのプレゼントを数日前に絵里と一緒に買いに行っていた。男へのプレゼントなんて全然解らなくて、二人で心底悩んだ。
一は普段手袋をしていない。失くしたとかで、いつも寒そうに手に息を吹き掛けていた。だから、プレゼントは手袋にしたんだ。
喜んでくれるかな? プレゼントはいつ渡せばいいんだろうか。渡した時に自分の気持ちを伝えようと思っていた。自分の気持ちに気付いた日には、かなり動揺して挙動不審な行動を取ってしまったが、次の日からは普段通りに振る舞うことが出来た。何と言っても自分が誰かを好きになれたことが純粋に嬉しかった。今まで、恋愛話を、夢物語のような、自分とは全くかけ離れた出来事のように聞いていた。そういったものに憧れの様なものも抱いていた。元々人を好きになりにくい性質だったのかもしれない。そんなオレが初めて好きになった人が、一であったことが嬉しい。
最初は大嫌いだったのに、気付いたら大事な友達になっていて、そして、知らぬ間に恋心が芽生えていた。いつからオレは一が好きだったのか、全く解らない。でも、そんなのはどうでもいいことなんだと思う。いつからとか、何でとか理屈なしで好きになってしまったのだ。ぐだぐだ考えずに、今この時、自分だけが感じる気持ちを信じたいと思った。
ピザが届くであろうほんの少し前にチキンを温め、食事の用意をする。
ピザが届くといつものように食べ始めた。いつもと同じ光景。目の前には一がいて、がつがつと大きな口を開いて食べていて、ただ、ほんの少しオレたちにとったら贅沢な食事。オレはこのいつもの情景に幸せを感じていた。目の前に一がいる。ただそれだけでこんなにも幸せで。不思議と笑みが零れる。
一がそんなオレを不思議そうに首を傾げて見ている。
何でもないよ、とオレは笑って答える。
食事のすぐ後にケーキを食べた。お腹が一杯だったが、オレも一もペロッと食べてしまった。
お腹を擦るとぽっこりと出ていて驚いた。
お腹いっぱいになったことでオレは急激な眠気に襲われた。このまま眠ってしまったらせっかく買ったプレゼントが無駄になる。今日、一にプレゼントを渡したかった。普通の恋人同士のように。オレは何とか眠気を振り払った。
「一にプレゼントがあるんだ。ちょっと待ってて」
眠気でしばしばする目を大きく開けて、そう言うと自室に取りに向かった。居間に戻り、一の正面に腰を下ろすとそれを一に手渡した。
オレが男の人にプレゼントを挙げるのは、親父を抜かせばこれが初めてだった。
一はそれを受け取ると、顔一面を笑顔に変えて、ありがとう、と弾んだ声を上げた。その刹那、一の頭にまるで犬のような耳が、背中越しには尻尾が揺れているのが見えた気がした。
「俺もつばさにプレゼント。はいっ」
にっこりと微笑んで差し出された小さな袋を、半ば無意識に受け取ると、その小さな袋をただ呆然と見下した。
自分が一にプレゼントを渡す事しか念頭になくて、まさか自分がプレゼントを貰うだなんて考えてもみなかったのだ。オレはただ一を喜ばせたいとそれだけを考えていたのだ。自分が貰えるなんて、思ってもみなかった。
「開けていい? つばさも開けてみて。気に入ってくれるといいんだけど」
オレは頷いて、自分の手の中にちょこんと乗った小さな袋を再度見下ろした。それを丁寧に開けて、出て来たのはピアスだった。紫色の小さな宝石をあしらった奇麗なピアス。
「……アメジスト?」
一がオレの呟きとも取れるその言葉に頭を縦に振る。
オレの誕生日は2月、その誕生石がアメジスト。
一がオレの誕生日を知っていることに驚きを感じていた。
「好きな人の誕生日くらい知ってるよ」
オレの顔に何で誕生日知っているんだって書いてあったのだろう、けたけたと笑いながらそう言った。
好きな人……。
一に軽く言われたその言葉。自分の気持ちに気付いてしまったオレには天にも昇るほどの威力があった。
「つばさ、ありがとう。すっごく温かいよ。助かった」
一が、オレが上げた手袋を手にはめて、それを振りながらそう言った。
「一、もしかしてこれ買ったから、手袋自分で買えなかったのか?」
一はオレがそう言い終わる前に、オレの目の前まで来て、そして笑ってみせた。オレにはその笑顔が肯定を意味すると受け止めた。
きっとこのピアスは高価なものだったんだ。貧乏生活をしているオレ達にとったら酷く高価なものだ。これを買う為に、一は自分の手袋を諦めた。そういうことなんだ。
一は、オレをそっと胸におさめた。そして、オレの顎をくいっと上げて顔を上に向かせると、オレの唇を優しく奪った。一の唇が遠ざかって行くと、オレは名残惜しそうに一の顔を見た。一は、とても大切なものでも見るように目を細めてオレを見ていた。その口元は微かに上がっていて、そんな一を見たオレは、一が好きって気持ちが脹れあがって来て自然と口を開いていた。
「一、ありがとう。嬉しい。一、あのさ……オレ……、あの……さ、オレ……す」
オレの中のありったけの勇気を振り絞って、自分の気持ちを打ち明けようとしたそのまさにその時、玄関のチャイムが鳴った。オレは「好き」の「す」の口のまま玄関を見た。
「誰か来たみたいだな」
一がぼそりと呟いた。そっとオレから離れて一が玄関を開けると、そこにいたのは緑川と絵里だった。
「「メリクリ!!!」」
と、二人が同時に笑顔で叫んだ。
そして、オレは瞬時に悟る。オレの告白は日の目を見ないまま失敗に終わったのだと。がっかりとしたのが3割、残り7割はホッとした気持ちだった。まだ、オレには一に想いを告げるだけの勇気はなかったようだ。
緑川と絵里が部屋に上がると、オレ達は夜通しゲームをして騒いだ。オレは隣近所から苦情が来やしないかと危惧していたが、それも杞憂に終わった。クリスマスイブということもあり、独身者が多いらしいこのアパートの住人は皆、出払っていたようだ。
こんなクリスマスイブも悪くはない。大好きな人々に囲まれてオレは笑顔を絶やすことはなかった。一に自分の気持ちは伝えられなかったが、焦らなくてもいいんじゃないかと、そう思えた。然るべき時に、然るべき形でオレは心の中を明かす。それは、今日じゃなかったってこと。